第25話 歓迎会は波乱の一択①
「では、これから新入生歓迎会を始めます! では始めに、自己紹介を……って!! みんな、聞いてますか!?!」
「俺は聞いてるんだが」
「かいかいの膝、あったかいー」
「ひっ……り、リア充……っ」
「めう落ち着いて、こいつらは付き合ってへん」
――新入生歓迎会、体育館なう。
班ごとに分かれて早速歓迎会が始まったのだが……早速波乱である。誰か助けてくれ!
とりあえず正座の状態から立ち上がろうとし、俺は膝に重い何かが乗っかっているのを感じる。
「かいかい動かないでえ、ここがいいんだからあ」
「よしねむ、とりあえず膝から降りてくれ」
俺の膝にはなぜかねむが頭を乗せており、膝枕状態になっている。
いつからこうなった? しかもここは体育館だが?
「もーっ、聞いてくださいよっ! ねむさん、私のカイさんから離れて!」
と、班内で司会をつとめるひなが、かわいい頬をむうっと膨らませながらもそう喚く。
一方で、ねむは誘惑するように俺の制服のネクタイをくいっと引っ張り、甘えたようにして俺を見上げてくる。
「あー気持ちいいなあ。……ねむ、このままかいかいの彼女になってもいいんだよお?」
「断る」
「辛辣ぅ」
「ねむ、カイから離れんかい」
と、ナイスタイミングで、レオがねむをずりずりと膝から引きずり降ろしてくれる。
「んあ、れおれお、今ねむのおっぱい触ったあ」
「ごごごめんっ!? てか、さささ触ってなんか!!」
小悪魔な笑みを浮かべながらもパーカーの袖をぱたぱたとさせるねむ、一方でレオは顔を真っ赤にし、ねむから光の速度で離れる。
「……!?」
その親密さを見てか、めうは口をぱくぱくさせながらも、つやつやの黒髪を揺らし二人を交互に見やる。
「れ、レオしゃん、この人は……も、もしやレオさんの、かかかか彼女だったり……?」
「いや違う、こいつはただのねむや」
「ねむは、れおれおの幼馴染なんだよお」
「お、幼馴染……距離が近い……っ」
と、なぜかかくかくと震えだすめう。
というか、めうと簡単に呼び捨てしてしまっているが、実は、めうと面と向かって話したことはないんだよな……。
色白な肌に小柄な体、あどけなさが残る童顔。
さらにいつも不安そうな瞳は、男子の『守ってやりたい』という本能を刺激するんじゃないかと思うが……実際、モテているのかは知らないが。
というか、向こうから全く話しかけてこないから、必然的に会話が生まれないわけだ。
それに、俺やひななんかとより、レオの方がよほど仲がよさそうな気がするが?
思案する俺を置き、ねむとレオがお互い至近距離でわあわあ言い始める。
「距離が近いなんてぇ、そんなことないよおー、これはただのれおれおだし」
「ただのってなんや、ただのって!」
「だって、れおれおがそう言い始めたんだもーん」
ぷいっとそっぽを向いてしまうねむに、レオが頬をピンク色に染めながらも口を開く。
「……ま、まあ、距離が近いことは近いやんな……?」
「どういうことお」
「えっと、つまりやな……」
「す、すとーっぷ!!」
どこか甘いムードになりかけた時、ひながそれを一刀するようにして大きな声を上げた。
「みーなーさーんっ、早く歓迎会を始めたいのですがーっ!!」
「あぁごめん……というか、新入生たちはどこに行った!!!!」
俺は皆の代わりに謝りかけながらも、そう雄たけびを上げ、慌てて辺りを見回した。
俺、ひな、ねむ、レオ、めう。
ここにいるのは以上だ。
……いや、新入生どこいった??
「これじゃ、新入生歓迎会じゃないじゃないですかっ!」
「ほんとだよ……どうするんだこれ……」
俺たちが途方に暮れる中、不意に体育館の外からばたばたと足音が響きはじめ、
「わーっせんぱい、遅れちゃいましたあーっ!! ごめんなさあーいっ!」
可愛らしい声を上げながらも、ぴょんぴょんと三つ編みを跳ねさせたゆいが体育館に入ってきた。
「先輩、遅れて本当に申し訳ありません!」
「授業の補習が長引いてしまい⋯⋯!」
「あ、ああ⋯⋯それは、いいんだけど⋯⋯」
その後ろからは、他の新入生メンバーが焦ったようにしてついてくる。
……のだが。
「んー? せんぱい、どうしたんですか?」
「「「「「…………」」」」」
俺たちはまるで申し合わせたかのように息を呑み――。
ゆいのはだけた胸元に、視線を集めた。
「ゆっゆゆゆ、ゆいさん……せ、制服が」
制服の胸元のボタンが三つほど開き、ばあんとさらけ出された胸に、俺は慌てて視線を逸らす。
な、何が起こってるんだ?! なぜボタンが開いてる!!
ゆいは俺たちの視線を辿り、ちらりと視線を自分の胸元に向けたかと思うと、なんでもないと言うように笑みを浮かべた。
「あ、あーっ、やっちゃいました! 癖で、ついつい」
「そっ、そんなえええっちな癖……ふあっ」
「め、めうー!?」
ふらりと後ろに倒れるめうを、レオが慌てて抱き留める。
固まる空気の中、ゆいは胸元をさらけ出させたまま……俺に近寄ってきた?!
