いつの間にかハーレムができてた件

「死んでもいい」

第21話 クラス発表と先輩呼び


4月。散って茶色く変化した桜の花びらが、押し花のようにして地面に張り付いている。



朝、そびえ立つ豪邸の門からひょこっと顔を出したひなに、俺は片手を上げてみせた。



「おはよう、ひな」

「おは……って、なんでカイさんが私の家の前に!?」



そう……今日は、高校三年生の初日なのだ!! 


……いや、そこじゃないだろう。


今は、どうして俺がひなの家の前にいるか、それが重要だ。



高二の頃は、ひなが毎日家に迎えに来てくれてたが……今日からの俺は違う。

これからは、俺がひなを家まで迎えに行くと決めたのだ!



朝の澄んだ空気の中、豪邸の門から慌てて飛び出してきたひなは、まだ唖然としていた。



「え、なんで……今から、カイさんの家にいく予定だったのに……」



口をぱくぱくとさせるひなに、俺は後頭部をかきながらも答えた。



「そりゃ、彼氏だし……彼女に、家までわざわざ迎えにこさせるバカはいないな、と」



と、状況がやっと読めたらしく、ひなは表情を取り戻しながらも、おかしそうに笑い声を上げた。



「そういいながら、高二の間はずっと通ってましたけどね? 私」

「そ、それは……!」



本当になにやってんだ俺!! 彼女に毎日迎えにこさせていたなんて最低すぎるだろ……!


俺が唇を噛みしめると、ひなは小悪魔な笑みを浮かべながらも手を絡めてきた。



「嘘です嘘です、カイさんにすぐに会いたかったから、全然苦じゃなかったですっ!」

「……ほんとか? でも」

「はいっ! マイナス思考禁止ですよ? 今のはからかっただけです!」



ひなは銀髪を揺らし、楽しそうに笑う。


綺麗な藤色の瞳は長いまつげに縁取られ、頬はほんのり桃色。スカートは、高三になったからか少し短くなっていて、細い足が丸出しだ。



「これから毎日会えるのが幸せですっ!! それに、これからカイさんが迎えに来てくれるの、嬉しすぎますーっ!」

「……任せとけ」



ひなが身を寄せながらも手をぎゅっと握ってくる。俺たちは手を繋ぎ、通学路を進み始めた。



「……あ」

「ん?」



家から少し離れると、ひなが小さく声を上げ、俺は首を傾げてひなの方を見る。

ひなはしばらく照れたようにしてもじもじしていたが、やがてぱっと顔を上げた。



「も、申し遅れましたが……高三も、カイさんの彼女として、よろしくお願いします……っむう!?」



俺はひなが言い切る前に、その高揚した頬をむにっとつまみ、幸せを噛み締めながらも微笑んだ。



「こっちも、彼氏としてよろしくな?」

「はっ、はいっ!!」



ひなは幸せそうに目を細め、俺にぎゅっと抱きつきてきた。



「んふ……多分私、世界で一番幸せものですね!」

「これ以上に幸せにしてやるよ」

「なんですかそれー」



こうして、俺たちの、(波乱な)高三ライフが始まった。











「かーいかいーっ!! おんなじクラスだああよおおー!!」

「げふっ!?」「カイさあん!?」



ひなと二人で学校に到着するなり、どたどたとやばい足音が廊下に響き、俺はとっさにひなを横に突き飛ばす。


その瞬間、何者かがイノシシのごとく俺に突進してき、俺は踏みとどまれず、後ろにばたんとひっくり返るっ!?! いだっ、何事だ!?!



「バカねむ、興奮しすぎや。スカートめくれてパンツ見えてるで」

「うるさあい、れおれおの変態いー」



聞き覚えのある声が耳をくすぐり、脳が反射的に名前を浮かばせ――。



「ね……ねむ?」

「せーかい! かいかい、久しぶりい!」



体にずしりとした重さが乗っかり、俺は仰向けになったまま目を恐る恐る開いた。



「う……おっ?」



焦点が合わないくらい近くにねむの顔があり、俺は思わず息を詰める。倒れた俺の上に、ねむが覆いかぶさっているらしい……いや本当に何事?!



「ゆっ……床ドン……っ!?」



ひながあわあわとする中、ねむは一向に俺から離れようとしない。それどころか……近づいてきてる!?



「あはあ……なんだか、いけないことしてるみたいだねえ?」

「ちょっ……!?」



茶色の瞳がどんどんと俺に近づいてきて、俺は逃れようと身を捩る。でもサイドをがっちり抑えられているせいで、全く身動きができない……っ!?


