跋
秋芳君はお腹いっぱい食べたい
「
そんなことを言いながら、菓子折りを、つつつ、とこちらに滑らせてくる。あの特徴的な包装紙は老舗菓子屋・
こちらがそう思ったのを見抜いたのだろう、ローテーブルの向かいに座っている『鍵のフシキ堂』の社長、
きんつば入ってるのかぁ。それじゃ断れないよなぁ。
どうせ引き受けることにはなるんだけど、だからといってあっさりオーケーするのは、毎回きんつばに釣られているみたいでちょっと恰好悪い。実際釣られてはいるんだけど。
「とりあえず聞くだけ聞こうかな」
で、やっぱりこの流れになる。
すると伏木さんは、やっぱりこちらの思惑なんて何もかもお見通しですとでも言わんばかりのにんまり顔で「そうこなくちゃ」と胸ポケットから写真を取り出した。
「まーた御札べったべたに貼られてる……」
今回は金庫ではなく、西洋の棺桶のような長方形の箱である。もう当然のようにべったべたに御札が貼られている。ただ、これは金庫ではない。ということは、本来は鍵なんてついていないのである。本来は。
なのにこの棺桶は、じゃらじゃらと鎖が巻かれ、それが解けないようにと、大きな大きな錠がつけられているのだ。というわけで、今回はこの鍵を開けてほしいという依頼のようである。
どうしてこんなにべたべたに貼るんだろう。ていうか、鎖だけで十分じゃない? と呟いて、隣に座る多々良に「お茶淹れて来てくれない?」と声をかける。あいあい、と返しつつも、何やらもの言いたげなその視線に負けて「三人分。お前の分も」と言うと、満開の笑みで「かしこまりですよ、ボス!」と牛の尻尾まで出して機嫌よくキッチンへ駆けていく。
「良いね、夫婦ぶりが板について来たじゃないか」
「夫婦じゃないってば」
「いやいや、あんなのもうプロポーズみたいなものだよ秋芳君、いい加減腹を括りたまえ」
「嘘、あれってプロポーズなの? どの辺が? 僕の知ってるやつと違うんだけど」
「あれがプロポーズじゃないなら、秋芳君の考えるプロポーズってやつは何なんだよ」
「えっと、まず牛と羊を三頭ずつ用意して」
「おいちょっと待て。ほんとに何だそのプロポーズ。誰だ吹き込んだやつ」
「
「それはたぶんその地域の独特なやつだ。忘れて良い。どれ、仕方ないな。この私が直々に昨今のトレンドを教えてやろう。良いか、給料三ヶ月分のダイヤの指輪を用意してだな、爆走するトラックを身一つで止める、あるいは観覧車に乗ってそのてっぺんでこう言うんだ『僕のために毎日味噌汁を作ってくれ』と」
両手を大きく広げて威嚇のポーズをしたり、片膝をつき、小さな箱を開けるようなジェスチャーまでして、伏木さんは熱っぽく語る。成る程、いまはそういう感じなのか。牛と羊はいらなかったんだ。
「丁寧にありがとう伏木さん。たださ、僕、お金の管理してないから、給料三ヶ月分っていうのがよくわかんない。あと、言わなくても多々良は毎日味噌汁くらい作ってくれるっていうか、別に僕味噌汁はなくても良いっていうか。あれ、具を食べるのに箸必要だしさ」
「っかー、畜生。君んトコは色々特殊過ぎるんだよなぁ」
そう言って、ガリガリと頭を掻いている彼女の前に、湯呑が一つ置かれた。
「明水さん、お気持ちはありがたく頂戴しますが、たぶんそれも古いです」
「ぅえっ?!」
「良いとこ、昭和か平成初期のプロポーズですよ」
「な、何だと!? じゃ、いまは?! 令和のプロポーズっていうのは何なんだ?!」
伏木さんが身を乗り出す。
僕は、淹れたてのお茶を啜りながら、彼女が差し入れてくれた(だけどたぶん買って来たのは
「いまの時代はァ! フラッシュモブです! 街中でいきなり踊り出すですよぉ!」
「ほほう、成る程成る程!」
「待って多々良。街中で急に踊り出すとか正気の沙汰とは思えないんだけど」
「そんで一見無関係と思われた周囲の方々も釣られて踊り出してぇ!」
「良いね、楽しそうだ!」
「全員仕込みってこと? 怖いよ!」
「その人の波をかき分けて、モーセみたいにぱっかーんって割ってぇ!」
「よっしゃ、割ったぁ!」
「ねぇ、かき分けるのってこの場合僕? 嫌だよ?」
「じゃじゃじゃーんってお給料三ヶ月分の指輪をぱっかーんってぇ!」
「よし! 給料三ヶ月分は令和でも健在なんだな!」
「それもぱっかーんってしちゃうの? 割るの?」
「そこでバシーっと言うです!」
そこで「おお!」拳を握り締め、食いついたのは伏木さんだけである。僕はもう正直ついていけない。
「『Will you marry me?』」
「なんて?」
どうしていきなり英語になった?
