第13話 看病のつもりが


「おじゃまします」「おじゃましますぅ」「つ、月野さん、お邪魔すんで……」


「わっ、わわわっ、わあ!! 本当に来てくれましたーっ!!」




――放課後。


俺はねむとレオを連れて、ひなの家に来ていた。

ちなみに、ひなの家の厳つい門が見えてくるなり、レオは青くなっていた。



「あ、あのやなー……」

「ん?」

「こここっ、この豪邸が、月野さんの家や言わんやろうな……」

「なんか申し訳ないが……その通りだ」

「まじかあっ!?」



レオは今も青い顔をしていて、ぶるぶる震えている。


まあ、俺が初めて家にお邪魔した時も、こんな感じになったしな。

美貌、頭脳を持ち合わせ、さらにお金持ちだったとは、誰だってびっくりするだろう。



「カイさんっ、カイさん!!」

「わおう」



ひなは部屋着なのか、藤色のだぼっとしたパーカーを着て、ぎゅっと俺に抱き着いてきた。俺もひなを抱き返し、ひな充電をする。完全にひな不足だ。



「寂しかったですっ、カイさん、カイさんんんー」

「よしよし、いい子だったな」

「好きって言ってください!」

「大好きだ」

「んふー、カイさんで充電中です!」


「ねえねえひなのちゃん、体調は大丈夫なのぉ?」



と、そんな俺たちに割り込むようにして、ねむが話しかけてきた。

ひなは俺に抱き着きながらも、かわいらしい笑みを浮かべる。



「ねむさん、おかげさまで元気になりました! 今日ゆっくりしていたら、きっと大丈夫ですっ」

「そっかあ、よかったねぇ」



と、レオがねむにしがみつきながらも、か細い声を上げる。



「それはよかった……んやけど、こ、この家は、あまりにも大きすぎん……?」



玄関の広さは、少なくともうちの玄関の倍はある。それに、高そうな絵画や壺が飾られていて、レオは壊さないようにしてか、つま先立ちになっている。



「レオさんも来てくださりありがとうございます! えへ、確かにこれはやりすぎですよねー」

「は、はあ……」



他人事のように言うひなを見て、レオはますます震えあがる。



「次元が違うんやわ……」

「れおれおどんまい」


「あっあの、玄関で立ち話もなんですし、よかったら私の部屋にどうぞ!」



ひなはそういうなり俺の手を握り、長い廊下を駆け出す。



「わあ、置いていかないでよお」



そういうなり、ねむが俺のもう片方の手を握る。小さな手だな……なんて思いながらも、俺はその手を軽く握り返す。



「……」



レオは一瞬沈黙したが、すぐに明るい茶髪を揺らし、ねむの手をとった。



「……オレを置いていくな、頼むから」

「んー?」

「や、なんでもないで」



レオが少し微笑んでみせると、ねむは不思議そうにした。が、やがて、俺に顔を寄せてくる。



「ねえねえ、かいくんの手、大きいねえ」

「そうか?」



ねむの手が心なしかあたたかい気がしたが、俺は特に気にせず、ひなに手を引かれるがままに走る。



――高校生四人が手を繋ぎ、一列になって走る。

そのシュールでもある光景に、ひながおかしそうに吹き出した。



「あはは、みんな列になって、まるで子供ですね!」

「いやひなもまだまだ子供だろ!」

「そーだそーだよお」

「そういうねむも子供やで?」



俺たちはばたばたと足音を響かせながらも廊下を駆け抜け、やがてひなの部屋なのだろう、大きな扉の前についた。



「ここです!」

「おお、扉から格が違うんよ……」

「とりあえず、私の部屋より大きい事は分かるよお」


「では遠慮せず、お入りください!」



ひながドアノブに手を伸ばす。


そういや、ひなの部屋に入れてもらうのは始めてだ。

きっと、植物なんかが飾られたシンプルな部屋……いや、ピンクの壁にぬいぐるみが沢山飾られた、意外とガーリーな部屋かもしれない。



ひなががちゃりと扉を開き、俺たちは期待と共に、部屋の中を覗き込んだ。


……が。





「……ふぇ」

「お、おいこれは……」



ねむとレオの震える声。



「え、えへへ……ちょこっと散らかってますが……」



俺も、ぎょっとして固まる。




――地面に散らばった本。机の上に乱雑に広がった紙。ぐちゃっと積み上げられた学校用品に、足の踏み場もないほど散らかった床。



「……おいおい……!」



いやいや……ちょこっと散らかってる、だとお!? どこがちょこっと、だよ!! 


