3-4 両チーム、合流する

「ふん、そんなもの私が知るか」


 言うや、稲波の手首を掴み、空いている手でスマートフォンを操作する。メールではなく、通話のようである。


「――おう、多々良。すまんな、メールに気付かなくて」


 手短に断りを入れ、合流しないか、と持ち掛けようとしたところで、それより早く多々良が「明水さぁん!」と声を張る。


「何だ、おい。急に大声を出すやつがあるか。鼓膜が破けるだろ。落ち着きたまえよ」

『落ち着いてらんないです! 明水さん、ボク達と一旦合流するですよ!』

「は? 何でまた。いや、良いんだけど」


 何せ元よりそのつもりである。まさか向こうから持ち掛けられるとは思わず、つい「何でまた」などと口が滑ってしまったが。


「いや、私もな、ちょうどそう言おうと思ってた」

『明水さんもですか?』

「あぁ、私の方のガイドがな、悪食だったんだ。ほら秋芳君、常々自分以外の悪食と会ってみたいって言ってただろ? だから交換してもらおうかなって思って」

『おお! ナイス! ナイスですよ明水さん! ボスもきっと喜ぶです!』

「君達どこにいるんだね。中間地点で落ち合おうじゃないか」


 そう提案した後は双方のガイドに代わり、集合場所を確認して通話を終了した。


「強引な方ですね」

「それは褒め言葉として頂戴するよ」


 恨めしそうな顔で明水を睨みつける稲波に向かって挑発的な笑みを浮かべる。そして、「その顔」と言って、彼女の顎に触れる。


「そういう顔をすると、本当に兄貴そっくりだ」

「……兄にいつもこんな顔をさせているんですか」


 明水の手をうざったそうに振り払い、またほいほいと触れられては敵わないと思ったか、稲波は一歩下がった。その様子が明水にはどうしても秋芳と被ってしまう。彼もまた、「伏木さん、また僕のことを子ども扱いする気でしょ。あのね、言っとくけど、僕、伏木さんより全然年上だからね」と、彼女から少し距離を取り、不服そうにそう言うのである。その時の顔によく似ている。ちなみに、子ども扱いはしていない。赤ちゃん扱いしているのである。


「させたくてさせてるわけじゃないさ。彼は意外と表情が豊かでね。菓子を取られた、食われたですーぐそんな顔をするんだ」


 五百歳生きてる大妖怪様の癖に、バブちゃんみたいなやつなんだ、と苦笑すると、それもまた彼女にとっては面白くないようで、「兄を馬鹿にしないでください」と膨れる。


「馬鹿になんかしてないさ。可愛いと思っているよ。ていうか、彼のあのぽやぽやのほほんとした性格はてっきり稲波が色々食べてしまったせいかと思ったが、違うのか?」

「そこまで食べたかは……。だけど私達にとって、『食べること』は何を置いても重要なことなんです。食べるしか能のない妖怪ですし」


 それを奪われたら兄だって怒るでしょう、と続けると、明水はきょとんと目を丸くした。


「おやおや、発言まで同じとはな。秋芳君も二言目にはそれだよ。悪食は食べるしか能がないって。威張るしか能のない妖怪の前でよく言えたもんだ」


 食べるしか能のない妖怪と、威張るしか能のない妖怪と、この場合果たしてどちらが上なのか下なのか。妖怪としての地位云々をさておけば、恐らくは、五十歩百歩というやつなのだ。だからそれ以上は稲波も、明水も何も言わなかった。ただ、互いに意味ありげな笑みを浮かべて、無言で歩き始める。



「あ! 明水さぁん! こっち、こっちです!」


 少し歩いてはその辺の草を食い、木の実をもぎ取っては食い、と稲波がやるものだから、二人が到着する頃にはとっくに秋芳一行は待ち合わせ場所に着いており、待ちくたびれた様子の悪食は、その場にちょこんとしゃがみ込んで、自身の顔よりも大きな煎餅を齧っている。


