曰く付きでもお任せください! 開かずのナニカお開けします! 〜何でも食べちゃう見た目天使の悪食、ボス激LOVEのやや獰猛なボク(獏)っ娘と共に男装鍵師のお手伝い?〜

宇部 松清

なんでも屋のお得意さん

秋芳あきよし君、また例のやつが来たから、いっちょ頼むよ」


 そんなことを言いながら、伏木ふしきさんは、菓子折りを、つつつ、とこちらに滑らせてくる。あの特徴的な包装紙は老舗菓子屋・松木世まつきよのものだ。大きさからして二千円の詰め合わせだろうな。でもあれには確かきんつばが入ってないんだよなぁ。


 こちらがそう思ったのを見抜いたのだろう、ローテーブルの向かいに座っている『鍵のフシキ堂』の社長、伏木明水あけみさんは「レーズンサンドの代わりにきんつば入れてもらったんだけど」と独り言のように呟いて、ちらり、とこちらに視線を寄越した。


 きんつば入ってるのかぁ。それじゃ断れないよなぁ。


 どうせ引き受けることにはなるんだけど、だからといってあっさりオーケーするのは、きんつばに釣られたみたいでちょっと恰好悪い。実際釣られてはいるんだけど。


「とりあえず聞くだけ聞こうかな」


 で、毎回この流れになるのだ。

 すると伏木さんは、やっぱりこちらの思惑なんて何もかもお見通しですとでも言わんばかりのにんまり顔で「そうこなくちゃ」と胸ポケットから写真を取り出した。


 が。


「と、その前に――」


 そう言うや、伏木さんは、こちら側にあった松木世の菓子折りを奪い取って、勝手に包装紙をビリビリと破ってしまった。そして、がば、と乱暴に箱を開けると、奥の部屋に向かって声を張り上げる。


多々良たたらー、お茶淹れてくれないか? あっつーいやつ!」

「あいあい、かしこまりですよ」

「ちょっと伏木さん。僕の相棒を顎で使うのやめて。そんで多々良もね、そんな簡単に返事しないの」


 けれど当の伏木さんも多々良もどこ吹く風だ。この二人は仲が良いのである。


 程なくして、お盆の上に湯呑を乗せた多々良がしずしずとやって来た。


「多々良、一つ多くないか? 伏木さんの分と僕の分と……」

「ボクの分ですねぇ」

「何でお前の分が必要になるんだ」

「良いじゃないか。多々良も一緒に食べよう」

「多々良が食べると僕の分がなくなる!」

「大丈夫ですよ、ちゃぁんとボスのきんつばは残しておきますって」

「きんつば以外を全部食べるだろお前は!」

「良いじゃないですかぁ。ボクだって食べたいんですよぉ」

、夢だけで良いだろ。どうせ栄養にもならないんだし」

「にゃはは! お菓子は心の栄養なんですよねぇ」


 にんまり笑ってそう言うと、多々良は伏木さんと顔を突き合わせて「ね〜?」と首を傾げた。ねー、じゃない。


 毎回このような経緯で、菓子折りの中のきんつば以外の菓子は伏木さんと多々良の腹の中に収まることになる。それが僕は面白くない。それは僕のための菓子折りだったんじゃないのか。きんつば以外も食べさせろ。


 ここは、『アキヨシのなんでも屋』という、名前の通りの何でも屋だ。ちなみに店名を考えたのは、目の前で一口どら焼きを本当に一口で食べている伏木さんである。何でも屋とは言っても、何でもは売ってない。というか、何かを売る店ではない。身の回りのちょっとした雑務を引き受ける、という店なのである。彼女に命名してもらったのがごく最近というだけで、店自体はもう随分前からある。


 この辺にはお年寄りしか住んでない――は言い過ぎだけど、まぁあながち間違いでもない。なので、買い出しを頼まれたりとか、電球の交換、水回りの掃除、ちょっとした害虫の駆除、冬には屋根の雪下ろしなんてのも依頼されたりする。ただもちろん、僕はそこまでのプロではないので、扱いきれないやつはプロにお任せする。その辺りの了承はとってる。


 感覚としては、お駄賃でほいほい動く親戚のあんちゃん。それくらいの気楽さだ。だけどこれが案外お年寄りにはウケが良い。報酬はお駄賃程度だけど、箱一杯の訳あり野菜や、自家製の梅干し、作りすぎた煮物などなど、そういったものももらえたりして、僕にとってはそっちの方がありがたかったりする。


 そして、それとは別に、こちらの鍵師、伏木さんが持ち込んでくるもある。こればかりは、『親戚の兄ちゃん』には出来ないやつだ。絶対に。


 テーブルの上の写真を手に取る。


 かなり古びた金庫が写っている。鍵穴の他に、動くかどうかも怪しいくらいに錆びついたダイヤルが二つ。


 金庫というのは、そう簡単に開くものではない。そりゃそうだ。大事なものが入っているんだから、簡単に開いたら困るのだ。それはわかる。だけれども、大抵の場合、そのダイヤルなり鍵なりで間に合うはずなのである。それで、その番号を知る者、鍵を持つ者にしか開けられない。金庫というのは、そうでなくてはならない。


 なのに、その金庫には、さらにべったりと御札が貼られている。割れた窓の応急処置にガムテープを貼るかの如く、あちこちに。まるで、とでも言わんばかりである。開くな、開けるな、という誰かからのメッセージが、これでもかと伝わってくるようだ。


