第40話 ねむは最強①



「わあ、ほんとにペンギンですっ」


「やっぱオムライスにして正解。超かわいい」



ペンギンカフェに移動して、俺たちは早速席を取り、目の前に並ぶ料理に目をきらきらとさせていた。


ケチャップで描かれたペンギンの顔に、卵がもちっとしたペンギンのフォルムを再現している。

さらに、翼の再現のためにマッシュポテトもついている。



「かわいすぎ、連写連写!!」


「れっ……連射っ?!」



俺がスマホでぱしゃぱしゃ始めると、急に大きな声を出すひな。


ひなの手元には、ペンギンバーガー。

白と黒をテーマにしたバーガーで、超かわいい。それを持っているひなも、超かわいいが……。



「どおしたの? 早く食べないと、バーガーが逃げちゃうよお?」


「大丈夫です……! ねっねむさんこそ早く食べないと、アイスが溶けてしまいますよ!」



ちなみに、座っている配置は、朝と同じ。


向かいに座るねむは、南極の寒々とした氷を表現しているのか、透明な水色のシャーベットが綺麗なアイスクリームパフェを楽しんでいる。


上にのったバニラアイスと生クリーム、それにシャーベットをすくい、



「かいかい、食べるう? あーん」


「お、うまい! さんきゅ!」



ねむは手を添えて、俺にその一口を分けてくれた。



途端、口の中に広がる冷たいシャーベット。


ソーダのしゅわしゅわ感がめちゃくちゃ美味しい。オムライス食べ終わったらデザートとしてもう一つ頼もうかな……。



そう至高の時を楽しんでいたら、いつの間にか眼前に、白黒バーガーが迫ってきていた。



「……っ、あ、あーん」


「っ!!!」



頬を真っ赤にしながらも、貢物を捧げるようにしてバーガーを押し付けてくるひな。


条件反射で一口かじると、じゅわっとハンバーグの肉汁が口の中に広がった。



「! うまっ!」


「あ……よかったですっ」



途端、へにゃ、ととろけるような笑顔を浮かべるひな。


バーガーに隠れるようにして、照れたようにして俺を見つめてくる。



「っ!」



昨日ぶりに目が合い、脳が、臓器がぐるんと一回転するのを感じる。



するとどのようなことが起こるか。


―――可愛さが、臓器にくる。



「ごふ……っ、ちょっと外の空気吸ってくる!」


「か、カイさんっ?」



臓器の異変に、俺は急いで席を立った。



「かいかい?」



ねむの止める声が聞こえたが、気にしている暇もなく俺は水族館の屋上に猛ダッシュした。









「すぅぅ……はぁぁーー」




階段を駆け上がり、屋上に着くと、俺はなんとか呼吸を整えた。


カギがかかっているかと思ったが、カギ穴がなぜか壊されていて、すんなり入ることができた。



水族館の屋上は、立派な水族館の屋上にしては薄汚れている。


割れた瓶とかたばこの吸い殻とかめっちゃ落ちてるし……なんだか水族館の闇を見た気がした。



「とはいえ、ひな充電枯渇中に、いきなりひな大量摂取……これはいけなかった……」



まぁ昨日ぶりとは言えど。



「はぁ……どうすればいいんだろうか」



俺は屋上から街並みを眺めながらも、小さく息をついた。



そろそろ、現実と向き合わなくてはならない。



ひなとなぜかわからないままずっと気まずいままは、絶対に嫌だ。


俺が、ひなの笑顔を一番近くで見守っていたい。


だが、俺のせいで一時ひとときでもひなの顔が曇るのなら……本当に、どうすれば。



思考をめぐらせながらも、しばらく屋上から見える街並みを眺め、フェンスに頬杖をついていると。



「―――だぁーれだ」


「ひょ?! ……ね、ねむ?」


「せぇかぁい」



いきなり視界が塞がれ、さらに耳元で囁き声がし、変な声が出た。


慌てて振り返ると、パーカーに身を包んだねむが小首を傾げて俺を見上げていた。


肩がわずかに上下している。走ってきたのだろうか。



「ど、どうしたんだ?」


「それは、こっちのセリフう! 急にいなくなっちゃって、どうしたのかなぁって思ってぇ。ひなのちゃんと今、探してたんだよお」


「あ、ああ……心配かけてたのか。ごめん、大丈夫だ」


「何が起こってたのお?」


「ちょっと、かわいさが臓器にきて」


「意味わかんないけどお、よかったあ……じゃあ、ここは危ないからぁ、早く下りよお! ここ実は、水族館の敷地内じゃないんだよお」



ねむの言葉に仰天する。


じゃあ俺は、不法侵入してるってことか? かなりまずいじゃないか!!