「相変わらず食べているな、秋芳君」

「遅いんだもん、伏木さん」

「仕方ないだろ、こっちのガイドが、文字通り『道草を食う』んだ」


 全く、君ら悪食というのは燃費が悪すぎる、という悪態には似つかわしくない嬉しそうな顔をして、自分の後ろに隠れるようにして立っていた稲波の腕を掴む。稲波はやはり、不機嫌そうにそれを振り払って、己の足で前に進み出た。


「今回、そちらの嘉火と組で秋芳様御一行のガイドを仰せつかっております、稲波と申します」


 そう名乗って頭を下げる。


 それにきゃいきゃいと反応したのは多々良だ。


「おわ! ボスにそっくりです! 悪食は皆こんなに可愛いんですかねぇ。ね、ね、ボス! ボスってば!」


 煎餅に齧りついた状態で稲波を見上げたまま微動だにしない秋芳の肩を揺するが、彼の方では彼女の声などまるで聞こえていない様子である。ばり、と音を立ててそれを齧り、口をもぐもぐさせたまま緩慢に立ち上がると、ごく、と飲み込んでから「じゃ、行こうか」と歩き出す。


「え? あ? ボス?! ちょっともう、待ってくださいよぉ! ――ぐぇっ!?」


 慌ててそれを追いかける多々良の襟首を掴んで「待て待て待て」と低い声を出す。


「何するですか、明水さん! ああ、ボスが行っちゃうです!」

「良いんだ、多々良。二人にさせてやってくれないか」

「何でですか! あっ、もしかしてこれ、お見合いですか!? むがぁ、カップル成立なんてさせないです!」

「落ち着け多々良。それは絶対にありえない!」

「なぜ言い切れるですか、明水さぁん! めちゃくちゃ可愛い子だったですよ、ど畜生! どうして悪食ってぇのは揃いも揃ってあんなに可愛いんですかぁ!」

「悪食すべてがあんなに可愛いかはわからんが。いや、あれは――稲波は特別なんだ」

「はぁぁぁ?! 特別ぅ!? 特別って言いましたぁ?! だったらなおさら駄目です! ボスは、ボスはボクのぉ!」

「だから落ち着けって多々良、まず話を聞いてくれ」


 腕をぶるんぶるん振り回して抵抗する多々良をどうにか収めようとするが、そんなもので彼女が止まるわけもない。それでも獏の姿にならないところを見れば、いまのところはまだ理性が残っているらしい。何せそうなれば明水など簡単に吹っ飛ばしてしまうからである。


「多々良! 稲波はな!」

「うわぁん、明水さんが裏切ったです! 酷い! あいつに買収されたですかぁっ!?」

「違う! 私はどちらかといえば君達がくっついた方が面白いと思ってる!」

「面白さで!? 面白いことなんか一個もないですよ! 白か黒かわからない可愛いベイビーが生まれるだけです!」

「落ち着け多々良、お前のその白黒は後天性のやつだろ!? 本来は白でも黒でもないから、秋芳君に似なければ白と黒の要素はない!」


 そう断言すると、多々良はいよいよ大声で泣き出した。


「びゃああああ! 明水さんが正論でいじめるぅぅぅぅぅ!」

「しまった! ついつい!」


 違うんだ多々良! と、優しい声を出して掴んだままの襟を放す。背中を擦ってやろうとしたところで、多々良は走り出した。


「うわぁん、ボスぅ! 明水さんがいじめるですよぉ! ボスの可愛いボクがいじめられてるですよぉ!」


 まさに猪のような勢いで、あるいは脱兎のごとく、韋駄天もかくや――などと言いたいところではあるが、残念なことに多々良の足は遅かった。元々の運動神経に加え、彼女よりもリーチの長い明水の方が断然速く、あっという間に回り込まれてしまう。ここでもとっとと獏になっておけば良かったものを、そこまで気が回らなかったようである。


「ぐっ、このボクに追いつくとは……。さすがですよ明水さん! さすがはボクのライバルです!」

「ふふっ、ライバルだなんて光栄だよ多々良」


 何やらそれっぽい会話をしつつ、向かい合って腰を落とし、左右に揺れる。多々良はどうにか明水の脇をすり抜けて秋芳の元に駆け出したいし、明水はそれを阻止したいのである。そんな二人を見て、嘉火は――、


「これ、突っ込んで良いのかしら」


 と思ったという。



***

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