SS 新年は眠り姫と共に ~ねむ、レオの場合~


「もうすぐあけましておめでとう、ねむちゃんたち! お邪魔するでー!」

「……お、お邪魔します」


――十二月三十一日、大晦日。


オレ、國賀くにがレオは、夜九時ごろ、お母さんと一緒に幼馴染の家にお邪魔していた。



「いらっしゃーい、あらっ何か持ってきてくれたのー? いいのにー」



奥からエプロンを腰に巻いて出てくるのは、その幼馴染の母親だ。

幼馴染に似て、少し眠そうな瞳と栗色の髪からは、愛らしさがあふれ出している。


「まあ、おもちじゃない!! あとでみんなで食べましょ! レオくんもくつろいでいってねー」

「あ、どうも」


オレはどこか上の空で返事をしながらも、そわそわとあたりを見回す。


「あら、ねむのこと探してるの? ねむなら今、お風呂に入ってるわよ」

「そっそうですか、ありがとうございますっ」


幼馴染の母親に心の内を読まれてしまったことに、少し恥ずかしさを感じながらも、オレは知り尽くした幼馴染の家の廊下を歩き、迷うことなくリビングに到着する。



かれこれ、この幼馴染とは十二年くらいの付き合いになる。


オレたち一家がこの隣の家に引っ越してきてからの付き合いだからか、親同士も仲がいいのだ。

そして、毎年こうやって新年を共に迎えるのが恒例行事となっている。



ソファに腰かけ、しばらくぼうっとしていると、不意にひたひたと足音が廊下から響いてきた。


ひたひた……裸足? 


ということは……まさか!?


「ままー、出たよぉ……って、んわっ、れっ、れおれおっ」

「っっ!?!」


予想通り、ぴょこんと廊下から姿を現した、バスタオル姿の幼馴染――ねむの登場に、オレはただ口をぱくぱくとさせた。


ほんのりと火照った頬に、濡れたボブヘアー。

素足は太ももまで晒され、胸元がのぞいている。


「…………っ」


オレは何も言えず、ただ頬を真っ赤にして顔をそらす。


そんな、バスタオル姿で登場とか聞いてへん! 自由すぎやろ……!


「れおれお、来てたなら言ってよお……っ」


ねむはめずらしく感情を露にして頬を真っ赤にし、胸元を抑えながらも急いで廊下へ戻ってしまう。


……そう、こいつが、オレの昔ながらの幼馴染、そしてオレが密かに想っている相手、柚木ゆづきねむだ。


「ご、ごめん……!」


「あーねむ、着物の着付け、してほしいんだったっけー?」


と、気まずい空気をぶち壊すようにねむの母親が現れ、ねむにそう声をかける。

オレはそれを聞き、きょとんとする。


着物の着付け……? なぜ今に?



「そうだけどお……そ、そんな大きな声で言わないでぇ」


ぽかんとするオレに、廊下からねむの照れたような声が返ってくる。 



「あ、そうだ、それならレオくんにやってもらいなよ」


「は?」



突然のねむの母親の爆弾発言に、オレは目をまんまるにする。



「まま、それはぁ!」

「だってー私、久しぶりにレオママと話せるんだしー。それに今おせちつくってるから忙しいのー。それに、着物着たいのって、レオくんに」

「わあーっまま、やめてぇ! おせち作ってきてえ!」


ねむの母親は含み笑いをし、じゃあレオくんよろしくねー、と言うなり、手をひらひらと振ってキッチンに戻っていってしまう。



「……」



どうやら大晦日だからか、ねむの母親にはかなりの量の酒が入っているようだ。



……というか普通、年頃の娘の着付けを同い年の男子にやらせるか!? やらせへんやろ!!


もちろんねむだって嫌やろうし、こんなん断られるに決まって……。



「……じゃあれおれお、付いてきて」

「は、はあ……!?」


オレがぎょっとして怪訝な声を上げると、ねむがちらりと廊下から顔だけを出した。


「着付け。明日初詣で着る……かもしれないから、予行演習。手伝ってよお」

「そう言って、お前はいつもグレーのパーカーやろうが! それに……ば、バカ、それはつまり……」


オレに下着姿を晒すということなんやけど!?


