第26話 歓迎会は波乱の一択②
「ふぇっ、えええええぇぇー!?!」
長い沈黙を破ったのは、体育館にこだますような悲鳴を上げたひなだった。
「ちょ、か、彼女って! わわわ、私、カイさんの彼女ですよ!?」
いつもあれだけ自信ありげなひなだが、ゆいの堂々とした姿に口をぱくぱくとさせている。
そして俺も……首辺りにむぎゅうっと押し当てられる柔らかさに包まれ、ただ目を白黒とさせていた。
ど、どういうことだ!? 俺の、彼女になることが……目標だと!?
「こ、この新入生、やるねえ」
そしてねむまでが、眠そうな瞳をわずかに見開き、感服の色を声ににじませる。
っていやいや、感服している場合ではない!!
「ゆ、ゆい!? 今のはどういう……」
「言葉の通りですよっ?」
ゆいはようやく俺から身を離し、そしてにこっと俺に向かって笑いかけてくる。
「えーっと、次は学校紹介ですね! 時間が押してますよ、せんぱいっ! 早く行かないと!」
聞きたいことがたくさんあるんだが……て、え、時間??
混乱したまま、俺たちはいっせいに時計を見……そして直後、真っ青になった。
時刻は、自己紹介を終わらせる予定より三十分ほど進んでいて、体育館には、もう俺たち以外いないっ!?!
……ままままずいっ、新入生歓迎会が間に合わなくなってしまう!!
「い、急がないとだぞ!?」
「ど、どうしましょうっ……」
真っ青になる俺の横で、同じく顔面蒼白になったひな。
しかしその焦ったような顔は一瞬で、元生徒会長らしいきりっとした顔になった。
「時間が、三十分くらいずれこんでます! みなさん、いっ急ぎましょう! ……ゆいさん、あとで覚えててくださいね」
「せんぱいっ、行きましょう♡」
ひなが一瞬殺気を放ったように見えたが、気のせいだと信じたい。
ゆいがぎゅうっと俺の手に抱き着いてくるが、反応している暇はない!
「もう何が何だか……おいめう鼻血出てるやん!? 大丈夫か!?」
「ふぁあ……リア充がいましゅうぅう……」
「うう、ねむ、だからライバルは嫌なんだよお」
だ、だから……言ってる場合かっ!!!
俺たちは、新入生を連れ、混乱した空気を切り裂くようにして体育館を飛び出したのだった。
★
「では、次に、学校紹介を始めます……。学校内を回るので、質問があれば遠慮なく言ってくださいね……」
――予定からずれて三十分後、校内の一階の廊下。
ひながそう取り仕切り、俺たちの先頭に立って廊下を歩き始めた……が。
殺気!! 殺気があふれ出してるぞひな?!
「ゆいさん……私は納得がいきません……」
「ひなのせんぱいっ、どうしたんですかー? 顔が怖いですよー?」
突然に背後で始まったバトルに対し、ただ戸惑っている新入生たちに、俺はぎこちなく笑いかけた。
「よ、よし新入生さんたち、進もうか。な、何かあったら遠慮なく聞いてくれ」
「あの、ひなの先輩とゆいちゃんの二人は、一体、どうすれば……」
その質問には残念ながら、答えを持ち合わせていない。
「あぁ……あいつらは、置いておこうか……」
俺はそう焦って言うなり、新入生たちに校内について少しだけ説明する。
「よしじゃあ、進み始めようか! ここ一階は、部室とか倉庫、調理室や職員室とかが主だ。職員室以外なら、自由に入ってもいいぞ。二階と三階は……教室があるから知ってるか。まあ、好きなように探検してくれて構わないよ」
「は、はいっ先輩!」
「カイ先輩って、しっかりしてて、意外とかっこいいよね……」
「あのひなの先輩を射止めただけは、ギリあるのか」
「顔もよく見たらイケメン……かもしれなくもないしね」
……なんか俺、見下されてませんかねぇ!?
俺は、新入生たちの会話から聞こえてくることにげんなりしながらも、ちらりと後ろを見た。
「……はぁ……」
後ろにいるのは、銀髪を鈍い鉛色にぎらつかせるひなと、正反対でにこにこと不敵に微笑むゆいの姿!!