と思わず突っ込んでしまいそうな有様に、俺たちは顔を引きつらせた。



「ど、どうしたらこうなる」

「と、とりあえず、みんなで片づけよか」

「そ、それがいいねえ」

「そっそんな、申し訳ないです! すみませんっ、私がすぐに……んきゃああああっ!?」

「「「うわあああ!?!」」」



どさどさどささっ!!!


ひなが本棚に触れると、途端、ばさばさと本が降ってきて、俺たちは悲鳴をあげて頭を覆う。



「ごごごめんなさいっ、すすすぐに片づけ……わああぁうっ!?」

「「「ひいいっっ!?!?」」」



ばさばさばさばさっ、どささっ!!


今度は、ベッドに積みあがったものに触れるひな。と、なだれをおこして物が落ちてきて、俺たちは半泣きになりながらも部屋の隅に逃げこむ。



「はあ、はあ、はあ……」



俺たちは命の危機を感じながらも、荒い息を繰り返す。

ひながますます焦ったようにして、散らかったものに手を伸ばした。



「ごめんなさいぃ、私、急いで片づけ」

「「「何もしないでいいから!!」」」



三人の声が奇跡的に重なる。

部屋はさらに、恐ろしいまでに散らかり、足の踏み場もない。



「ごっ、ごめ、ごめんなさい……一応、三人が来るまでに片付けたんですけど……」

「ひなが恐ろしいまでにドジなのは知ってるから、安心しろ!」

「おいカイ、それフォローになってない気がするねんけど」

「カイさんんんー、ありがとうございますうぅ……!」

「理解不能や」


「とりあえず、ねむとれおれおで片づけようよー?」



そんな中、ねむがのんびりと言うなり、地面に散らばった本たちに手を伸ばし始めた。



「せ、せやな。月野さんは……うん、そこら辺に座っといて」

「は、はい、すみません……!!」


「じゃ俺、お茶とか勝手に入れてもいいか?」



俺はやることがなくなり、ひなに問いかける。



「そんな、カイさんにそんなことさせる訳にはいきません! 私が行ってきます!」

「いや、ひなは待ってて。まじで」



前、お茶を出してもらった時こそ無事だったが、今回は……病み上がりだし、万が一転んだりしたら……想像するだけで恐ろしい。



「病み上がりなんだから、そこらへんで座ってろ」

「うう……ありがとうございます……キッチンにあるものは、何でも使って大丈夫です!」

「おっけー」



俺は部屋を飛び出し、キッチンを目指す。



「ん? ここか?」

「おっと危ない、月野兄の部屋だった……バレたら殺されてたわ」

「うーん、この階段か?」

「げ、ここ地下かよ」

「あれ、ここテラス!? 広っ!?」

「なんか外に夢の庭園広がってるけど、これ庭とか言わないよね!?」



誰か、月野家の見取り図をくれ……と何度叫びそうになったか。



広すぎる家の中で迷子になりそうになりながらも、十分程してようやくキッチンにたどり着く。


しかし広すぎて、一瞬キッチンかどうかわからなかった……うちのリビングを二つくらい合体させた大きさ。鍋やお玉などが壁にお洒落に飾られ、植物がつるを伸ばし、壁を彩っている。



……お嬢様のキッチン、本当に、恐るべし。



「よし……何も壊すなよ俺……落ち着け落ち着け」



手を洗い、高級そうなコップを恐る恐る出し、茶葉を適当に選び、紅茶を淹れる。

ただそれだけのはずが、手がぶるぶると震えて危うくやけどしそうになった。


ようやくお湯を沸かし、茶葉にゆっくりと注ぐと、高級な茶葉の香りが鼻をくすぐる。



「おお、この香ばしい香り……最高か」



4つのティーカップに紅茶を注ぎ終わり、俺は深呼吸する。


高級な茶葉ってのは、こんなに香りがいいのか……うーん、いいなあ……うーん。



「……うん、暇だ」



あまりにも早く淹れ終わり、俺はこの時間をどう潰そうか悩む。何か他に作るもの、あるか?



『キッチンにあるものは、何でも使って大丈夫です!』そうひなが言っていたのを思い出す。


俺はとりあえず冷蔵庫の中を覗かせてもらい、何があるかを確認した。



「え、少なっ?!」



冷蔵庫には、卵、ネギ、牛乳……と、ほどんど入っていなかった。きっといつも、メイドさんか誰かがご飯を持ってきてくれるのだろう。



俺は、限られた材料の中、何か作れるかを考え抜き、



「そうだ、おかゆ! おかゆ、つくれるぞ!!」



引き出しを開けて米を発見するなり、俺は鍋をつかみ、力強く頷いてみせた。


ひなを、最高のおかゆで笑顔にしてやるぞ……ははは、最高だ!!