テンパってわたわたとするオレに、ねむが半ば呆れた顔で一刀する。



「ばか、帯を締めてもらうだけだから」







「……あのー、そろそろええ?」

「んーいいよおー」


ねむの部屋の前で待つこと数分、ねむの声にオレは恐る恐る部屋の扉を開ける。


途端、視界に広がったねむの部屋に懐かしさを感じながらも、オレは恥ずかしそうに立ちつくすねむに焦点を当てた。


「お、おお……」

「なあに、見とれてるのお? れおれおの変態ぃ」


鞠の柄が織られたブルーの地の着物を着たねむに、オレはただ小さく息を吐くことしかできない。


照れたように手のひらを頬に当てながらも、ねむは悪態をついてくるが……正直そんなこと気にならないくらい、その着物は似合っていた。


「な、なにか言ってよお、へんかなあ……?」

「ね、ねむにしては似合ってるんちゃう?」


オレがそっぽを向きながらも言うと、「いじわるー」と頬を膨らませながらもねむがむくれる。

オレはそれを紛らわすように、慌てて話を進めた。


「そ、それで。帯? ……を締めてほしいんやっけ?」

「そおー。言っとくけどお、変なとこ触ったら、ぶっ飛ばすよお?」

「それ、ねむが言うと冗談でも比喩でもなくなるねん……」


小さいころ、何度本当の意味でぶっ飛ばされたか、数えきれない。


オレはねむから水色の帯を受け取り、ねむの正面にしゃがみ込む。


「ちょっ、れおれお」

「? なんや?」

「な、なんでもない」


なぜか頬を真っ赤にするねむに違和感を覚えながらも、俺は帯をねむの腰に沿わせ、そのままゆっくりと後ろへと手を回す。


「て、てゆうかれおれお、その茶髪似合ってない」

「はあ? なんやねんいきなり」


まるで何かを紛らわすかのように話題を生み出すねむに、オレますます不信感を抱く。


「前の黒髪の方がいい」

「だ、だって、お前が茶髪がかっこいいとかいいだしたんやろが!」

「それ六年前の話だよお」


ねむに振り回される人生……髪を染めたのも、ねむがその方がかっこいいと言ったからだ。


はあ……黒髪に戻そうか……でも、なぜ今その話題なんや?


が、いつも突拍子なねむのことなので、気にしないようにする。

オレはそのまま、ねむのお腹に顔をくっつけるようにして手をねむの背中に回し、帯を締める。


「……っっ」

「うーん……こうか? よしできたで、ねむ……って、わっ、わ!?」


ねむが突然ぐらりとバランスを崩し、オレはねむと共に倒れかける。


「危な……っ」

「ひっ、ひゃあ……っ!?」


とっさにオレは、何かを掴み――その掴んだものの柔らかさに、目をぱちくりとさせた。


同時に上がった、初めて聞くようなねむの高い声に、オレは恐る恐る掴んだものを認識しようとし――



「れっ……れ、れおれおの、へんたあーいっ!!!!!!」

「ぐぁ……っ!?!」



腹に鋭い衝撃が走り、同時に体が五メートルは吹っ飛ぶ。

オレはそのまま本棚に激突、同時にばらばらと本や漫画が頭に降ってくる。


「ね、ねむの、お尻触るなんてえ……っ、れおれおのばかああっ!!!」

「ぐはっ!?」


さらに、近くにあったぬいぐるみをぶん投げられ、冗談抜きで痛すぎる痛みが四肢に走る。

きっとオレくらい慣れてないと、最悪病院送りになる痛みだろう、なんて他人事のようにとらえる。


「痛あ……」


どこかぼんやりとした頭の中、先ほど掴んだものの感覚が思い起こされる。



――『ね、ねむの、お尻触るなんてえ……っ』


「……え?」



そして――オレが何を掴んだのかを認識した途端。

頬だけでなく、耳までが、燃えるように熱くなるのを感じた。



「も、もう知らないっ、れおれお大嫌いいー!!」


ねむは見たことないくらい頬を真っ赤にし、最後にくまのぬいぐるみを剛速球で投げつけ、部屋から駆け出して出ていってしまった。







「あのー……二人とも、どうしたん?」


――その後、リビング。


五メートルほど距離を開けてもちを食べるオレたちを見て、お母さんたちが戸惑ったようにして声をかけてくる。


「……別に」

「……」


「しょうがないわよおー、年頃よ年頃おー」


相当酒が回っているのだろう、羅列の回らない口調でねむの母親がそう言う。


ちらりとねむの方を見ると、ねむはぷいっと顔を背けてしまう。



……これは、まずったで……。


これはワンチャン、一生この家に入ることが禁止されてしまうかもしれへん……ただでさえ、ねむの恋愛対象に入ってへんのに……!!



「ほ、ほら、年越しそば食べて仲直り、な?」



年越しそばを渡され、オレはぎこちない動作で器を受け取る。


「……」

「あ、お、オレ、ソファで食べようかな」


ねむと隣に座るのが気まずすぎて、オレは席を立ち、テレビの前のソファでそばを食べることにする。



「もー、本当にどうしたんやろねー?」

「さあー、それよりもっと飲みなよお、飲まなきゃ損よおー!」


これは明日、親たちの二日酔い介護に回らなきゃダメなやつやぞ……。


諦めのため息をつきながらも、オレは一人寂しくそばをすする。


「…………」


テーブルから感じるねむの視線が痛いねんけど……っ!!


