3 夢喰い獏の多々良
3-1 フシキ堂の厄介なお弟子君
翌朝である。
ぎゅいぃぃぃぃぃぃぃ、とけたたましい音を立て、
齋藤家から回収した畳を切っているのだ。
「そのままかぶりついても良いですけど、板チョコくらいの大きさにしたら、携帯も出来て良くないですか? あっ、いっそこれをお弁当にしましょう!」
ボクってばナイスアイディア! ううん、アイディアウーマンとしての己の才能がちょっと怖いですねぇ、などと一方的に捲し立て、こちらの返答も待たずに物置に飛んで行ってコード式の電動のこぎりを持って来たのである。アイディアウーマンとしての才能よりも行動力が怖い。そんなのこぎりいつ買ったんだ。
で、庭を切りクズまみれにして、一生懸命バリバリと裁断作業をしているというわけである。
そして僕は、手製のベンチにちょこんと腰かけて、それが終わるのを待っている。風に舞う切りクズが時折口の中に飛び込んできて、昔、仙人の真似をして霞を食べた時のことを思い出す。アレは特殊な訓練を受けた――というか仙人だから出来ることなので、絶対に真似しない方が良い。食べても食べても満たされなくてすぐギブアップしたものだ。
「ふぅ、これでお弁当の分と、それから夕食後の映画鑑賞会のおつまみはばっちりですね」
「何、映画鑑賞会って。僕それ初耳なんだけど」
「ふへ? やだなぁボスったら、もう忘れちゃいました? 夢の中で約束したじゃないですか、たくさん映画を見て勉強するって」
「あれ約束だったっけ?」
「ぐふふ、『多々良のお勧めホラー映画豪華三本立て、今夜は眠らせナイト』開催です。もう色々用意してるんですから、キャンセルは受け付けないですよ」
「そんな。三本もホラー見るの? 嫌だよ。僕絶対途中で寝るやつだよ」
「眠れないくらい怖いの用意しましたから! まぁ、寝ちゃったら寝ちゃったで
「悪夢を見るとは限らないけどな」
ぜぇったい見ます! 嫌な夢を見るってレビューサイトにも載ってるやつですもん! と多々良はムキになっている。まぁ、見ても良いけどさ。映画も、悪夢も。
ふんすふんすと鼻息荒く、多々良が板チョコサイズ(厚みは板チョコの数倍あるけど)にカットした畳を風呂敷に包んでいると、彼女の後ろにある生垣から、にゅ、と頭が飛び出した。濡れたような艶のある黒髪を後ろに流し、こめかみから下、後頭部の方はさっぱりと刈り上げられているという、僕にしてみれば何とも謎なヘアスタイルだが、どうやらいまはそういうのが流行っているらしい。ツーブロックとかそういうんだったかな。とにかくそんな頭だ。そして彼が『鍵のフシキ堂』のお弟子君、
「おい、ちび助、
どうやら最初に目に入ったのが多々良の方だったらしい。彼は多々良となぜか仲が悪く、彼女のことを『ちび助』と呼び(確かに小さいので間違いではない)、そして僕のことはどういうわけだか『秋様』と呼ぶのだ。雇い主である
「ハッ、相変わらずの節穴ですねぇ。その真っ黒おめめはガラス玉なんですかねぇ。ただの飾りなら、抉り取って
多々良もそんな風に返すものだから、彼らの溝はどんどん深まっていくばかりだ。ちなみに泪も御珠も、もらっても困ると思う。別に彼女らは人の目玉を抉り取って食う妖怪ではないのだ。
多々良の指差す方に視線を走らせた杣澤君は、僕の存在にやっと気付いたらしい。さっきまで苦虫を嚙み潰したような顔で多々良と接していたのが嘘のように、ふやけた笑顔を向けてこちらに柔らかく手を振って来た。
「あぁ、秋様、秋様ぁ~! 陽に透ける銀髪が今日もお麗しい~! 報酬、お持ちしましたぁ~!」
