第20話 ひなはやきもちを焼かせたい④


「え」



私は息を呑んだまま、思わず立ち止まってしまいます。

カイさんを、ねむさんが? も……もらう!?!



「も、もも、もらうって……」

「言葉の通りだよお。かいかい、ねむにくれないかなあ?」



そ、それって……私に、カイさんと別れてほしいと言っていますか……!?

口をぱくぱくとさせる私に、ねむさんはなんてことないという風にして、口を開きます。



「ねむ、かいかいといると、安心するんだよねえ。過去を忘れられて、凄く幸せになる」

「ひ……」

「ねむは、かいかいとずっと一緒にいたいんだあ」



だから、と言って、ねむさんは私にずいっと近づいてきます。



「かいかいと、ばいばいしてくれなあい?」



ばいばい。

そ、そんなこと!!!



「無理ですっ!!」



私がそう大きな声を上げると、ねむさんは少し顔を歪ませます。



「なんでえ? ひなのちゃん、れおれおと仲良くしてたよねえ? それは、かいかいよりれおれおの方が好き、ってことだよねえ?」

「ち、ちがっ……! 私が好きなのは、カイさんだけです!」

「えー、嘘だあー。でもそれが本当なら、かいかいがかわいそうだよお?」

「か、かわ……」



私が固まると、ねむさんは追い打ちをかけるようにして言葉を重ねる。



「だってえ、目の前で彼女に浮気されてるようなものなんだからあ。ねむは、そんなことしない」

「う、浮気……?」

「気づかなかったのお?」



ようやく公共トイレにつき、中に入りながらも、ねむさんは唇を持ち上げる。



「そんなの、かいかいがかわいそう。ねむなら、かいかいをもっと幸せにしてあげれるよお?」

「……っ」



そこでようやく、私のやきもち作戦が全くの空振りであったことに気づく。


嫉妬させられたらいい、なんて安直な考えで、カイさんを傷つけてしまっていた……?



「言っとくけど、ねむは引かないよお?」

「わ、わた……」



緊張した空気に、声が出なくなる。

私には、カイさんと付き合う資格がない……のかもしれない。



空気に押されるようにして、私は唇を開き、でも閉じ、を繰り返す。なにか言わなきゃ、と思うほど、声が出ない。


その瞬間、くす、と笑い声がねむの唇から漏れ、私は唖然として顔を上げる。



「あっ、あはは、そんな真剣にならないでよお!」

「へ、へっ……?」



初めて感情を全面に出し、ねむさんが笑い声を上げたことに、私はとても面食らう。

な、ど、どういうことで……っ?!



「だからあ、今本気で考えなくてもいいんだよ、ってことお! 別に、今すぐに別れろとは言ってないよねえ?」

「ええ!?」

「それに、ねむとしては、かいかいの方からねむを選んでくれることを待ちたいんだあ」



ねむさんはそういうなり、壁一面に貼られた鏡に向き合う。



「つまり、これは宣戦布告。ひなのちゃん、くだらない嫉妬作戦なんかで、ねむにかいかいを盗られても知らないよお? ねむは、ぐいぐい行くからねえ?」

「嫉妬作戦……なっ、なんでバレて!?」



私がぎょっとしている中、ねむさんは耳のピアスを撫でながらも、不敵に微笑む。



「わかりやすいもん、バレバレだよお。まあ、かいかいは気づいてなさそうだけどお」

「うっ……」

「そろそろ十分が経つねえ、行こうかあ! 言いたいことはもう言い切ったしい」



私の気持ちの整理が追いつかないまま、ねむさんはさっさとトイレを出てしまう。って、トイレ休憩は、私と話すために取ったものだったのでしょうか!?


