4 舞い込んで来たお仕事
4-1 ポスター下のノブのないドア
「
工具箱の中から、ガチャガチャと道具を取り出してウエスの上にきちんきちんと並べ(その辺が師匠である
「別に僕と仕事ってわけじゃないよ。僕は菰田さんのお家を案内しただけだから」
「いやいや、それでもですよ! こうしてここにいてくれるじゃないですか!」
「気が散るなら僕あっち行ってようか?」
「駄目です、むしろここで!」
「あっ、そう」
あの後、菰田さんと一緒に伏木さんのお店を訪ねてみると、肝心要の伏木さんはお得意様に捕まっていた。何でも、タンス貯金が生き甲斐らしいおじいちゃんらしいのだが、文字通り、『タンスに金目のものを貯め込む』わけではなく、畳の下に膨大な量の金庫をしまっている、というやつである。いや、畳の下ってバレてるじゃん、とも思うのだが、伏木さん曰く「中に入ってるのはとっくに引き換え期限の切れた宝くじ(しかも外れてる)とか、映画の半券とかなんだよ」らしい。一応現金も入ってはいるのだが、そのほとんどが小銭で、それらすべてをかき集めても大した額にはならないのだとか。
つまり、少々ボケてしまっているのだという。
けれどその外れの宝くじにせよ、映画の半券にせよ、大事にしまいこむ理由はあるらしく、それが彼の財産であることには変わらない。
問題はその金庫の鍵をしょっちゅうなくしてしまうことである。いっそダイヤル式に買い替えて――といっても当然数字を覚えてなどいられないだろうから、番号を紙に書いて貼っておけば(どうせ中身は大したことないんだし)と伏木さんが提案したところ、「それじゃ金庫の意味がないだろ!」としこたま怒られたのだという。そりゃそうだよ。
で、そのおじいちゃんが愛用の一輪車(工事現場とかで使う方)にその金庫をどっさり乗せて(一応ブルーシートを被せてはいる)、「開けてくれ。それと、新しい鍵も作ってくれ」とやってくるのだ。
伏木さんもいい加減面倒になって、これくらいならと杣澤君にパスしようとしたのだが、彼女の腕を知ってしまっているおじいちゃんは、
「こんな若造にワシの金庫を触らせるな!」
とこれまた大層お怒りになられたらしい。八十超えのおじいちゃんからしてみれば、二十八(って言ってたと思う)の伏木さんだって十分若造だと思うんだけど、彼女はまぁ、腕が良いから。
そんなこんなで伏木さんにお願いすることは出来ず、「ただの一般宅のドアなんだろ? 急ぎなんだったら欽を連れていけば良い」ということで、奥の部屋でせっせと工具の手入れをしていた杣澤君に白羽の矢が立った。
――という経緯で、菰田さんに「腕の良い鍵屋さんの一番弟子さんを連れて来ました」と紹介をし(伏木さんのお弟子さんは彼しかいないので間違いではない)、一緒に彼女の家に来たというわけである。
それで、だ。
菰田さんから依頼されたのは、彼女の家の奥の奥、廊下の突き当りにある部屋である。何度かその辺りを通ったことはあるのだが、そこに部屋があるなんて気付きもしなかった。というのは、まず、ドアノブや取っ手らしきものがないということと、その存在を隠すかのように大きなポスターが貼られていたからである。といっても、そのポスターだってドア全体を隠せるほど大きいわけではない。ただ、真っ赤なビキニを着た金髪女性がなかなかにきわどいポーズをしているという少々刺激的なものであるため、まずそっちにに視線がいくというか、あるいは直視出来なくて、結果的にドアに気付かなかったりというか。
僕は人間の女性に興味がないので別にまじまじと見てもどうということはないのだが、
「あーっ、ボス、また見てますね? 何ですか! あんな赤と金色の人間の女が良いですか! ボクの方が可愛いですよ! 白黒で可愛いですよ! ほら! ほらぁ!」
と、多々良がひたすらうるさいのである。だから、見なくなった。
さすがに今回、作業をする際には気が散るだろうということで剥がされたのだが、ポスターの貼られていた部分だけ、うっすらと色が違う。こんな日の当たらないところでも、わずかな電灯の光で焼けてしまうのだろうか。二十五年も放置すればさすがにこうなるのか。けれど、その割にはポスターの方は劣化していない。ただ、左下の角のみ、若干めくれあがっているというだけである。そこを留めていたはずの画鋲がない。落としたのに気付いていないのかもしれない。いずれにせよ、このポスターについては定期的に貼り換えているものと思われる。
ドアノブがないので、鍵は別のところにあるのかと思ったが、どうやらノブごと取り外されたわけではないようだ。ノブは切断されているだけなのである。ポスターは恐らくそれを隠すために貼っていたのだ。だけど、そこだけを隠せば不自然だということで、巨大なポスターで全体を覆うようになったのだろう。
だから、ノブそのものはなくとも、鍵は残っている。多少面倒な作業ではあるらしいが、これくらいならお弟子さんの杣澤君でも開けられる。
はずだった。
何やら特殊な工具で小さな鍵穴をかちゃりかちゃりとやってた杣澤君が、ぴたりとその作業をやめてこちらを見た。