がさがさと生垣をかき分けて侵入しようと身を乗り出しているので、さすがにそれは困ると、ベンチから降りてそちらに向かう。
「いつもわざわざ悪いね。本当は口座でも作ってそこに振り込んでもらえば良いんだけど、僕ら妖怪だからちょっと手続きが大変でさ」
「良いんですよ、そんな。いつだって俺がお届けします。むしろ届けさせてください、あなたの元に!」
差し出された封筒に手を伸ばすと、そのまま、きゅ、と両手を包まれる。僕の手をすっぽり隠してしまうほど大きな手だ。
「俺は秋様が五百年生きてる妖怪だって構いません。俺の残りの人生すべてを捧げますから、ぜひとも俺の妻に!」
「嫌だよ。あのさ、何度も言うけど、僕は雄の妖怪だしね? 人間と添い遂げるつもりもないし」
「またまたぁ。そんなに可愛いのに雄なわけないじゃないですか」
「いや、見た目の可愛さは関係なくない?」
「ありです。大ありです」
「困ったなぁ」
面倒だけどやっぱり口座開設しようかな。彼、毎回こうなんだよなぁ。伏木さんにクレーム入れても「私が言っても駄目なんだよね」って笑い飛ばされて終わりだったし。だったら伏木さんが持ってきてよ、って言っても「仕事が溜まってるから無理」って言われちゃうし。でも審査通るかなぁ。僕はマイナーな妖怪だから、厳しいっぽいんだよなぁ。
と。
「ボクのボスから手を離しなさい、この木偶の棒が」
ぎゅいぃぃぃぃぃぃぃぃ、と電動のこぎりを構えた多々良が、杣澤君の首を狙っている。目がマジだ。もちろん狙っているのは、僕の手を掴んでいる手首ではなく、頭が乗っかっている方の『首』だ。こらこら、そういう時はまず警告として手首を狙いなさいっていつも言ってるだろ。あと、まだ警告の段階なんだし、念のため電源は切ろうか。
「ちっ、邪魔な獏っ
「立ち去りなさい、立ち去りなさい。命が惜しくば立ち去りなさい。ボスはこれからボクとデートなんですから」
「デートだと! 秋様! 俺も! 俺も行きます! 良いですよね!? 俺、車出しますし! 助手席は秋様のためにいつもあけてます!」
「いや駄目でしょ。杣澤君、仕事中なんじゃないの?
「怒られても……! いや、駄目だ、社長めっちゃ怖いもんな」
「
「そうそう、それで組長さんに気に入られて大変だったって言ってたね」
「社長……強すぎだろ……。何やってんだ……」
「それにほら、お給料減らされちゃうかもよ」
「ぐぅぅ、それも痛い……」
「
「そういうことならボクはこれから身体中に武器を仕込みます! こないだテレビで見たですよ! 女スパイやくノ一は身体中に武器を――」
こうやって! むっ、胸の谷間とかにナイフを! と一生懸命胸を寄せているが、残念なことに彼女には谷間が作れるほどの肉がない。その必死な様子に杣澤君は顔を背けて肩を震わせていた。一応、そこは笑っちゃいけない、という最低限のマナーは持ち合わせているらしい。君、意外と紳士なんだね。でも笑ってるよね?
「むぅぅ、おかしいですねぇ。こないだ女スパイはここから色々取り出してたんですよ。お洋服の方にポケットがあるのでしょうか?」
「まぁ、そうかもね。はいはい、とりあえず杣澤君またね。多々良もそろそろのこぎりをしまいなさい。危ないから」
出掛けるんだろ、と言うと、ぐにぐにと胸を揉んでいた手をパッと離して「そうでした!」とそのまま万歳をした。そして両手を高く上げた状態で杣澤君を横目で睨み、
「とっととお帰り下さい、
そう言い放つと、多々良は、にゃはは、と勝ち誇ったように笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます