2-4 金庫がここに来た経緯

「だから恐らくなんですけど」


 と、その続きを話そうとしたところで、口元にきんつばが差し出された。いくらしゃべっている途中だとしても、目の前にある食べ物を拒む僕じゃない。小さく開けていた口を、食べるための大きさに調整して、もがぁ、とかぶりつく。もごもごと噛んでいると、その続きを買って出てくれたのは多々良である。さすがは僕の優秀なる助手だ。お茶のお代わりください。


「だから恐らく、隆之さんが聞いたっていうコンコンって鳴き声は、その蛇寧ジャネイの仕業ですよ。本物の狐月キツツキだとしたら、何かしら、わかりやすいツキがあるはずですから」


 ふふん、と象の鼻を振り回す。危ないからやめろ。僕に当たったらどうする。


「でも何でまたそのキツツキとかいう妖怪の声真似なんてしたんでしょう」


 それを口にしたのは美冬君だ。

 当然の疑問だろう。だけど、そんなことまで僕らにわかるわけがない。

 すると隆之さんが、「あれ、それじゃもしかして」と呟いて顔を上げた。


「どうしました?」


 家洲さんが尋ねる。隆之さんは、いえ、と言った後で、「あの金庫を買った時のことなんです」と語り出した。そう言えば、金庫について彼は「もともとそれを競り落とすつもりではなかった」と言っていたのだ。その後、やれフィギュアがどうだの今期のアニメがどうだの、という話になってしまったためにその辺の説明がされていなかったのである。


「家内と一緒に見てたんです、そのNetAucネターク。家内は僕の趣味について寛容ですし、破産するほどつぎ込まなければ好きにすれば良いよっていつも言ってくれてて。僕達、子どもが出来なかったものですから、その分のお金をお互い趣味に回そう、って話してるんです。それで、その日も一緒にサイトを見ながら、こんなものまで出品されてるぞ、なんて言って」


 隆之さんのお目当てである、何とかという長ったらしいラノベ作品のフィギュアをチェックしたり、奥さんのお目当てである、アメコミヒーローの雑誌(どうやら奥さんはそういうのが好きらしい)を探している時に、その金庫が出てきたらしい。僕にはよく仕組みがわからないのだが、とにかく、検索に引っかかったのだという。多々良曰く、「どんなワードでも引っかかるようにって、やたらとごちゃごちゃとタグを入れるやつらがいるんですよ」とのことである。


 とにもかくにも、その金庫は出て来た。

 ちょうどコーヒーのお代わりを淹れようと、奥さんが席を立ったタイミングだったらしい。金庫なんて出品されてるんだな、と隆之さんは何の気なしにそのページを見ていた。新品の金庫ではない、中古の、それも、明治辺りの年代物である。一応鍵はあるらしいが、ダイヤル番号を記したメモの類もなく、その鍵にしても錆だらけで本当に使えるかもわからない。なぜそんなものを出品したんだろう、という興味はあった。スマホで調べてみると、そういった年代物の金庫は意外なことに多少需要はあるらしい。


「まぁ、『ガチャ』みたいなものですよね。もしかしたら中にとんでもないお宝が入ってるかもしれないじゃないですか」

 

 隆之さんの言葉に、「ガチャはガチャでもクソデカ物理ガチャですねぇ」と多々良が反応する。


 とはいえ。

 

 それでも隆之さんは別に競り落とすつもりはなかった。奥さんが戻ってくるまでの間、随分古い金庫だな、『岡女おかめ金庫』っていうのか、難攻不落で有名なのか、などと思いながら紹介ページを眺めていただけなのである。ところが――、


「ねぇそれ、買ってよ」


 奥さんの声だったという。

 キッチンでコーヒーを淹れ直しているはずの奥さんの声だった。


「えぇ、買うの?」


 妻の声だと疑いようもなかった隆之さんは、振り返ることもなく、そう返した。その時の価格はまだ出品直後だったため、千円程度だったらしい。ただもちろん、ここからどれだけ上がるかわからない。オークションというのはそういうものだ。


「買って、お願い」

「良いけど、買ってどうするの? 使うの?」

「中に何が入ってるかも気になるし、これはこれで部屋のインテリアにもなるし」


 なるわけないだろ、とは正直思ったらしい。

 だけど、共働きなこともあり、普段これといって自分に何も強請らない妻が、買ってほしいと意思表示したのだ。まぁ余程の金額にならない限りは買ってやっても良いかな、と思ったのだそうだ。


「わかった。でも、あんまり高くなりすぎたら諦めるけど。それでも良いなら」


 それで結局、その金庫は隆之さんが落札した。落札金額は送料込みで一万円。大して値は上がらなかったのだそうだ。


 けれど、その金庫が送られてくると、奥さんは「何これ?! 何でこんなの買ったの?! こんなもの買ってどうするのよ!」と怒り出したのだという。


 そう、いま考えれば、なのだ。


 あの時の声は、奥さんの声真似をした蛇寧のものだったのではないか、と。


「……間違いないでしょうね」


 僕が言うと、それに続いたのは美冬君だ。


「奥さん、さぞかしびっくりなさったでしょうね」

「そりゃあもう、びっくりもしたでしょうし、めちゃくちゃ怒られましたね。でも、僕からしたら、買えって言ったのは君だぞ? って」


 もちろん、そう反論した。

 けれども、「私がそんなことを言うはずがない」と返ってくる。隆之さんが、コンコン、という鳴き声を聞いたのも、奥さんが鳥と蛇の妖怪を目撃したのも、それがきっかけで大喧嘩になり、しばらく口も利かずにいた時のことだったらしい。金庫は届くわ、妖怪の陰がチラつくわ、で、いい加減恐ろしくなっていたところへ、この番組のことを思い出したのだそうだ。それよりも、もっと適切なところ――例えば神社とか――があったんじゃないかと思うのだが。