「――秋様」
「どうしたの。何か取ってほしいものでもある? ティッシュ?」
「違います。そうじゃなくて」
「じゃ何」
「これ、無理です」
「は」
「俺じゃ開けられないです。社長呼んでください」
「は? 嘘。何で?」
そんなに難しいやつだったの? ノブがないから? と聞くと、彼は悔しそうにふるふると首を振った。
「ノブの有無は関係ないです。その程度だったら俺でも開けられるんですけど、この鍵、かなり特殊で」
「そりゃあ二十五年前のやつなんだろうしねぇ」
「いや、二十五年なんてレベルじゃないです。少なくとも戦前とか、それくらいのやつですね。戦前っつっても、日清戦争とかその辺りの」
「あらら、そうなの。それじゃちょっと菰田さんに電話借りて来るよ」
お願いします、と返す杣澤君は、鍵穴に工具を刺したままピクリとも動かない。動けないのかもしれない。工具が挟まってしまったとか、押さえていないと中の金具が下りて来てしまう、といったような。
あるいは――、
中のモノに捕まったか、だ。そういうのはよくある。だから、伏木さんじゃないと駄目なのだ。彼女はその辺のあしらいも抜群にうまい。
ぱたぱたと廊下を歩いて菰田さんを探す。彼女は何年か前に旦那さんに先立たれてから、この大きな家で一人暮らしである。旦那さんの母、つまりお姑さんとも同居だったらしいが、彼女はもうかなり前に亡くなっているのだとか。だからいまは一人で住んでいるのよ、と。
――と、聞いている。
一人暮らし、だと。
息子さんがいると聞いたことはあるのだが、それでもここには一人で住んでいると言っていたはずだ。離れて暮らしているのかなど、突っ込んでは聞かなかった。だって特に興味がなかったから。
音を聞いていないので確信はないけど、恐らく、あの中には何か――いや、『何者か』がいる。まさか息子さんではないだろう。あの鍵が本当に戦前――それも日清戦争レベルのものだとするならば、七十二歳の菰田さんだってさすがに影も形もない。
とにかく伏木さんを呼ばねば。開けてみないことにはわからないのだ。
「あら
「いえ、お茶ではなくて。電話をお借りしたくて」
「なんだ、良いわよ。どうぞ?」
そう言って、ポケットからスマートフォンを取り出す。この家には固定電話がない。最近はお年寄りでも固定電話にこだわる人は減った。どうせかかってくるのなんてオレオレ詐欺やらソーラーパネルの勧誘電話くらいだからといって、菰田さんもスマホ一本に切り替えたのだ。
ちなみに僕はスマホを持っていない。スマホを、というか、電話そのものを持っていない。水道ガス電気については口座がなくとも何とかなった。国営放送の受信料についても同様だ。だけれども電話だけは駄目だったのだ。
妖怪の中には、昔話や漫画、アニメなどに度々登場するなどしてとにかくメジャーになった者もいて、そういうやつらはSNSなんかも利用し、広告料などで収入を得てたりもするから、妖怪だからといって持てないわけではない。だけど僕はマイナーな妖怪だから、その辺の審査に通らないだろうし、そうまでして必要なものでもないだろうから、持たないことにしたのである。どうしても必要になったらその時は多々良にお願いすれば良い。夢喰い獏は
菰田さんにスマホを借り、記憶を頼りに伏木さんの電話番号をタップする。
「ありがとうございます、鍵のフシキ堂でございます」
という完全に営業用の声の伏木さんに「ごめん、僕だけど」というと、彼女はさっきまでの爽やかな声を一変させた。
「んあ? なぁんだ秋芳君か。何、欽のやつじゃ駄目だった?」
と明らかに面倒臭そうな声である。
さらには、
「はあぁ~っ! まったく、使えねぇなぁ、あいつ! 図体でけぇだけかよ!」
などと馬鹿でかいため息までつかれる始末。いやいやそんなこと言っちゃ駄目だよ。彼まだ二年目とかでしょ? あと身体の大きさは関係なくない?
だけど、
「なんかさ、かなり古い鍵だったみたいで。もしかしたら僕の出番もあるかもらしいし」
そう伝えた途端、彼女は「えっ!? ええぇっ!?」といつもとは違う女性らしい声を上げた。
伏木さんは古い鍵とか金庫が大好きなのである。最近の金庫はもちろん技術が上がってセキュリティ対策もしっかりされているらしいのだが、それよりも古いものの方が断然開けにくいらしい。それも、明治や大正とか、それより昔のやつだ。中途半端に古いものは逆に簡単なんだとか。
「何もう、ちょっとそれ早く言ってよ! 古いの? かなり?」
「うん。杣澤君の話だと日清戦争くらいかもって」
「日清?! 日清って言った、いま?! もういますぐ行く! 絶対行く!」
「お店は大丈夫なの?」
「閉める閉める! 大丈夫、そっち行ったら欽を店に戻しゃ良いんだから! 待ってろぉ、
何だよ、私の鍵って。
高笑いと共に一方的に通話を切られ、どうやら彼女のその笑いはしっかりと聞こえていたらしい菰田さんが「いまのが腕の良い鍵師さん……?」と不安げな目で僕を見つめて来た。
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