第22話 新たな人間関係


「「……いや、誰??」」



ねむとレオの声が重なるが、俺はその少女から目を離せない。


特徴的な、感情をたたえないエメラルドグリーンの瞳。あどけない表情をしているが、本音はうかがえないような、そんな雰囲気だ。


この少女は、確か、クリスマスに出会った……??

少女は三つ編みをぴょんぴょんと跳ねさせながらも、俺にぐいっと近づいた。



「せんぱい、あの時は助けてくれてありがとうございますっ! せんぱい、物凄くかっこよかったです!」

「そ、それはどうも……」


「むーっ」


と、俺の袖を掴みながらも、ひなが少女を軽く睨む。そこで、ようやく気付いたとでもいうように、少女はひなに向き直った。



「こんにちは、月野ひなのせんぱい!」

「え、フルネーム、知ってるんですか?!」

「あっ、えっと、そ、そうですね、有名ですので」



と、なぜか一瞬慌てたようにする少女。が、すぐに唇を持ち上げ、笑みを浮かべた。



「かいかいー、この後輩ちゃん、誰なのお?」

「こんにちはっ、せんぱいに救っていただいた、新一年生です! 茂中もなかゆいっていいます」



茂中……なにか頭に引っかかるものがあったが、それはすぐに消えてしまう。



「ゆいって呼んでくれると嬉しいです! せんぱい♡」



少女――ゆいは、声のトーンを少し上げ、俺にますます近寄ってきた。



「せんぱい、連絡先交換してください!」

「オレもそういやカイの連絡先持ってへんわ、交換しようや」


「まあいいが……」



俺はスマホを出し、三人と連絡先を交換する。と、くいくい、と制服の裾を引っ張られる。



「んむー」


見ると、ひなが不機嫌そうに頬を膨らませていた。



「ほら、よしよし」

「えへへ」



慰めるようにして頭を撫でてやると、目をとろんとさせ、俺にもたれかかってくる……いやかわいいかよ!!


かわいさにきゅんとしていると、反対側からねむが、ぴとっとくっついてきた。



「えへへ……そういやねむたちは、だいぶ前に交換したよねえ? これからもいっぱい連絡するねえ」

「スタ連だけは勘弁な」

「せんぱい、私も連絡、いっぱいしてもいいですかー?」

「べ、別にいいが……」



すると、ぐいぐいと近寄ってくる二人を追い払うようにして、ひなが俺に正面から抱き着いてきた。

そして、俺の手をぐいぐいと引っ張り出す。



「そろそろホームルームが始まりますよ! カイさん、行きましょうっ!」

「ねむも行くー」

「なあみんな、オレの存在忘れてへん!? ちょっと置いていかんといて!?」



「……一旦はばいばいです、せんぱい」



引っ張られながらも後ろを振り返ると、ゆいはにこっと小さくほほ笑んだ。















「……ねむ、あの後輩ちゃん、苦手だなあ」



廊下を進み、人が少なくなった時、ねむがそう大きな声で言う。もちろん、すぐにレオに取り押さえられる。



「バカ、そういうのは大声で言ったらあかんねんで」

「だってえ、目が笑ってないじゃあん? 直感で、凄く、嫌な感じがするう。感じ悪うい!」

「ねむの直感、怖いわー。あと、初対面の人をぼろくそ言い過ぎ」



俺も怖い。次の瞬間、ゆいに殴りかかってそうだ。


と、ねむは取って付けたようにして、小さく呟いた。



「……それに、ライバルになりそうだし」


「ん? なんだ?」

「なんでもなーい」



尋ねると、ねむは顔を背けてしまった。なんなんだ一体?

と、ひなは、ぐぬぬと唸らんばかりに身を乗り出し、ねむに噛みつく。



「ねむさん……ねむさんこそが、私の最大のライバルですよ!」

「ねむからしたら、ひなのちゃんはラスボスだよねえ」

「ラスボスて……違いますよ、お姫様ですー! もう結ばれてるんですから!」

「それはどうだかあ」


「お前ら、何の話してるんだ……」

「せや、落ち着きって。もう教室着いたで」



レオの声に、俺たちは一気に静まり、緊張した面持ちで教室の扉の前に立つ。



「開けますよ……いち、にい、さ……ひゃああ!?!」

「「「「「月野さんだあああああ!!!!!」」」」」



ひなが扉を開けた瞬間、クラスメートたちが雪崩のようにしてひなを取り囲む!?