そんな中、関西弁の声が近づいてきて、途端視界がぱっと広がった。



「ねーむ。ここは学校や」

「んあーい」



関西弁の声の持ち主――レオがねむの首根っこをつかみ、俺から剥がしてくれたらしい。途端に緊張が解け、俺はへなへなと壁にもたれかかった。



「かっカイさん、大丈夫ですかっ!?」

「ごめんなカイ、初日から、うちのねむが」

「れおれおはねむの保護者じゃないよお?」



俺はひなに手を借り、よろけながらも立ち上がった。そして、二人に向き直る。



「と、とにかく久しぶりだな、三人共。遊園地ぶりだな?」


「せ、せやなー」「……」「……」



ひなとねむの間で一瞬、ばちばちと視線が交わったのを感じる。……なんだ? さらにレオも、よそよそしくないか?


が、気のせいだったのかなんなのか、二人はすぐに目を逸らし、レオも何事もなかったかのようにして表情を取り戻した。



「……で、ねむさん、カイさんになんの用事ですか?」

「あ、そうだったあ」



ひながそう尋ねると、ねむは俺の腕を掴みながらも、にこっと唇を持ち上げた。



「ねむ、かいかいとおんなじ3年B組だったのお!! 席も近くってえ!! てことでえ、かいかい……よろしくねえ?」

「えぇぇえーっ!?」



俺が返事する前に、ひなは悲痛な叫び声を上げるなり、ものすごい人混みをかき分け、名簿を確認しようとして慌てて駆け出す。


が、慌てすぎてか何度も転びかけ、俺はひなを守るようにして横を走った。



「ありましたっ、3年B組の名簿ですっ!」



ひときわ賑わっている廊下の壁に到着し、俺はひなの手を繋いだまま目を凝らす。

俺とひなは、3年A組をすっ飛ばして、3年B組の名簿を見ようとし――



「今年、月野さんと同じB組なんだけどっ!? ラッキーすぎる!!」

「月野さんと別れたああああ、B組に移りてええええ!!!」

「ううう、ひなのさんとは去年まで、連続で同クラだったのにい!!」



「へっ、わっ、私……B組っ!?」



周りのざわめきで、ひなは名簿を見る前に、目をまんまるにして俺を見た。



「わわわ私、カイさんと同じクラス……っ!!?」

「本当か?!」



俺たちは同時に抱き合い、喜びの声を上げる。



「カイさんと同じクラスなんて、そんな、やったあ!!」

「こんな幸運ってあるのか……!!」



周りの嫉妬の視線なんて入ってこず、俺は喜びのあまりひなをぎゅっと抱き寄せた。



「ちょっとお、ねむを忘れちゃやだよ?」

「ちなみにやな、オレも同クラなんやけど」



と、後ろからねむとレオがやってきて、衝撃的な言葉を発する……四人とも同じクラス!?



「お、俺、今日が命日か……」

「かいかい、今日から始まるんだよお? 終わっちゃダメだよお」



ねむがおかしそうにして、小さく笑い声を上げる。その拍子に、ますます切られて短くなったスカートが揺れ、上も揺れ、どこを見ればいいのかわからなくなる。


くそっ、こんなつもりはさらさらないんだが……っ!!



「カイさん、変な視線は禁止ですっ」



途端、ひなに目を両手で覆われ、俺は慌てて頷いた。



「へーえ、ねむのこと、どんな目で見てたのかなあ?」



ねむが俺のネクタイをくいっと引っ張り、誘惑するようにして身を寄せてきた!?


と、それを遮るようにして、ひながぎゅっと抱きついてくる。



「ねむさんっ、ちょっかいをかけないでください。レオさんも止めて!」

「こらねむ、カイは彼女持ちや」

「関係ないもーん」



ねむが俺にぴょんと抱きついてきて、俺はバランスを崩しかける。


――ちょうど、その時だった。





「せーんぱいっ! 探しましたあっ!」



「……え?」




声と共に、俺の右腕に柔らかい、抱きつかれる感覚が走った。





「見つからなかったらどうしようって思っちゃいました、せんぱいっ」





俺は、慌てて右腕を見下ろし。




――綺麗に編まれた茶髪に、どきりとするほど澄んだ、エメラルドグリーンの瞳。


見覚えのある少女が、この学校の制服を着て、小さく微笑んでいた。

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