第2話 全校集会は戦場と化す


「カイさんっ、おいていかないでくださいよー!」



いや、幻覚か。とうとう、重疲労のため、俺にも彼女ができてしまったようだ。

しかも、その彼女が、学年一の美少女。



……この場合、精神外科でいいのか?



俺は、受診可能な精神外科をスマホで検索しながらも、そそくさと通学路をあるき始める。



「ねえねえ聞いてますかっ!? カイさーんっ!!」



検索ツールを利用し、『彼女 できた 記憶ない 精神』と調べる。


……うん、やっぱりやばいっぽい。世の中の陰キャたちに同じ症状が出ているらしい。



「ねえってばー!」

「うおぁっ!?」



ぐいっと手を引かれ、俺は慌ててスマホから目を離す。



「ずうっとスマホばっかり! 私のことも見てください!」



むうと頬を膨らませ、月野が俺を見上げてくる。


幻覚とはいえ、月野が彼女なんて、なんだか申し訳なってくる。



「なにか言ってくださいよ、寂しいです!」


「いやあ……口を開いたら、周りから変な目で見られそうだし……」



俺にしか見えない、幻覚の彼女に話しかけている俺。万が一警察を呼ばれたら泣ける。

と、不安げに月野が顔を覗き込んでくる。



「変な目で? ……カイさん、今日変ですよ?」


「んむっ?!」



むにっと頬をつままれ、月野の細い柔らかな指を感じ、俺は目を見開く。


感覚がある……? なら、幻覚じゃ、ない……?



「わ、やっと目が合いました!」



唖然としながらも月野を直視すると、ぱあっと顔を高揚させ、月野が俺を抱きしめてくる。

拍子に、むにっと当たる富んだ胸。体を駆け巡るぬくもり。



……幻覚じゃないなら、月野が、本当に、俺の彼女?? 


は???




「あのう……確認させてくれ」


「はいっ、彼氏さん、なんでしょう」



後ろで腕を組み、月野が上目遣いをしてくる。


俺は深呼吸をし、そして、ゆっくりと口に出す。



「俺たちって……付き合ってるのか?」


「はい!」



と、さらに嬉しそうな顔をして見上げてくる月野。


即答困る!! 俺と、月野が、リア充とやらだと!? 



「ごめん、意味が分からない」


「え!? き、昨日、おっけーしてくれたじゃないですかっ! まさか忘れてしまいました!?」



全く覚えにない!! これっぽっちもない!!!



「ごめんながら覚えてない……」


「あはは、カイさんったら冗談がお上手です! にしても……男に二言は、ないですよね?」



いたずらげに微笑み、月野はぐいぐいと俺の手を引く。



「じゃ、早く学校にいきましょう! 遅れちゃいますよ!」


「う、うわあ!?」



男に二言……まず一言目口にしてないんですけど?! 



そんな俺の言葉虚しく、月野は俺の手をつかんで、嬉しそうに走り始めた。









「おはよう月野さん! ……え、その男って……」



校門をくぐると、さすが美少女、沢山の友達たちに囲まれる月野。

すると、女子たちが俺を訝しげに眺め始める。そりゃそうなるわ。


こっそり逃げようとすると、がっちりと腕をつかまれ、さらににっこりと笑顔を畳み掛けられる。失敗に終わった。



と、戸惑ったようにして、ザ・陰キャな俺を見ながらも、クラスメイトたちが口を開いた。



「そいつ、うちのクラス? だっけ? なんで腕なんか組んで……」



月野は完璧なスマイルのまま、



「昨日から付き合い始めました、カイさんです!」



そう高らかに宣言した。


カッと硬直する空気。一斉に感じる殺気、戸惑い、疑い。



……やばい、生まれて初めて自分のことを一番心配した。


俺は弁論すべく、ばっと一歩踏み出す。



「ちっ、違うんだ……! 俺たちは、付き合ってなんかないんですほんとに!!」


「カイさんっ!? 付き合ってますよ、私たち! そりゃ戸惑うこともあると思いますけど、この事実だけは忘れないでくださいよお!」


「ち、違う、ホント誤解で……!」



と、わあわあと言い争う俺たちを見て、みんながざわめきだす。



「月野さん。……それほんと?」


「うん、ほんとです!」「いや違う!」



ますますその場が混乱に陥った。



「ねえ、本当にどういう……」



と、その場を一刀するようにして、チャイムが響き渡った。



「っ……また、聞きに来るからねっ!」

「月野さん、後でちゃんと話してよ!」

「まさか二人がなんて……本当なわけないけどさっ!」



月野はにこっとほほ笑んだ後、俺の手を掴み、強引に校舎に向かって走り出す。



「行きましょう、今日は全校集会です!」


「月野、俺たちは付き合ってない!」



俺が言い切ると、月野が照れたようにして頬を赤らめた。



「何言ってるんですか、言いましたよー、男に二言はありませんって!」


「だから、全く覚えが……!」


「……カイさんは、告白をおっけーしたことを悔いてるんですか?」



いやだから、悔いたも何も……!