「……毎回思うんだけどさ」

「何」

「普通、ここまで御札がぺたぺた貼られてたら、開けようと思わなくない?」


 何で無理にこじ開けようとするかなぁ、と頭を掻く。んあぁ、と大きく口を開けると、多々良が無言できんつばを突っ込んでくれた。


「うーん、まぁ、欲深い生き物だからさ、としか」


 その言葉が、暗に「だから秋芳君にはわからないだろう?」と言われているようで、ほんの少し面白くない。


 どうせ僕は人間じゃないよ。


 僕は、『悪食アクジキ』という妖怪である。何でも食べる、食べることが出来る、というだけのまぁまぁ無害なやつだと思う。別に人を襲って食べたりはしないし。


 僕は、ある日ぽつんとこの世界に生まれた。生まれた、というか、出現した、の方がしっくりくるかもしれない。僕は誰かに産んでもらった記憶も、育ててもらった記憶もない。

 といっても、すべての妖怪がそのようにして現れるわけではない。妖怪の中には、ちゃんと親がいるものもいる。分裂して増えるやつもいれば、繁殖行為によって数を増やすやつもいる。


 だけど僕は違う。

 ある日突然、この姿でこの世界にのだ。といっても、いまから五百年くらい前の話になるけど。


 わかっていたのは、自分が『悪食』という、何でも食べられる妖怪である、ということだけ。生まれたばかりの『赤ちゃん』の状態でも、妖怪というのは、そういうのをちゃんと理解している。自分には何が出来て、そして何を食べて生きるのか。何せそれがわからないと生きていけない。それで、悪食らしく、空腹に任せてその辺にあるもの――落ちている花やら岩やら土やらを手当たり次第に食べた。あの時代は良かった。食べ物はその辺にたくさん落ちてた。食べ物、というか、勝手に食べても咎められないもの、というか。


 その辺に転がっている死んだ動物も、木や草花も、誰のものでもなかった。やがて、これは誰々さんの所有物、ここは誰々さんの土地と、人間によって線が引かれ、勝手に食べられなくなってしまったのである。


 存在が認知されているだけに、現代に生きる妖怪は全く肩身が狭い。

 僕の場合、なまじ人間に近い姿形をしているものだから、人間社会に溶け込んで穏やかに日々を過ごそうと思えば、人間のルールに従って糧を得なくてはならないのだ。鬼や河童など知名度が高いやつは名前やらデザインやらの使用料でかなり儲けているらしいが、僕みたいなマイナーどころは地道に働くしかない。


 そこで伏木さんと出会う前からやっているのが、この仕事何でも屋だ。

 相棒は、夢喰い獏の多々良である。こいつもこいつである日突然僕の前に現れたのだ。


 多々良は、普段は白と黒の半々になっているおかっぱヘアーの少女だが、夢を食べる時には、皆が想像する『夢を食べる方の獏』の姿になる。動物園にいるやつとは違う、象の鼻にサイの目、牛の尻尾に虎の足。で、熊みたいな身体のやつだ。よくにゃはにゃはと笑うが、鳴き声が猫というわけではないらしい。


 初めてその姿の多々良を見た伏木さんは「随分欲張ったよなぁ。小学生男子の『ぼくが かんがえた さいきょうの どうぶつ』みたい」と言っていたっけ。それがショックだったのかはわからないが、最近は彼女の方でも「動物園のバクの方が良かったです! あっちの方が可愛いです!」と癇癪を起こすのである。なので、少しでも動物園の方の獏に近付きたいと、髪の毛を白と黒にし(その辺は自由自在だ)、服装も徹底的に白か黒、もしくは白と黒のしましまの物しか着なくなった。動物園のバクリスペクトらしい。知らんよ。


 さて、話は件の金庫に戻る。


「この金庫はね、齋藤ナントカさんっていう資産家の蔵の中にあったものらしいんだけど――」


 それが見つかったのは、昨年の暮れのことだったらしい。その蔵は、もう全く使っておらず、数十年前に整理した記録が残っていたため、定期的に風通しをするのみだったという。


 が。


「何か立派な恰好をしたおじいさんがその齋藤さんの夢の中に出てきたらしくてね」

「ふへぇ、夢ですかぁ」


 獏にとって夢は食糧だ。一番好きなのは悪夢らしいが、普通の夢も食べるには食べる。どんな味だったんでしょうねぇ、と目を細めて、多々良は、じゅる、とよだれを啜った。こらこら、みっともない。


「それでね、蔵の中の金庫を探せ、って繰り返したらしい。だけど、さすがに夢だし、知らんじいちゃんだし、で、とりあえず無視してたらしいんだが――」


 毎晩同じ夢を見る。

 厳密には同じではないが、とにかくその老人が出るのだ。それを見続けること数日、いよいよ老人は語り出したのだという。


「まぁね、大方予想はついてると思うけど、要は、その家のご先祖様だったわけだ。どうやらかなりやり手の経営者だったみたいで、ワシのすべてをそこに入れた、探し出して開けろ、って言ってたんだって。つまりあれだろうね、隠し財産的な」

「ワシのすべて、かぁ。……確かに隠し財産っぽいね」


 まーたこのパターンか、というのが正直な感想である。


 大抵の場合、一般家庭にはそんな曰く付きの金庫なんてものはない。ワンチャン、庭を掘り返したら見慣れぬ壺が出て来て中から小判がざっくざく――という展開はあるかもしれないが、金庫はない。あったとしても普通の金庫だ。そこに御札は貼られていない。


 ほとんどの場合、その手のモノはこういう資産家の蔵なんかに眠っているのだ。それで、往々にして、遺産相続関係で揉めた過去があったり、揉めてる真っ最中だったりする。さすがにレアケースではあるが、相続の権利を持つ者が不審な死を遂げていたり、なのになぜか大きな事件になっていなかったりもする。


 伏木さんが僕に持ってくるのはこういうものばかりなのである。

 

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