「さっきの、さっきのは、いったい何なんですかあ……説明してください、ゆいさあん……!」
「えー? せんぱいと付き合いたい、っていうこと以上に、説明は必要ですかー?」
「んむむむううーっ! ゆいさん、私とカイさんが付き合ってるってこと、知ってますよね!」
「えー、でもそんなの関係なくないですかー? カイ先輩って、ひなさんだけのものではありませんよねー?」
「あーっ、ねむさんと同じようなこと言わないでください!」
こうやって聞いていると、どちらが先輩だか分からなくなってくるな……。
半ば呆れていると、不意にふわ、と腕にぬくもりが触れた。
そして、ふうっと甘い吐息が耳にかかり、
「ばあー」
「っ!?!」
いきなり、眠そうな瞳に、透き通るような真っ白な肌、ふんわりとしたボブヘアーが視界を埋め尽くし、俺はぎょっとして身を硬直させる。
「こういうのは、漁夫の利、ってやつだよねえー。かいかい、手つなご?」
「お、おいねむ、近いぞ……」
「えへへー」
こののんびりとした口調……確実にねむだなこれは……!
それに、俺の話聞いてないだろ! えへへじゃない!
顔をぎゅっと近づけられているからか、ねむのボブヘアーが俺の頬をくすぐり、ほんのり甘い香りまでする。
「と、とりあえず離れろ」
「うぇー」
とりあえずねむを自分から引き離し、俺は大きく息をつく。
ダメだ、これ以上密着されると、色々な意味で危ないぞ!?
今でさえ、後ろの方からひなの殺気を感じるんだが……。
「んぎゅーっ、かいかい補給だあ」
「……はぁ」
それでもかまわず抱き着いてくるねむを離すのをとうとう諦め、俺は急いで周りの状況確認することにする。
「ぐぬぬ……ねむさぁん……」
まず、列の一番後ろに見えるのは、ゆいと隣を歩いているひなだ。
頬はぷくっと膨らみ、瞳からは「くやしいです!」という嫉妬の心が十分に伺える。
……うん、ひなのことは、後でたっぷりと甘やかしてやらないとだな……。
俺はわずかに口角を上げながらも、続けて辺りを見回す。
「レオしゃんっ、どうしましょう……世界は私の敵なのかもしれません……っ!」
「めう、落ち着きい……大丈夫や、ねむは……うん……」
俺たちのすぐ後ろでは、めうが目を回し、レオはそれを支えるのに精いっぱいの様子だ。
それに、なぜかレオがこちらを――というよりねむを――ちらちらと見ている気もするが……気のせいだろう。
「わーっ、こんなところに部室あったんだ?」
「ここ、倉庫かな? うわっ、ほこりまみれじゃんっ!?」
新入生たちはどうかというと、全力で校舎を探検しているようだった。
俺たち二年生が何も説明しないおかげで時短になったのか、新入生たちはすいすいと校内を探検している。
まあ、新入生にとって今日は、別に学校初日ではないからな……正直に言って、俺たちから校内の造りについて、一から説明する必要はないのだ。
「……よし、ちょっといいか、ひな」
俺は、先を歩いている新入生たちから視線を離し、ひなにこれからの動きを確認しようと、もう一度後ろを振り返った。
……のだが。
「おっおいねむ、帰ってこい! カイに絡むな!」
「えーそれって嫉妬なのおーれおれお?」
「ばっ……!? なわけないやろっ!?」
「れ、レオさんまでリア充にぃ……っ!?! やっぱり世界はめうの、てて敵……!?」
「ゆいさん、決着をつけましょう! 私のカイさんですよお!」
「んーいいですけどお……勝つ気しかしませんよー?」
「なななんですとおっ!? 私、現役でカイさんの彼女なんですけどーっ!?」
「それなら私だって、お姉……っ、な、なんでもないですっ。とにかく、そういうのって、関係ないんですよっ?」
「わー、戦いなら、ねむも入れてよおー」
「ねむ先輩はダメですよー、ライバルはこれ以上必要ないですから」
「へぇ、後輩ちゃん。……死にたいのかなあ?」
「ああああああねむっ!! やめろやめろ!! 後輩まじで死ぬって!!」
……まとまりが、ないっ!!!!!
俺は頭を抱え込み、地面にしゃがみこんだ。
状況があまりにもひどく、目には涙が浮かぶ。
……はあああっ、なぜいきなりつかみ合いの喧嘩してんだっ!! どんだけ仲が悪いんだ、このチーム!!
「くそ……っ」
他のグループは、すでにゲームに入っているかもしれない。
まずい、この状況をどうすれば……っ!!
「……せーんぱいっ」
とん、と肩を叩かれたのはその時だ。
「お、あ……ゆ、ゆい?」
振り返ると、エメラルドグリーンの綺麗な瞳に映った自分と目が合った。
ゆい? い、いつの間に……バトルの真っ最中では……?