私たちが小走りでお化け屋敷前へと向かうと、そこにはすでに、カイさんとレオさんが待っていた。



「ちょっと遅くなっちゃったかなあ?」

「いや、大丈夫だ」



――『かいかいがかわいそうだよお?』



ねむさんが言っていた言葉を思い出し、私はカイさんの顔を直視できない。



「そろそろ暗くなるし、最後に乗るアトラクションになるかもなあ」

「そうだな……」



辺りはすでに薄暗くなっていて、そろそろ帰りどきではある。星がうっすらと輝き、半分に欠けた月が私たちを照らします。



「あ、観覧車はどうだ?」



カイさんが声を上げ、暗くなった中うるさいほど光り、どのアトラクションよりも存在感がある観覧車を指さしました。



「いいねえ!」

「じゃあ、乗るペアだけど……」

「かいかい、一緒に乗ろお!」



私が声を出そうとする前に、ねむさんはカイさんに抱きついてしまう。



「じゃあ月野さん、オレと乗る?」



――『くだらない嫉妬作戦なんかで、ねむにかいかいを盗られても知らないよお?』



頷きかけた瞬間、ねむさんの言葉が反芻し、



「わっ私、カイさんと乗りたいですっ!!!」



気づけば私は声を上げ、カイさんに思いっきり抱きついていた。



「……俺も、ひなと乗りたい。ねむ、いいか?」



カイさんは一瞬驚いたようにし、すぐに私を抱きしめ返してくれる。



「へえ……うん、いいよお」



ねむさんは私をじっと見つめ、なぜか嬉しそうに微笑み、素直にカイさんから離れた。


私がねむさんのそばを通ろうとした時、ねむさんは私にそっと囁く。



「宣戦布告、受けてくれたみたいだねえ?」



私は力強く頷くと、カイさんと手を繋ぎます。


もう、じれったいのはやめです。それに、カイさんには、謝らないといけない。


カイさんは私の手を握りながらも、観覧車のチケットを購入し、乗り場へと向かう。



「わ、ピンク色」

「おおいいな」



たまたまピンク色のゴンドラが回ってきて、私はカイさんと絶妙な距離を取りながらも中に乗り込みます。



乗り込むと、早速ゴンドラが動き出し、私たちは沈黙に陥る。

早く謝らないと、と思っているのに声が出ず、観覧車は四分の一まで上がる。



カイさんの小さく息を吸う音が聞こえ、私は前で組んだ指に、ぎゅっと力を入れました。




「な、なあ」

「はっ、はいっ」




私は俯き、カイさんの言葉を受け止める準備をします。

カイさんは視線を彷徨わせ、小さな声を出す。



「もしかして……レオの方が気になり始めたとか……なのか?」



そのか細い声に、私は慌てて顔を上げる。



――『目の前で彼女に浮気されてるようなものなんだからあ』



ねむさんの声が頭に響き、私は涙目になりながらも、首をぶんぶんと振ります。


それを見て、カイさんがほっとしたようにして頬をゆるめる。



「違うのか? なら、よかった……」

「か、カイさんっ……ご、ごめんなさい……っ!」



気持ちが溢れ出し、私はカイさんの胸に顔を押し付けます。


私は、やきもち作戦をレオさんと決行していたことなどを全て話しました。



語り終わると、カイさんは少し驚いたようにした。



「つまりだな……ひなは、俺に嫉妬? してくれてたのか?」

「……ただ、カイさんと仲良くしているねむさんが羨ましくて、それで、こんな事をしてしまって……っ、ごめんなさい」

「いや……それは正直、嬉しい」



カイさんは、私をぎゅっと抱き寄せ、耳元でささやく。

私は身を震わせながらも、でも、と繰り返します。



「私、カイさんを傷つけました」

「ん? なんで?」

「もし、カイさんが故意にねむさんと仲良くしていたら、きっと悲しくて悔しくって、傷つきますから。私は同じことをしています」

「いや、俺はただ、疑問だったというか。ひなは俺のこと、好き……だよな?」

「もちろんです、大大大好きです……っ!!!」



叫ぶようにしてそう告げると、カイさんは嬉しそうにして私の頭を優しく撫でた。



「てか俺も、意地張って、ねむと一緒にいたからな。ごめん」

「それはっ、私が元ですから!」



私はがばっと頭を下げ、カイさんへ心の底から謝罪を伝えます。



「カイさんを傷つけてしまった分、私、なんでもします」

「なんでも、か……」



カイさんは考えていたようでしたが、やがて私の頬に触れます。



「なんでもって言ったな?」

「はい……ひぅっ!?」



カイさんはいきなり私の手首を掴むと、そのままゴンドラの壁に押し付けた。



「へ……」

「悪巧みをしたひなに、お仕置き。それで許す」

「ひゃっ……!?」



そのままゴンドラの椅子に押し付けられ、私はカイさんに覆いかぶさられる。


丁度ゴンドラは頂上に来たところで、ガラス張りの壁から見える景色が、雰囲気をつくる。


半分に欠けた月が、私たちを見下ろすようにして、優しい明かりを届けていた。



「な、や、やっ……」



カイさんは唇を、私の唇に這わせる。ぞわっ、と神経が震えるのを感じ、私は声を出しかけます。


カイさんは、その反応を楽しむようにして、そのまま唇を首元まで這わせた。



「かいっ、さっ……や、やぁっ!!」



そのまま鎖骨まで唇が到達し、私は逃れようと身をよじる。体が熱い。



「だ、ダメ、ですっ……」



カイさんは、ゆっくりと私の耳に口を寄せ、そして耳にキスをする。



「やっ、か、いさっ……んぁ!!」

「耳、弱いんだな」



カイさんはさらに耳を甘噛みし、私は必死に逃れようとするが、手首を押さえつけられているせいで身動きができません……っ。



「ひな……好きだ」

「かいさっ……」



カイさんがすぐそばにいる。荒い呼吸の中、その事実がただ嬉しくて、私の全てをカイさんに捧げたくなります。



「はぁっ、ん……」

「……っ」



私の喘ぎ声に、カイさんは我に返ったようにしてさっと顔を離した。同時に手が開放され、私は慌てて体を起こします。



「お仕置き……終わり、ですか?」



もっとしてくれてもいいのに……なんて思ってしまい、私は顔を真っ赤に染めます。



「ひな補充。……ここで自制できてよかった」

「でも、こんなの、償いにならないですよ……」



私がうつむくと、カイさんが慌てたようにして手をばたばたと振ります。顔は、耳まで真っ赤になっている。



「いや、ひながかわいすぎて、変なことした!! 本当にごめん!」

「なんでカイさんが謝るんですか……! ほら、他に何か……」



慌てる私を見て、カイさんは私の頭を優しく撫でます。



「とにかく、俺はこれで満足だから。ひなが俺のことが好きって分かったし?」

「カイさん……っ」



「……」

「……」



私たちは見つめ合い、もう一度、唇と唇を重ねた。



「ん……」



私たちは、しばらく愛を確かめ合う。

いつもよりずっと甘くて、私はこの甘さに埋もれてしまいたいと思います。



私は手をカイさんの背中に回し、カイさんを抱き寄せました。

カイさんは、私の耳に口を寄せる。



「嫉妬とかさせなくても、俺はひなが、ずっと大好きだから」

「私も、カイさんが大好きです……っ、ごめんなさい」



それから、私たちはもう一度、唇を重ねようとし、








「あ、あのー、ゴンドラが一周致しました……」

「「っ!!!?!!?!」」






気づけば私たちは一周し、係員さんだけでなく周りのお客さんまでが、真っ赤な顔をして私たちを見ていました……あぁぁぁあああっ!?

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