気まずさをかき消すためテレビをつけると、ちょうど年越し番組が流れていた。



『えー、年が変わる瞬間、キスをしていた者同士は結ばれる、という噂ですが! 本当ですかねえ、田中さん?』

『さあー、どうなんでしょうねえー、噂ですからねー。しかし、そもそもキスをする相手がいない人がほとんどなんじゃないでしょうか? そうですよね、視聴者のみなさん?』

『あーそうやって、ぼっち仲間を探そうとしないー』



「嘘つけ……」


オレはどんよりとした気持ちのまま、ぼうっとテレビを眺める。



テレビをそのまま見ていると、気付けば時刻は、十一時四十五分を指していた。



「れおれお……」

「え、え? え?」


と、突然ねむがソファに倒れ込んでき、オレはびくっと身をはねさせる。



「ど、どうした……?」


恐る恐るねむを見ると、どうやら寝ぼけて、そのまま眠ってしまっているようだった。

そうやった、ねむはこうやった……一緒に起きて年を越したことは、これまで一度もない。


きっと眠すぎて、オレの存在を忘れてソファに寝に来たのだろう。



「レオくん、ねむが何かしたのかわからないけどさあ、許してあげてよお」


「!」


と、まだ起きていたらしいねむの母親がこちらを見て話しかけてくる。


ちらりと見ると、俺のお母さんは、すでに机に突っ伏して寝てしまっているようだ。



毎年、『あーっ今年も年越しまで起きていられへんかった! レオ、起こしてや!』と朝に言われるが……。

お酒に弱いのに、毎年勧められるがままに吞むからや、自業自得やろ……と半ばあきれながらも、オレはねむの母親に向き直る。


「ねむが何したかは知らないけどさあ、昔からああいう子って知ってるでしょ? 迷惑ばっかかけてごめんねえ」

「いっいえ、というか今回はオレが悪いというか……」


謝るオレに、ねむの母親は赤い顔のまま、くふふと笑い声を上げた。



「ねむね、今日、『れおれおに着物姿を見せるんだあ』って、朝から張り切ってたのよ」

「……え」

「どうしても見せたかったみたい。やっぱりれおくんのこと大好きなのねー、ねむったら」


そう言い切るなり、ねむの母親は机に頬をつけ、寝息を立て始めてしまう。



「……ほら、やっぱり初詣に着物、着ていく気なかったんやん」


しいんと静まったリビングで、オレはすやすやと眠るねむを見つめる。


「……ん……」


と、ねむはごそごそと動き出したかと思うと、オレの膝にずりずりとよじ登ってくる。


「ちょっ」

「んぁ……」


そして、頭をオレの膝に乗せるなり、ねむは気持ちよさそうにして寝息を立て始めた。


その寝顔がかわいくて、オレはついその頬に触れたい衝動に駆られる。


「だ、ダメだ、またぶっ飛ばされるぞ」


先ほど受けたダメージがよみがえり、オレは一人震える。



『あと三十秒で新年です!! カウントダウン、みなさんもご一緒に!!』



「まっ……今年、オレ一人で新年迎えるん!?」



みんな寝てるし……まさかのぼっち新年やん!?


半泣きになって慌てていると、先ほどのテレビ番組が頭に反芻する。



「年が変わる瞬間、キスをしていた者同士は結ばれる……」



こんなの迷信だ。ただのデマだ。こんな誤情報、絶対信じひん、絶対に!



「……」



『十!』


『九、八、七、六』



オレはねむの頬にかかった髪をはらい、ねむの寝顔を見つめる。



「信じひんぞ、オレは信じん……」



『五』


『四』


『三』



「……ねむ、寝てる……よな?」



返事はない。


オレはそっと顔をねむの頬に近づけた。



『二』


『一』



『明けましておめでとう!』



唇に柔らかくあたたかい感覚を感じた瞬間、テレビがわっと盛り上がった。


――年が、明けた。




「あああバレませんように!! 何やってるんやオレ!!」



オレは我に返るなり一人真っ赤になり、きょろきょろと辺りを見回す。


もちろん、誰も起きていない。が、心臓がばくばくと音を立てる。


こんな事、特にねむにバレたら、殺される! 冗談抜きで、殺されるって!!



「……ねむ?」

「すぅ……」



念のため、恐る恐るねむの顔を覗き込む。


顔はオレの膝にうずめていて見えなかったが、ねむの小さな寝息が聞こえた。



よかった……寝てたみたいや……。



「眠り姫やな……」


オレはしばらく、その寝顔を見つめる。



「王子様がキスしたら、普通お姫様は起きるんやけどなー」


つまり、オレは本物の王子様じゃないってことやな……きっと未来に、ねむの真の王子様がねむをおこしに来るんやろうな。


「ちょっと……いや、かなり悔しい話やわ」



何はともあれ、誰も起きていなくてよかったわ……。


オレは安心するとともに、どっと疲労感と眠気が押し寄せるのを感じる。



「……ねむ……ねむり……ねむり姫……おやすみ……」



オレはねむを膝枕しながらも慎重にソファに横になり、同時に夢の世界に吸い込まれた。



















「……ばか」



その後、そのキスで眠りから覚めていた、一人の眠り姫の姿があったことを、レオすらも知らない。

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