3-4 これが人間のデートなのか
お弁当を食べた後は、公園内を歩き回った。僕は専ら、食べたことのある草木を指差しては、「あれは美味しかった」「あれは苦かった」などと多々良に説明していた。それくらいしか話すことがないからだ。けれども多々良は嬉しそうに「そうなんですねぇ」「有事の際には食べますねぇ」と返すのである。いや、お前は有事の際でもそれは食べないだろ。
人間のデートとは、こんなので良いのだろうか、と思わなくはないのだが、多々良が嬉しそうなので良しとする。けれど、すれ違った人間の恋人達を見ると、彼らは一様に手を繋いで歩いているのだ。何だ、そういうのも必要なのではないかと、多少サービスのつもりで大荷物(中身はポリタンクと空のお弁当箱だ)を背負う多々良の手を取る。
「ひょわぁ! な、何をするですか!」
「え。駄目だった? 人間のデートはこうするのかと思って。だってほら」
そう言って、その辺のデート中と思しき二人組を適当に指差す。
「あ、あぁ、なーるほど。さすがボスは人間社会の大先輩です。ボクはてっきりこのままエリア51に連行されるのかと思ったですよ」
「何を言ってるんだ」
「こうやって手を繋いで連行するですよ。そして、解剖とかされちゃうです。わー、こわっ」
「僕はお前のその発想が怖いよ。まーたおかしなテレビの影響を受けてるな」
「おかしなテレビじゃないです。『突撃バキュン! UMAを追え!』です」
「やっぱりおかしなやつじゃないか。どうしてホラー映画とかUMAとかそういうのばっかり見るんだ」
だいたい、カテゴリとしては僕達だってUMAみたいなものだろ。まぁ、未確認ではないけど。めちゃくちゃ確認されているけど。
「グルメ番組も見ます! あと、ああいうのはロマンです!」
「ロマンかぁ……。僕には全然わからないけど」
「だってボスは『世界の窓からこんにちは』とか『秘境探訪』とかしか見ないじゃないですか。風景ばっかり見て楽しいですか?」
「楽しいよ。食べたことないもの見られるし。僕、死ぬ前に一口で良いから南極の氷とかピラミッドのてっぺんを食べてみたいんだよね。あ、これがロマン?」
「それボクがグルメ番組見るのと同じですからね。だったら、UMAだって食べてみたいとかないんですか?」
「良いよ、UMAは」
「何でですか! チュパカブラとか、モンゴリアンデスワームとか良いじゃないですか!」
「せっかく人間に見つからないように生きてるのに、僕が食べたら可哀相じゃないか。絶滅危惧種かもしれないのに」
「ボスはお優しいですねぇ」
それに僕は、なるべくなら生きているモノを食べないと決めている。そのチュパカブラとかモンゴリアンデスワームが死んで転がっていたら食べるかもしれないけど。……いや、この場合、博物館とかに寄贈した方が良いのかな?
などと会話をしていると、突然多々良が「くふふ」と笑い出した。どうした、何か変なキノコでも食べたか? いや、
「いきなりどうした」
「ぐふふ、ふふ。ボク達なんだかとっても『恋人同士』っぽくないです?」
「えっ、そうなの?」
「そうです! 人間の恋人達っていうのは、こうやってやいやいと会話を楽しむものなのですよ」
「やいやいと……そうなのか」
「ぐっふふ、
「千里あるなら来週は無理だろ」
僕の声は聞こえていないのか、多々良は拳をえいえいと振り上げて楽しそうである。僕は多々良が楽しそうならそれで良い。夫婦にはならないけど。
「あら、秋芳君に多々良ちゃん」
やいやいと盛り上がっている僕らの背後から、そんな声が聞こえる。後ろ姿でも、くるくるふわふわ銀髪と白黒おかっぱの組み合わせはなかなかにレアらしいので、他人と間違えることはない。だから、こうやって声をかけてくる人というのは確実に知り合いだ。
くるり、と振り返ってみれば、知り合いも知り合い、なんでも屋の常連である菰田さんだ。御年七十二歳のおばあちゃんだが、もちろん僕よりもかなり年下のレディである。
「ちょうど良かったわぁ」
顔の前で両手を合わせ、にこにこと笑う菰田さんに合わせて、多々良もにこにこと笑う。にこにこの二乗。平和だ。僕はこういう平和が好きだ。
「いつだったかほら、知り合いに腕の良い鍵屋さんがいるって話してたじゃない?」
「あぁ、伏木さんですね」
「合鍵ですか? それとも鍵の取り付けですかぁ? 時計の電池も交換してくれるですよ」
大抵の場合、一般の人が鍵屋に用があるといえばその辺りだ。一番多いのが合鍵。二つ目が新規の鍵の取り付け。その延長でドアノブの交換なんてのも。それから、伏木さんのお店は『時計の電池交換も承ります』という
僕が出張るようなやつじゃない。一般のお家には、御札がべたべた貼られているような、曰く付きの金庫なんてものはないのだ。
「それがね、ウチの奥の部屋なんだけど」
「部屋? 新たに鍵でも取り付けるんですか?」
年頃のお子さんがいるお家なんかだと、部屋に鍵をつけてほしいと頼まれることがよくあるらしい。だけど菰田さんは先述の通り御年七十二歳のおばあちゃんだ。お子さんももう四十過ぎのはずである。お孫さんかな? 一緒に住んでるなんて聞いてないし、そもそもお孫さんがいるとも聞いてないけど。
「ううん、そうじゃなくてね」
手を顔の前でパタパタと振り、相変わらずにこにこと柔和な笑みを浮かべて、菰田さんは――、
「その部屋、二十五年くらい、ずぅーっと開かないのよ」
と言った。
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