3 二匹の妖怪
3-1 伏木さん、大いに威張る
「それで、話は聞けたのか」
来るなり、ここの誰よりも偉そうにふんぞり返って、どっかとソファに座り、その様子を呆然と見つめている男性スタッフの一人に「ぼさっと見てないで、茶でも出してもらえないか」とやはり居丈高に言い放つ。
「話って?」
「妖怪だ。何が関わってるんだ」
「伏木さん、わかっててこっち来たんじゃないの?」
「鳴き声でアタリをつけただけだ」
「随分詳しいね。伏木さん、妖怪の鳴き声なんてわかるの?」
「鳴き声がわかりやすいやつくらいはな」
確かに狐月の鳴き声はわかりやすい。人間達が「これぞ狐の鳴き声」と思うような声で鳴くのである。ただ、本物の狐はいうほどコンコンとは鳴かないと思うんだけど。誰なんだ、狐はコンと鳴くって最初に言った人。
とりあえずそこを議論しても仕方がないので、伏木さんに説明をする。ふんふん、とやっぱり偉そうに話を聞いていた伏木さんは、鳥と蛇の妖怪――
「どうしたの、伏木さん」
「いや、うん、まぁ、何でもない」
「何でもない時の行動ではないですね」
「大丈夫だ多々良。それで、どうするつもりだ秋芳君」
「どうするもこうするもないよ。とりあえず話すだけ話してみるけど、僕、そういう交渉とか話し合いとか苦手なんだよね」
それとも伏木さん代わりにやってくれる? とダメ元で言ってみる。それに伏木さんが答える前に、僕を抱えたまま身を乗り出したのは多々良だ。
「大丈夫! もしもの時はボクがいます! ボスのお願いを聞けないようなやつはこのボクが!」
「多々良」
「ガーリガリと頭から」
「多々良、歯を鳴らすのをやめなさい」
「いっそ一思いに殺してくれと懇願するまで」
「多々良、牙と爪をしまいなさい」
「生きてることを後悔させてやるですよぉ」
「多々良、そこまでしなくて良いから、ほんとに」
ぶわぁ、と毛皮を逆立てて、鋭い牙をガッチガッチと鳴らし、長い爪をシャッシャッと研ぐように擦り合わせる。はぁはぁと湿っぽく生温い息が僕の髪を撫でる。僕の髪、湿気で膨らみやすいからほんとにやめてほしい。
「そういうわけだから、最悪の場合、多々良がしゃしゃり出てちょっと血生臭いことになるかも。あっ、でも大丈夫ですよ、その時は僕が最後ちゃんと後始末しますから。なるべく汚さないようにしますんで、そこはご安心を」
「ま、待て待て待て待て。落ち着け多々良。秋芳君もおかしなことを言うんじゃない。血生臭いことはしちゃ駄目だ。穏便に、話し合いで解決しなければ。多少灸を据えるくらいに留めるというか……」
予想外に伏木さんが慌て出した。出会って数年、彼女がこんなに慌てるところをいままでに見たことがあったかな。
「何か意外だね」
「な、何がだ」
「伏木さんなら『やれ、多々良。噛み殺せ』とか言いそうなのに」
噛み殺す、の言葉に人間達がぶるりと震え出す。
「獏ちゃんって、そんなに獰猛だったの……?」
多々良の毛皮をひたすら黙って撫でていた
ただ、うっかり何かしてしまった場合でも
「こらこら秋芳君、可愛い子ちゃんが怯えているじゃないか。ええと、君、なんて言ったっけ。ナントカってアイドルグループのナントカちゃんだろ? こないだナントカって歌番組で見たことあるような気がする」
「情報がふんわりしすぎじゃない? 伏木さんってまだ若いはずなのに最近の若い人のこと意外と全然知らないよね。二十八って、もしかしてそんなに若くないの?」
「情報の九割が『ナントカ』だったですよ」
「辛うじてわかってたのが『アイドルグループ所属』ってところだけだったしね」
「し、仕方ないだろ、ゴールデンタイムは仕事してるんだから! 私がテレビを見るような時間に活動してないんだよ、この手のアイドルは!」
伏木さんは何やら必死である。まだ若いんだぞ、という焦りが見える。まぁさすがの伏木さんでも、僕みたいな五百歳のおじいちゃんに「若くない」なんて言われたら面白くはないだろう。
そうだろう、君! と千石さんを、びしり、と指差す。
が。
「ええと、私、深夜の時間帯にも一応レギュラー番組あります……けど」
伏木さんの剣幕に押されつつ、それでも彼女は言った。
「『ふじ色チャレンジ企画部!』ですよね。ボク、たまに見てるですよ。この子が所属しているふじ色ガールズ
最近だとあの回がお気に入りです、
「と、とにかくだ! 血生臭いことは禁止だ、多々良。秋芳君も良いな」
「それは良いけどさ。何で伏木さんが仕切るの?」
「明水さんのお仕事はあの
早く戻って拭き拭きするですよ、と多々良がご丁寧に拭き取るジェスチャーまですると、「多々良、物理的にべちゃべちゃだとしたら、とんでもないことだぞ。あいつだって一応良い大人なんだから」と伏木さんは苦笑した。
まぁ、物理的にべちゃべちゃじゃないとしてもだ。そろそろ拭ってやっても良いんじゃないかと僕も思う。
「私が代わったらすぐ開いてしまうからな。撮れ高的に大丈夫なら代わってやるさ。どうせ開けられないだろうが、それっぽいことして場をもたせとけって指示も出してるし」