「どうですかせんぱいっ、触ってみます?」
「こ、断る。それに、俺にはひながいる!」
そう言い切る俺に、ひなはなぜかばっと頬を赤らめる。
「えっ、そ、そんな⋯⋯ わわ私のを、さ、触りたいんですか、カイさん⋯⋯?!」
「ち、違っ!!!」
そ、そんなつもりはなかったんだ、誤解だっ!!
ま、まぁ、興味が全くないという訳では無いが⋯⋯って、バカ俺!!
ひなは銀髪を人差し指にくるくると巻き付けながらも、赤い顔のまま視線を逸らす。
「それはちょ、ちょっと早いですよぉ⋯⋯でも、どうしてもというなら⋯⋯っ」
「ち、違う⋯⋯そういう意味じゃないんだっ!」
「⋯⋯⋯⋯」
お互いに真っ赤になる中、ゆいが小さく息を吸い込むの音が聞こえた。
「せーんーぱいっ」
ゆいがじりじりと俺と距離を縮めてきて、俺は思わず仰け反ってしまう。
「せんぱい、遠慮しなくってもいいんですよー?」
ゆいはそう言いながらも、胸元を見せつけるようにして胸を張る。
そして、自然な手つきで俺のネクタイに手を伸ばし――それを無造作に、ぐいっと引っ張った。
「……ぐっ?!」
心なしか冷たい瞳をしたゆいが、口元だけ笑みをつくりながらも、俺のネクタイをぎゅうぎゅうと引っ張ってくる。
そのせいで首元がしまり、息が止められ、苦しさが襲ってくる。
「……っっ」
「せんぱい♡ どうしたんですか?」
俺はゆいから逃れようと、ばたばたと手を振る。
と、それを見てか、ひなが慌てて俺とゆいに近寄ってきた。
「ゆ、ゆいさん! カイさんから離れてくださいっ! 私のカイさんです!」
「……あっごめんなさあい、ひなのせんぱいっ」
ゆいは一瞬ひなを睨んだかと思うと、すぐにぱあっと笑みを浮かべる。
「っはぁ、はぁ、はぁ」
「かいかい? 大丈夫ぅ?」
慌てて酸素を摂取する俺に、ねむが不思議そうに問いかけてきた。
「や、さっきちょっと首が絞まってだな……」
最近の若い子は元気がよすぎて困る……(老)
荒い息を繰り返していると、ひなが仕切りなおすようにして手を数回叩いた。
「はいっ、みんな揃った事だし、自己紹介を始めます!」
まず初めに俺たち高三が自己紹介をする。
めう、レオ、ねむと来て、とうとう俺の番になる。
俺は少し緊張しながらも新入生たちに向き直った⋯⋯のだが。
「あ、この人って確か、カイ先輩?」
「噂の、学校一の美少女、月野さんの彼氏……?」
「⋯⋯あれっ」
輪になって座っていた新入生たちがこそこそと小声で話し始め、俺は目を丸くした。
「有名みたいだねえ、かいかい」
どこか拗ねたような顔つきでねむが言ってくるが……新入生にまでも知られてるのか、俺!?
しばらく固まっていると、ひながどこか嬉しそうにして名乗りだす。
「こんにちは、カイさんの彼女の、月野ひなのです! 有名になってるのが嬉しいですねっ、カイさん!」
そう言ってひながぎゅっと俺に抱き着いてくる。
「もしよかったら、他の新入生のみなさんにも拡散しておいてくださいね!」
「おいそれは⋯⋯」
俺が頬を赤らめながらも止めようとすると、
「この人が、学校一の美少女⋯⋯」
「き、綺麗すぎる⋯⋯まるで満月のよう⋯⋯」
その甘さにか、もしくはひなのかわいさのせいか、数人の新入生がふらりと後ろに倒れかけてしまった。
★
「じゃあ今度は新入生! どうぞ!」
他の四人の新入生の自己紹介を聞いた後、最後にゆいが、胸元のボタンを直しながらも笑みを浮かべた。
「茂中ゆいです、高三に姉がいます」
「……?」
どこか引っかかる部分があったが、そのもやもやはすぐに消えてしまう。
「へえー、お姉さんですか! この学校にいるんですか?」
「ここにはいせんよー」
ひなが興味津々に尋ねると、ゆいは素っ気なく言う。
――『夜間くんっ』
――『同じクラスの⋯⋯⋯⋯です、よろしくね?』
「っ?!」
過去の思い出が急に反芻し、俺は心臓がどくどく鳴るのを感じる。
しばらく固まっていると、ぱん、とレオが勢いよく手を叩いた。
「も、目標とかはないん? 高校生になってやりたいこととか」
「そ、そうですね、それ聞きたいです!」
どこか気まずくなった空気を和ますようにしてレオが話題を振り、さっきのような和んだ空気が戻ってくる。
⋯⋯なんなんだ?
俺は慌てて意識を元に戻しながらも、呼吸を整えた。
「……目標ですか」
ゆいは少し考える素ぶりを見せた後、ゆっくりと立ち上がる。
目標か⋯⋯そういえば俺も、高一の頃目標をたてたっけ⋯⋯。
「え、ちょ」
「ゆいさんっ?!」
ゆいは俺にすたすたと近づいてき、短いスカートをひらりと揺らしながらも、俺の目の前で立ち止まる。
そしていきなり、俺の首に手を伸ばし―――
「カイ先輩の、彼女になることが目標ですっ♡」
「「「「…………?!!?」」」」
俺の首に細い腕を回しながらも、ゆいは班に爆弾を投下したのだった。
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