「ほら、行こお! 本当に、気分は大丈夫う?」



ねむの眠そうな瞳に気遣うような色が見え、気づけば俺は俯いていた。



「……俺、迷惑かけてばっかだな」


「かいかい?」



呟いたつもりが、どうやら聞こえてしまったらしい。


心配そうな声色になり、出口に進んでいたねむがわざわざ引きかえし、俺に近づいてくる。


メンタルが弱っているからだろうか、弱音が止まらなくなった。



「結局、俺は誰の役にも立てていない。優しい優しいって、昔からよく言われてた。けど」


「かいかい」


「今だって、きっとひなを不安にさせてる。大好きな人ですら、笑顔にできないんだ。はは……解決すべき問題があるのは分かってるのに、解決案が分からなくて、結局先延ばしにしてる俺がいる。ねむにだって、迷惑ばかりかけてて……どうしようもないな、俺」



ひなに、きっと謝らなくてはならないことが、ある。

きっと聞かなくてはならない話が、ある。


でも、ひなが教えてくれない、俺を避ける。

そんな理由を盾に、また自分を守って、先送りにしている。自分で離れていったのに、自分勝手だ。


もっと早く、なんとかできたはずなのに。この半日、俺は何ができただろうか?





「……迷惑なんかじゃない」





突如、頭上から聞こえた強い声に、俺は戸惑いを隠せない。



「……ねむ?」


「かいかいは、優しい。優しいよ。一人じゃない。自分勝手なんかじゃない、迷惑なんかじゃない」



強い口調。

一瞬、誰だかわからなくて、俺は呆然として顔を上げる。



「!?」


「ねむだって、ひなのちゃん、だって」



顔を上げると、そこには―――いまだかつてないほど、強い顔をしたねむがいた。


目には光がともり、唇は小さく震えている。


ぎゅ、っと手には力がこもっていて。

パーカーごしに、自分の腕をぎゅっと掴んでいる。



「そんなこと、言わないでほしい。だって、ねむは。ねむは、かいかいに……かいかいが、ねむを―――」



ねむが、震える唇を開こうとした、刹那。



―――視界に、影が差した。



「こーんなところで仲良くおしゃべりだなんて、いい度胸だなァ」


「か……っ」



ぐい、と乱暴に襟首を掴まれる。息ができなくなる。


直後、腹に叩き込まれた衝撃に、視界がちかちかとした。



「先客がいましたぜ、親分」

「今日は決戦の日だってェのに、どうしやす、始末します、親分?」

「そんなのぱっぱと片付けろ、聞くまでもねェだろうが!!!」

「ガキはガキらしくおさかな見とけァ、クソガキが!!!!」




「た、まり場……」



確かに、割れた瓶や吸い殻が落ちてる時点で、おかしいなとは思っていた。



―――『ここ実は、水族館の敷地内じゃないんだよお』



ねむの言葉が、頭の奥で反芻する。


ざっと見るところ、三十人ほど。

みんなスキンヘッドやオールバック、金髪にたばこ。


大柄で、睨むだけで人を殺せそうな眼力がある。


そんな男たちに、俺とねむは囲まれ、拘束されていた。



いつか、ひなの彼氏になったことを知った、強面の男たちに襲われかけたが、その時の男とは規格外のオーラ。


本気で死を覚悟する。この集団は確実に犯罪に手を染めている、なぜかそう確信できた。



「金あるんだったら、見逃してやってもいいぜェ?」

「払わねェなら、ガキ相手だが、遊んでやるしかなくなるがなあ。この陣地に踏み込んだお前らが悪いんだぞ、文句あんのかあぁ゛?!」

「俺たちは決戦前で気分がいいんだ。練習にもなるし、なぁ、払うのか、払わねぇのか!?」



酒臭い息が顔にかかり、息が止まる。



かすむ視界の奥、三人に囲まれ、はかいじめにされているねむの姿がある。


そうだ、俺だけではない。ねむもこの場にいたんだから、一番守ってやらないといけないのは、俺が、ねむを、ねむが、でも、動けなくて、息が、息が――――。



ねむを取り押さえていた一人が、にやにやとねむを眺めながらも親分らしき人にすり寄る。



「その男は任せますんで、へへ、この女、好きにしていいっすかァー?」


「あ? その女の顔、前の姉貴に似てんじゃねぇか。チッ、思い出すだけでイライラしてきやがる。――一発殴らせろ、いいな?」



よくないんですけどー!?!


脳内で絶叫しながらも、暴走した男は止まらない。


目はぎらぎらと深紅に揺れ、もう誰の言葉も聞こえない。ただ俺を殴ることで快感を得ようとしている。


目を閉じる。

嗚呼かあさん、とうさん、お幸せに。


ひな、ねむ、レオ、みんな、お元気で―――



「…………かいかいに、触るなッ!!!!!!」



刹那、紙吹雪のように、俺にまさに拳を叩きつけようとしていた男が、吹っ飛んでいった。



「なッ―――?」


「おい、おやぶ―――ッ」



次々に、ぱっ、ぱっ、と宙を舞う男たち。



拘束から解放され、固い地面にぶつかりながらも、俺は目を見開く。





「んー、ちょっと鈍ってるか。かいかい、無事?」





ばたばたと倒れる男の中。


そこには、パーカーの袖をぶらぶらと揺らしながらも、ねむがかすり傷一つない状態で立っていた。










★★★★★





ひな派? ねむ派? |ω・)チラ

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