「すぐ開くんだ」
「すごい自信ですねぇ」
難攻不落で有名なんじゃなかったのか、そう思ったのは僕だけではないようだ。妖怪話ですっかり大人しくなった男性陣も「えっ、すぐ開くの?」とざわつき出した。
「恐らくだな、金庫が開いたタイミングで姿を表すはずだ」
「姿を表す……さっきの蛇と鳥の妖怪が、ですか?」
恐る恐る美冬君が挙手しながら発言する。
「その通りだ色男。理解が早くて助かるよ」
ぱちんと指を鳴らして片目を瞑る。その仕草も『色男』という言葉のセンスも何だかいまいち古い気がするし、たぶん彼に関しても名前がわからないのだろう。誤魔化したな、伏木さん。
「そういうわけだから、秋芳君と多々良はこっちに来てくれ。窓の外で待機だ。どうせリハなんて粗方終わってるんだろう?」
どうなんだユダ君、と
「だからちょうど良いじゃないか。別の人間を使ってこの私を引っ張ってくるような卑怯者に、神の名はもったいないよ。ユダに改名したまえ。大丈夫、『湯田』って漢字もあてりゃそれっぽいから」
「そんな!」
「そんなことはどうでも良いんだ。それで、どうなんだ、終わってるんだろ? さっさと撮ってお忙しいこちらさん達を解放してやれ」
というわけで、とスタッフさんが再度淹れてくれたお茶――といっても奥さんがダウンしているから、紙コップに注いだウーロン茶だけど――を飲み干して、伏木さんは立ち上がった。
「ちゃっちゃと開けてやる。ただし、きっちり編集して欽が開けたことにしろ。編集点も作ってやるから、絶対に私の顔は出すな」
いいな、と家洲さんを睨みつけると、「そんな、せっかく数字が取れるのに……」と彼は首を縦に振ろうとしない。
が。
「んあ? そもそもそういう話だったはずだが? 何のために欽を連れて来たと思ってる。あいつはただの運転手じゃないんだぞ」
「確かにそういうお話でしたが……。でも、ほら、実際にお会いしてみたら、その、思っていたよりテレビ映えすると言いますか? いや、噂以上の御麗人だったもので。ど、どうでしょう、何ならウチの専属に。話題になること間違いなしですよ!」
漫画で見るような揉み手をし、家洲さんは必死である。
伏木さんがこの番組の専属鍵師になったら、どんな開かずの
まぁ、案外褒めとかおだてなんかに弱い伏木さんのことだ。きっと気を良くして、このまま専属になってしまうんだろうな。僕としては別にどうだって良いけど。
そんなことを考えながら、事の成り行きを見守っていると――、
「ふざけるなよ。そういうところがお前は『ユダ』だって言ってるんだ。やっぱり改名したまえよ。何と言われても、金をどれだけ積まれようとも、それだけは絶対にしない。お前が約束を守れないというのなら、このまま友人との栃木旅行に切り替えさせてもらう。さぁ秋芳君、多々良、鬼怒川温泉でも寄っていこうじゃないか。――あぁ、お情けで欽は置いてってやる。ま、あいつの腕じゃ千年かかっても開かんがな」
「そんな!」
叫んだのは家洲さんだけではなかった。
隆之さんもである。たぶんこの人は金庫云々というよりも、僕らに帰られたら困るのだ。僕らが帰ってしまったら、妖怪との交渉はどうなる、と。
「何、金庫なんて似たようなやつを作らせて、開いたことにすれば良いじゃないか。お前達は
どうだ? と伏木さんがその言葉を吐いた瞬間に、家洲さんはその場に、べしゃりと潰れたように這いつくばった。その頭の上に足をどかっと乗せ、「どうだ? どうなんだ? あぁん?」とドスの利いた声を出す。
すると家洲さんは、
「も、申し訳ございませんでしたぁ! 当初の約束通りにさせていただきますぅ!」
と大声で叫んだ。
「わかれば良いんだ。じゃ、秋芳君、頼んだぞ」
満足気にそう言って、先に行くぞ、と部屋を出ていく。わかったよ、と返しつつ、多々良を見上げる。
「なぁ、多々良いまのって――」
すると、彼女もこくりと頷いて、顎を僕の頭の上にそっと乗せ、囁く。
「あれは、威針の
「だよねぇ。伏木さんって……何者なんだろ」
さすがに少々気になるものの、ここでもたもたしていたら絶対に後で怒られる。とりあえず行かなきゃ、と席を立つ。ボクが運ぶですよ、と多々良に抱えられた状態でドアに向かって歩き始めたところで、隆之さんに呼び止められた。
「あ、あの、妖怪さん」
「秋芳です」
「秋芳さん、その……」
心配しているのだろう。
どう見ても僕は頼りになりそうな妖怪じゃないから。
「絶対大丈夫とはお約束出来ませんけど、やれるだけのことはしてみます」
だから、そう言った。出来ない約束はしない。だけどまぁ、僕だってもしもの際に身を守る術がないわけではない。その威針と蛇寧が好戦的なタイプじゃないことを祈るのみである。
「どうか、よろしくお願いします」
やっぱり見ていて何だか気の毒になるくらいに何度も頭を下げる隆之さんに会釈だけを返して、僕達も居間を出た。
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