幕間
舎弟の観世重①
***
「あ、ね、さぁ~ん!」
「先週姐さんが紹介してくれた方の夢を食べてきましたっす!」
夢喰い獏の尻尾は牛のはずなのに、最近では、彼のは大型犬のそれが付いているような錯覚を起こしそうになる。びしり、と敬礼までして、その牛の尻尾を元気いっぱいに、ふぉんふぉん、と振るのである。
「観世重、尻尾が出てますよ。お前はまだまだ未熟ですねぇ。人間の姿の時はちゃんと尻尾も引っ込めないと駄目です。いつも言ってるでしょう」
「あっ、いっけね」
慌ててぽんぽんと尻を叩き、牛の尻尾を引っ込めると、これでどうです、と言わんばかりの得意気な顔になって、観世重は腰を落とし、頭を彼女に向けた。きちんと仕事をしたら褒める、そういう約束だ。よしよし、と自分よりもずっと高い位置にあるその頭をわしゃわしゃと撫でてやる。さっぱり短い髪をやっぱり白と黒の半々にしているのは、『動物園のバクをリスペクトしている多々良の姐さんをリスペクトしているから』らしい。
その白黒の分け目がぐちゃぐちゃになるほどに撫でられて満足したらしい観世重が、そうそう、と言って、首から下げた大きながま口財布の中から封筒を取り出す。
「今回の齋藤さんの紹介料っす。今日会うって言ったら、ついでに渡すよう、
観世重は『暖々』という獏の元で暮らしている。
観世重は、親に捨てられていたところを多々良に拾われ、暖々に預けられた獏だ。彼女としては、「こんなのがいたらボスを取られてしまうですよ。ボスの寵愛を受けるのはボク一人で十分です。ボスに見つかる前に
「もう行って来たですか。さすがにあの爺は仕事が早いです。ぐふふ、たくさん入ってますねぇ。ぐっふふ」
「ウチは、早さがウリっすから。これで秋芳の
「ぐっふ。言われなくてもそうしますよ。何が良いですかねぇ」
「焼肉とかどうすか?」
「焼肉かぁ。ウチのボス、たくさん食べますからね。ちまちま焼いてたら間に合わないですよ。まぁボスの場合は生のままでも良いんですけど、ほら、最近色々うるさいじゃないですか、食中毒とか。生のまま食べさせると人間の店員さんがうるさいんですよ」
「あっ、それじゃあ、あそこはどうすかね、『焼肉やまんば』。あそこなら妖怪にだけ特別メニューで生の牛一頭出してくれるっすよ。生でも丸焼きでも。店員も妖怪だし、完全個室だから人間にはバレないっす!」
「牛一頭! 良いですね! よしよし、さすがは観世重です。もっと褒めてやるですよ。えいえい」
追加で頭をぐりぐりと撫でてやると、喜びのあまりにか、ぼわん、と擬態が解ける。獣時の多々良よりも一回りは大きな夢喰い獏の観世重は、熊の腹を天に向けて牛の尻尾をぶるんぶるんと振った。
はふはふとじゃれる、ごろりと寝そべった三メートル強の獣型妖怪の頭の辺りにしゃがみ込んでいた多々良は、「さて、こんなことしてる場合じゃないです。ボスが待ってるから帰らないと。きっとお腹空かせて泣いてますよ。ぐふふ、ボスったら、ボクがいないと駄目なんです。全く可愛いんですからもー」と言って、腰を上げた。それにつられて観世重も慌てて起き上がる。ちなみにさすがの秋芳でも起きている時は空腹で泣いたりはしないし、飯の用意くらい一人でも出来る。己を成体まで育てたのが誰だったのか、既にきれいさっぱり忘れている多々良である。
「あっ、姐さん! 送るっす!」
「良いですよ」
「そんな! 可愛い姐さんにもしものことがあったら大変っす! 姐さんはとっても可愛いので、おれ心配っす! さぁ、おれの背中に乗って!」
さぁさぁ、としゃがみ込んで虎の手をぱたぱたと振る観世重に、チッチッ、と舌を鳴らした。
「とっても可愛いのは否定しませんが、このボクに不埒なことをするようなやつは返り討ちにしてやりますから心配なく。何よりも――」
そこで、ビシッと獣姿の観世重を指差した。
「ボクはボス以外の雄の背には乗らないと決めているんです!」
決まった、と撃ち終えたピストルよろしく、その人差し指にふぅと息を吹きかける。
「お、おわぁ……。姐さん、カッコいいっす! 痺れるっす!」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてくれても構わないですよ!」
「姐さん、最高っす!」
「ふふーん!」
ぽふぽふと虎の手で拍手され、多々良は得意気である。
ただ問題は、秋芳の方に多々良を背負う気が全くない、という点であった。
***
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