 この番組はどうやら全国からありとあらゆる『開かずのナニカ』が集まるらしく、中には今回のように妖怪絡みのものもあったりするのだとか。そういう理由から、懇意にしている神社なんていうのもあるらしく、余程の場合はそこでお祓いもしてもらっているらしい。


「やっぱり、ただ開かないってだけよりは、何かしらそういうパンチの効いたエピソードがある方が番組的には美味しいんですよ」


 だけど、と家洲さんは言う。


 数年前、妖怪絡みの金庫を開けて、ど偉いトラブルが起こったらしいのである。詳細は、個人情報だし、まだ裁判が終わってないから、と教えてもらえなかったが、とりあえず番組側に非があるのではなく、依頼者と、その金庫の売り主である妖怪サイドでかなり揉めているらしい。


「なので、ここ最近はその家に代々伝わる、由緒正しい『開かずの金庫』だけを扱うようにしてたんですよ」


 だけれども、そっち方面に舵を切ると、目に見えて数字は落ちてきた。視聴者の方ではやはり、ただただ歴史があって開かないというだけではなく、何かしらの曰くがある、何なら多少血生臭いエピソードがあるくらいの金庫が見たいのである。


 だから、とそれに続いたのは隆之さんだ。


「ネットでもそんな噂が流れていたもんですから、代々伝わる金庫だけれども、元を辿ればそういった妖怪絡みの曰く因縁のある代物だ、って、嘘をついたんです。番組で取り上げられることになれば、専門の方にも来てもらえるかなって」


 悪びれる様子もなく、さらりと言う。


 人間怖い。さらっと嘘ついたって言ったぞこの人。

 目的の為なら手段を選ばないところあるからな。人間ってそういうところほんと怖い。


「元を辿ればってことは、まぁ少なくともいまはそう大して影響ないかな、って思ってですね。それでもほら、わずかにでも妖怪の要素があれば、絵になるっていうか。それっぽい識者さんの話も入れられますし、現地の妖怪伝説なんかもね。それで今回こちらの金庫に、というわけで」


 と言って家洲さんは苦笑した。いやぁそれがまさか嘘だったとはなぁ、ははは、と何だか無理矢理感のある笑いである。もしかしてこの人、ほんとは全部知ってたんじゃないのかな。全部知ってた上で企画を立ち上げ、それでギリギリになって「急に依頼者が話を変えて来た」と言ったのではないだろうか。


 それはまぁ、良い。いまそこを突いたって仕方がない。


 とにかく、よくわからないうちに欲しくもない金庫を落札することになり、それが原因で夫婦仲は何だかぎくしゃくし、家の周りに妖怪がチラつくようになったのだ。そして、今日、そもそもその金庫も妖怪のせいであったということがわかった、といわけである。


「それでですね、専門の方に来ていただきたかったのは、その妖怪さんの目的が何なのかはわからないのですが、例えば、こちらが何かしたとかそういうことでもなければ、その、ウチに関わるのやめてもらえないかな、と。そういう感じで話をつけてもらえないかと思いまして」

「はぁ」

「ほら、よくお話とかでね、あるじゃないですか。妖怪さんの住処を荒らしたとかで恨まれて――とか。そういうのだったら、まぁこっちにも非はありますけど、僕達、何もしてないと思うんですよ、ほんとに。この家だって中古で買ったやつですし。僕らが建てたわけじゃないんですよ。そんな曰くのある土地だなんて聞いてませんしね?」


 敷地内に妙な祠があるとか、お地蔵様があるとか、注連縄しめなわのついた木があるとか、そういうのもないですし、と隆之さんは必死だ。確かに、妖怪は縄張り意識が強いから、余所者が自分達の住処に断りもなく侵入したとなれば、容赦なく排除しようとするだろう。けれども、話を聞く限り、この家は昔からここにあったようだし、もし、誰かの縄張りだったとしても、それなら前の住人と既に揉めているだろう。それでもまだここに家が残っているということは、何かしらのトラブルがあったとしてもそれは既に解決しているはずなのだ。


「とりあえず、その妖怪と会ってみないことには」


 とかなり渋々言うと、「おい」という勇ましい声と共に居間のドアが乱暴に開けられた。


「秋芳君」


 伏木さんである。

 解錠作業中のはずの伏木さんである。

 いや、違うな、作業してるのは杣澤君か。


「何、どうしたの。杣澤君一人にしちゃって大丈夫なの?」

「それは問題ない。どうせあいつには開けられないんだ」

「開けられないとか言っちゃ駄目だよ。可哀相じゃん」

「良いんだよ、あいつは半人前なんだから。それより、だ」

「何」

「いるぞ」

「何が」


 何が、とは返したが、僕はその後に続く言葉が何なのか、何となくわかってる。


「妖怪だ」


 やっぱりか。

 

 そうは思うものの。


 なぜ、伏木さんにそれがわかるのだろうか。

 

 むしろそっちの方が不思議だ。

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