しかし、嘘を一切含まない、月野の綺麗な目を見つめると、事実であることを認めざるを得ない。



――俺は、月野からの告白を、承諾した。


いやごめん、やっぱ意味わからんわ。



「ごめん、本当に俺には覚えがないんだ」



どうしようもなく、がばっと頭を下げる。



「せめて、どうやって告白してくれたか教えてくれ」



と、月野がしゃがみ込み、頭を下げたままの俺を下から見上げてきた。



「えーっと……昨日、言ったじゃないですか」


「……?」


「つっ、月が綺麗ですね、って! うう、照れます……っ!!」


「は……はぁあ……!?!?」



あれが告白、だとお!?!

俺が目をむく中、月野は恥ずかしそうにして俺を見つめる。



「思い出してもらえたようで良かったです」


「でっ、でも……俺は、そんなつもりはなく……てかあれはただの会話で……」


「告白をおっけーしたことに変わりはありません!」


「な、なんだと!?」



まさか、あれが告白だったなんて、聞いてない!!!! 

なぜ『月が綺麗ですね』が告白なんだ! 誰か教えてくれ!!



「んふー、とうとうカイさんが彼氏になってくれて、嬉しい限りです。さらに、いつの間にか、月野さん呼びから月野呼び! 幸せです!」


「いや、というか!! 月野は……俺のことが好きだったのか?!」



聞きそびれていた、一番大事なポイント!


すると、月野は顔をかああっと紅く染め、目をそらす。



「す、好きでしたよ……。でないと、告白なんてするわけがないじゃないですか……っ!」


「は、はあ……」



全てにおいて意味がわからない。



でもとりあえず、この関係性を一時停止させてほしいと切実に思ってしまう。


だって、急だし。たしかに、月野のことはかわいいなあとは思っていたけど、いきなり彼女になるというのは……。


と、心を読んだのか、月野は不敵に微笑んだ。



「一旦別れてくれ、とかは聞きませんからね」


「ぐっ……」


「だってー、念願だったんですもん!」


「しかしだな、いきなり付き合うというのは!」


「んー、仕方ないです」



すると、月野はふわりと立ち上がると、たたたと校舎の中に歩き始めた。



「ふわっ!」



が、途中で転びかけ、俺はぎょっとする。やはり危なっかしい……!


それを誤魔化すようにして、月野は肩越しに振り返った。



「こうなったら、カイさんが逃げられないようにしないとですね?」



小さくつぶやくが否、月野は急に走り出す。



「そ、それはどういう……おい、待て!!」


「全校集会で会いましょう! 楽しみにしててくださいね♡」



意味がわからねえよ!!!??











――全校集会。



「これから全校集会を始める。初めに、生徒会長のスピーチ」


「はいっ」



時間ギリギリ、俺は体育館によろよろと入り、パイプ椅子に座り込むなり早速全校集会が始まった。



生徒会長と呼ばれたのは――何を隠そう、月野ひなのだ。



ちなみに俺は、先生を手伝ううちに信頼を得て、今年代表委員に推薦された。


そしてその会長が、月野なのだ。

つまり、同じ委員会。しかし、俺たちはそれだけで、それ以上はなかったのだ。



先生に呼ばれ、月野は優雅に銀髪を揺らし舞台に上がると、甘く光る唇を小さく開き、マイクに近づけた。



「おはようございます、生徒会長の月野ひなのです」


「「「ああ、癒やしだ……」」」



その声に癒されてか、それとも完璧な容姿に感服したか、一瞬体育館がざわりとする。そのおかげで、体育館中が甘い雰囲気に陥る。



その美貌に、同じ学年の人だけでなく、全生徒が一目置いているのだ。



そんな人気者大スターは、マイクに一層口を近づけ、小さく微笑み、



「スピーチの前に、一つ、報告をさせてください!」




……は???


突然のことに、先生や生徒が戸惑いの声を上げる。


月野は、嬉しそうに頬をゆるめ、






「……この度、私、月野ひなのと、夜間カイは、お付き合いすることになりました♡」







彼女はこうして、体育館……いや、全員の心に、大爆弾を落とした。


ついでに、俺の精神及び、逃げ場まで、完全に爆滅させた。

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