『カイさん、このおかゆ…

…最高に美味しいです! そして大好きです!!』


そう、脳内で再生される映像ににまにましながらも、俺は腕まくりをした。



「まずは、調味料、と。塩は……これか?」



そうして俺は調理を始めた。……『Sugar』と書かれたボトルを手にして。









一方、ひなの部屋にて。



「わ、ノートが埋もれてたよお」

「うお、なんで消しゴムとペンがベッドの中にあんねん!」

「え、えへへ……なんででしょう」



カイがお茶を淹れに行き、十分ほどが経つ。


部屋は順調に片付いてきて、あとはベッド周辺。


レオは溜息をつきながらも、布団をばさばさとはたき、拍子にホコリがばっと舞う。


もちろん、窓は全開だ。



「月野さん……お掃除してくれる人とか雇ってそうやのに」



レオが呆れたようにして息をつくと、ひなが縮こまる。



「いえ……さすがにメイドさんに申し訳ないので、部屋は掃除しないでもらってるんです」

「いや遠慮するところ間違ってるから!!」



「……あれえ」



レオがもう一度布団をはたいた拍子に、ぱさ、と何かが落ち、ねむはそれを拾い上げた。どうやらノートらしい。



たまたまページが開き、ねむは何気なく中を覗き込む。



『△月☆日 夜間カイくんっていう同学年の人が、下級生に優しくしているのを見ました。優しい顔に、どきってきました』

『△月✕日 カイさんと、同じ委員会になりました! 気になっていたので、代表委員会で本当によかったです!! 今日は幸せなので、寝れないかもです』



(日記かなぁ……?)

ねむは首を傾げながらも、興味を持ってページをめくる。



『✕月☆日 どうしましょう……告白、するべきなんでしょうか……! 緊張するけど……うう、明日告白、頑張ります……。作戦は、待ち伏せです! カイさんのことなので、居残りをして先生を手伝っている可能性が高いです』



ねむは視線を下げ、そして瞳を緊張させた。



『✕月〇日 カイくんに告白しました……成功、でいいんでしょうか! 念願の、カイさんの彼女です!! 最高です♡♡』



ねむは勢いで、さらにノートをめくろうとし、



「わあああああああーっ、ねむさああーんっ!?!?」



びくっとして顔をあげると、顔を真っ赤にしたひながノートをひったくっていった。



「わ、わああっ、ううう……! ……見ましたか!」

「……ごめんなさい」

「あああああー、恥ずかしすぎますーっ!!!」



ひなが顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。


ねむは胸の中に、不可解な、もやもやした気持ちがつのるのを感じる。

その気持ちのままに、ねむはひなのそばまで近寄り、そしてしゃがみ込んだ。



「ねえ、ひなのちゃん」

「ふわうっ、はいぃ……」



「なんで、かいくんと付き合ったのぉ?」



「……おいねむ、仕事せい」



レオがねむを睨む。が、ねむは気にせず、ひなをじいっと見つめた。


その顔には、これまでねむが一度も浮かべたことのない、薄い、『羨望』の感情が浮かんでいた。



その問いかけにひなは、面食らったようにして目を瞬かせる。



「えっと、ど、どういうことですか……?」

「どういうことってー」

「おいねむ。それ以上はプライバシーやぞ。知らんけど」

「……やっぱいいやぁ」



レオの声に、ねむは諦めたようにしてゆっくりと立ち上がった。

そして、何事もなかったようにして、眠そうに眼を瞬かせながらも口を開く。



「それよりぃ……電話の続きなんだけどお」

「ねむ、仕事をせい」

「はいはい分かってるよお」



ねむは一旦言葉を切り、本棚に近寄ると、本の背を指でなぞる。

そして、すっかり怯えたようにして縮こまるひなの方を見た。



「ひなのちゃん」

「は、はいい、なんでしょう……」



「えーとねぇ。……昨日、かいくんがねむのこと、ねむって呼び捨てしちゃダメ! ってひなのちゃん言ってたけどお……別にしても、いいよねぇ?」




(えっ……そりゃ、自由ですし……それに昨日? ええ?)


ひなは面食らったようにし、そして、困ったようにして声を出す。




「はっはい、もちろんですけど……?」



「え?」

「え?」

「は?」



三人が間抜けな顔をし、目をまんまるにする。



「い、いや」

「だ、だって!」

「どういう……」





「……よいしょ、入るぞ!」




絶妙なタイミングで、カイがお盆を持って部屋に入ってきた。





「紅茶淹れたぞ。あと、ひなにおかゆつくったんだけど……って、何この空気」

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