僕がそんなの覚えられるわけがないだろ。
これならまだ牛と羊を三頭ずつ用意する方が簡単そうだ。
あの後、二泊三日の地獄観光の最終日、伏木さんは本当に閻魔大王のところに乗り込み、ヘイヘイ大王様、お宅の開かずの何か、私に任せてみないか、と営業をかけた。もちろんこんな口調ではなかったけれども。かといって、ものすごくへりくだって額を地面にこすり付け――なんてこともなかった。人間のお客様に対する態度とほとんど変わらなかったのだ。
なので、閻魔大王の秘書らしき人にめちゃくちゃ怒られていたけれども、彼女は態度を改める気など一切なく、むしろ、
「大王様が相手といえど、
と啖呵を切る始末。それそこまで胸を張って言う
だけど結果的に、それが大王に偉くウケて(「まったくもってその通りだ!」と地獄中に響き渡る声で大爆笑だった)無事に契約の運びとなったのである。半妖が閻魔大王と直接契約とか前代未聞すぎる。さすがは伏木さんだ。それを聞いた兄の
とにもかくにも、伏木さんはちょいちょいと地獄に赴いては、開かずの何やらを開けるという大役を任されることになったのである。そしてそれは僕らの想像をはるかに超えた量があった。地上での仕事もあるので一応月一ペースで行く契約になっているらしいんだけど、百年二百年では済まないらしい。放置しすぎでしょ。
「いやぁ、もう一生食うには困らんな」
安泰安泰、と伏木さんは豪快に笑っていたけど。この人、いやこの半妖マジで色々とんでもないな。
その伏木さんが、それでだ、と急に真顔になる。
「今回の依頼の件なんだが」
その言葉でテーブルの上の写真の存在を思い出す。御札がべったべたに貼られ、鎖もじゃらじゃらの棺桶だ。もうどこからどう見たって曰く付きだし、箱が箱だけに中身がだいたい想像つく。
「その金庫、吉川ナントカさんっていう資産家の蔵にあったものらしいんだけどさ」
「まぁ、この手のヤバいものは大抵資産家の蔵に入ってるよね」
「そうなんだよ。それで、だな。問題は中身だ。依頼人の話では――」
とん、と写真を指差して、にや、と笑う。
「中には、吸血鬼のおっさんが入っているんだそうだ」
ま、本当かどうかは疑わしいがな、と締めてお茶を啜る。いくら吸血鬼でも、数年ごとに目を覚まして食事をしなければ、さすがに死んでしまうはずだ。
「どうする。受けてくれるかね」
受けてくれるかね、じゃない。
この目は、受けてくれるよね、と言っている。まだそこまで長い付き合いでもないけれど、もうだいたいわかる。
「別に良いけどさ。その吸血鬼が生きてたらどうするの? 僕、食べないからね」
「わかってるさ。万が一生きてたらその時はその時だ。念のため、屋外にでも運んで真昼間に開けようか。君、灰になってからなら食べるだろ」
「灰なら食べても良いけど、国際問題とかに発展しない? 僕、怒られるの嫌だよ」
「知らん。もう百年くらい開けてないって話だし、ガチだとしても、
「そうかもしれないけどさ」
結局、その棺桶の中に入っていたのは、肉を食えば不老不死になることでお馴染みの人魚の
だって、伏木さんは開かずの金庫や鍵を開けることにしか興味がないし、僕はその中に入っている『食べても良いモノ』にしか興味がない。あと、多々良は僕にしか興味がない。
ただ僕は、目の前の『食べて良いモノ』をいただくだけだ。
お腹いっぱい食べられることに勝る幸せはない。
そう僕は思う。
ごちそうさまでした。
曰く付きでもお任せください! 開かずのナニカお開けします! 〜何でも食べちゃう見た目天使の悪食、ボス激LOVEのやや獰猛なボク(獏)っ娘と共に男装鍵師のお手伝い?〜 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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