涙目のままきょとんと固まる俺に、ゆいはにこ、と笑みを唇に浮かべた。
「先輩が困っていそうだったので、バトルは後にしたんです!」
編まれた茶髪は、ミルクチョコレートのように艶々で綺麗に流れている。
それに、短いスカートから伸びた真っ白で細い足に、はち切れんばかりの胸元。
……これ以上見てしまうと、ひなに殺されてしまいそうなので、俺は慌てて視線をずらした。
「時間、遅れてるんですよね? なら急ぎましょう!」
「お、おう……」
そのゆいの切り替えのおかげか、周りのみんなも我に返ったようにして足を進め始めた。
「あ、ありがとうな、ゆい」
「先輩の為なら、なんだって……あ」
俺に向かってにこっと微笑み、素敵なセリフを口に出そうとしたゆい。
しかし、そのエメラルドグリーンの瞳がふっと上空をとらえた途端、なぜか表情を失って立ち止まった。
その視線の先にあるのは、理科室の扉にかかっている『理科室』の札。
「……『理科室』……」
「??」
理科室の前で立ちどまり、しばらくゆいは我を失ったようにして立ち止まってしまう。
「……」
「??」
……この子、テンションの落差やばいな!?
さっきまでにこにこだったのに、今目のハイライト消えてるんだけど?
「カイさん……! さっきはカイさんばっかりに任せてしまって、ごめんなさいっ」
ゆいに声をかけようか迷っていた時、いきなり後ろから抱き着かれ、俺はとっさに首を後ろに回した。
「ひな?」
そこには、顔を青ざめさせ、申し訳なさそうに目を伏せるひながいた。
さらさらと天の川のようにきらめく銀髪は、頼りなげに腰のあたりで揺れている。
「勝手にバトルなんか始めてしまって、ごめんなさい……」
声は弱弱しく、桃色の唇からこぼれる謝罪の言葉はとても頼りない。
「もう、しません……カイさんを取り合うなんてはしたないことは……」
「……後でお仕置きな」
「えっ!」
甘やかしてやろうとか思っていたが……これは作戦変更だな。
お仕置きと聞いて、なぜかひなは目をきらめかせたが、やがてぴしっと姿勢を正し、
「お、お仕置き、受けて立ちますっ!」
「お、おお……かわ……」
その責任感が詰まったきりっとした顔は、とんでもなくかわいく、どんなことしても許してやるっ!! と思わせてくる。
ああー頭撫でてやりたい、かわいすぎるっ!!
だが、ここは学校だ。我慢我慢……!
「……せんぱい」
「お、ゆい! 大丈夫か?」
俺が一生懸命に自分を抑え込んでいると、目を数回瞬かせた後、ようやくゆいが俺に焦点を合わせた。
その瞳には、先ほどの虚無感は抜け落ち、代わりに光が戻っていてほっと安心する。
「何のことですかぁ? 私はだいじょーぶですよ?」
「それはよかった……」
ゆいは何か言いたげに口を開いたが、一言も発することなく閉ざしてしまった。
「まあ、とにかくよかった。時間もこれで間に合いそうだな……!」
俺はふうと息をつきながらも、時計をちらりと見た。
新入生たちがテンポよく校内を見回ってくれたおかげで、どうにか予定通りの時間になりそうだ。
「じゃあ、そろそろ体育館に戻るか……てか俺たち、新入生に校内の説明、一切してないんだけど大丈夫か?」
「大丈夫ですよーせんぱい! 『学校紹介』という名目ですが、私達はすでに校内を知り尽くしてますから。大人に事情か何かで、このイベントをやらざるを得ないんじゃないですかー? 正直言って、時間が無駄になりますしねっ!」
「わぁ、ゆいさん……」
ずがずがと言っていくゆいを困ったようにして見ながらも、ひなは肩の荷が下りたとでもいうようにして、ほっと息をついた。
「では、体育館に戻りましょうか! 今度こそは、私がリードしますから!」
「おお、頼もしいな。ゲームの指揮は任せた!」
「……ゲーム!」
その言葉に反応したのか、急にゆいがぱっと顔を輝かせた。
そして、左手で俺の左袖を、そして右手でひなの右袖をつかみながらも、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「あのぉ、かわいい後輩の頼み、聞いてくれますか?」
「あ、あのですねぇ……!」「な、なんだ?」
俺たちがゆいに焦点を合わせると、ゆいは何かを企むようにして、にやりと唇を持ち上げた。
「ゲームといえば、私っ、してみたいゲームがあるんです!」
「なんだ?」「……なんですか?」
「確か、ゲームは椅子取りゲームと人間知恵の輪に決まったやんな?」
「先生からは、『新入生優先第一』って言われてるけどぉ……」
ねむやレオ、めうも、俺たちの会話を耳に挟んだのか、ゆいに注目する。
ゆいは注目を浴びるのを待った後、大きな胸を張り、桃色に染まった頬に両手を添える。
そして、俺たちが最も避けたかった事態へと、上ずった声で誘導した。
「私っ、『王様ゲーム』がやってみたいですっ!」
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