俺は、とっさにひなを抱き寄せる。



「か、カイさあん、助けて……」

「もちろん、大丈夫か?」



途端、一斉にブーイングと否定的な視線を向けられ、俺は背筋を凍らせる。



「彼氏消えろ!!」

「俺の月野さんに触れるんじゃねええ!!!」

「そいつをつまみ出せ!!」


「かっ、カイさんに指一本でも触れたら、ぜーったいに許しませんよ!!」



ひなが声を張り上げた途端、クラスメートたちは慌てて姿勢を正し、黙ってしまう。



「おお、賑わってるな。ホームルームだぞー、入れ入れ」



ナイスタイミングで先生が現れ、その場は完全に元の様子に戻り、ほっと一息だ。

と、ひなが自信満々に胸を叩いてみせた。



「カイさんは私が守りますっ!!」

「いーや、俺がひなを守る!」


「かいかいっ、席、隣だよお!!」



二人して見つめ合っていると、それを遮るようにしてねむが割り込んできた。途端、真っ青になるひな。



「ひぅっ!?! ととと、隣の席……!?」

「ねむの苗字って、《ゆづき》だからあ、かいかいと隣なんだよお」



ねむはそう自慢気に言い放ち、俺の腕を引っ張る。



「てことで、ばいばあい、ひなのちゃん! れおれおもばいばーい」

「ぐっ、ぐぬ、ぐぬぬぬ……っ!!」

「ええから落ち着き? とりあえず席つこか」



レオに誘導され、ひなはねむに恨みがましい視線を向けながらも、俺の前から離れていった。



「ねむ、かいかいと隣、嬉しいなあ。かいかいも、嬉しいー?」

「ああ、知らない人が隣じゃなくてよかったよ」

「……むう」



なんかむくれた!! 

慌てる俺をよそに、ねむはぷいと視線を背けてしまう。



「ねむが隣で嬉しい、って言って」

「へ?」

「だーかーら! ねむが隣で嬉しい、って言ってほしいなあ、って!」

「?? ねむが隣で、嬉しいぞ?」

「ふあ……っ」



と、ねむはなぜか頬を赤らめ、はしゃいだ笑みをわずかに浮かべた。



「そっかあ……嬉しいんだあ、えへ……」

「単純か……」



やっぱり単純か、ねむ。

鋭いのか単純なのか、わからねえ……!! なんか扱い方に困るっ!!



ねむの幸せそうな笑顔を眺めながらも、俺は一人、頭を抱えていた。













「……はあ、やっぱりカイかあ……ねむのあんなかわいい笑顔、久しく見てへんわ」



――一方、レオ。


國賀くにが レオ』と書かれた名札を指でなぞりながらも、レオは大きなため息をついていた。


人付き合いが上手いこともあり、レオは頻繁にクラスメートに話しかけられる。


が、レオの頭はねむのことでいっぱいだった。

話しかけてくる男子や女子に適当に返しながらも、レオはねむの方をぼんやりと見ていた。



「……あっ」




ばららっ、と派手な音が鳴ったのは、その時だ。


意識を戻し慌てて振り返ると、ミディアムの黒髪を揺らした女子が、焦ったようにしてしゃがみ込んでいた。どうやら、筆箱を落としてしまったらしい。



「大丈夫か?」

「は、ひゃ、ひゃい……っ」



慌てて拾うのを手伝うと、女子は頬を真っ赤に染め、顔を上げた。そこで、ようやく顔を認識する。


綺麗な腕に、さらさらなミディアムロングの黒髪。白を通り越して青白い肌。伏せ目がちの瞳はおどおどとしていて、視線が交わることがない。



「隣の席? よろしくな」

「は、はっ、はい!」



話しかけてみると、びくっと身を震わせ、せわしなく視線を動かす。頬だけでなく、耳まで真っ赤になっている。



「名前はなんて言うん?」

「な、七瀬ななせ……めう、です」

「めう? めっちゃかわええやん!!」

「ひゃうん!!?」



レオの勢いに押されたか、七瀬は声を上げ、すぐに顔をそらしてしまう。



「……??」



人見知りさんか、と納得しながらも、レオは飛び散った鉛筆や消しゴムをまとめ、七瀬に手渡す。



「あっ、あ、ありがとうございます……っひゃ」



渡した拍子に指と指が当たり、七瀬はかああっと頬を赤く染める。今や、完熟トマトのように真っ赤になっている。あまり近づきすぎないようにしよう、とレオは心に刻む。



「ええんやでー」



レオはにっこり微笑みかけると、黒板に向き直った。



「あ、あのぅっ」



そこで会話が終わると思いきや、七瀬の控えめな声に、レオは慌ててそちらを見た。七瀬は赤くなりながらも、懸命に言葉を発そうとする。



「な、名前……」

「名前……オレの?」



こくこく、と頷くのを見て、レオは少し嬉しそうに微笑んだ。



「國賀レオっていうねん。関西育ちで、親は両方関西! よろしくな!」

「くにが、れお……」



その名前を噛みしめるようにし、七瀬は幸せそうにして俯く。


その笑顔に魅了されながらもレオは、話し始めた先生の言葉に耳を傾けようとした。



「え、えっと」

「んー?」



と、つんつん、と肩を突かれ、レオは七瀬の方をもう一度見る。

七瀬は初めてレオと視線を合わせ、緊張した面持ちで口を開いた。



「よ、よろしくお願いします、って……言ってなかったな、って……」



綺麗な瞳に見入っていて、しばらく声が出なかった。


――えらいかわいいお隣さんやなあ、なんて考えながらも、レオはにっと笑顔になる。



「七瀬、よろしく!」

「し、下の名前で呼んでください……っ」

「めうか、おっけー! よろしく、めう!」

「ひ、ひゃい……っ!!」



こうして、レオに新たな友達ができた。








「……れおれお、他の女の子と仲良くなってる」



その一連の出来事を、ねむがちらちらと見ていた事に、もちろんレオは気づかなかった。

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