「星が綺麗だねえ」
第39話 すいぞくかんにて
かくして、俺たちは水族館へと行くことになった。
「んー、かいかいの香りぃ」
「嗅ぐなって」
ねむの半ば強引な力により、三十分後には家を出、俺たちは最寄り駅まで来ていた。
その際、ねむにねだられ、一番着用頻度の高いパーカーを貸したのだが、先程から袖口を顔にくっつけて離さない。
「みんなあ、電車の切符は買ったぁ? あっひなのちゃん!? それ逆方向の切符う!」
「ま、またやってしまいました……す、すぐ交換してき……ひゃっ!?」
駆けだそうとして、前につんのめりそうになるひな。
「もお……ねむが交換してきてあげるからあ、大人しくここで待っててえ」
「でっ、でも……あ、行ってしまいました……」
普段のねむのマイペースぶりからは想像できない程のスピードで、ねむは俺たちのそばを離れていく。
「…………」
「…………」
その場には、俺とひなだけが残る。
結論。気まずい。
「ひ、ひな」
「……っ」
「す、水族館なんて、何年ぶりだろうな」
「は、はい……っ」
出発前、ねむに結んでもらったのだろう、高めの位置で結ばれたハーフツインが、俺に話しかけられるたびにぴょんと跳ねる。
伏目がちな綺麗な瞳は、迷走したようにあっちこっちと彷徨っている。
小動物みたいでかわいい、と思うが、それを気軽に言えない程、俺たちの心の距離は広がっていた。
なんでだ? これって、やはり、昨日―――
「はあい、ひなのちゃん」
「あ、ありがとうございます!! 行かせてしまってすみません……」
「いいんだよお……けど、まだだめかあ」
丁度ねむが新しい切符片手に現れ、俺の思考はストップした。
頭を下げるひなに小さく頷きながらも、ねむはちらっと俺を見る。
ぎこちなく目を逸らすと、心なしかねむがため息をもらしたのを感じた。
「さあ、しゅっぱつしんこお! れっつらごお、だよお」
ねむのどこか気の抜けた掛け声で、俺たちはぞろぞろとホームを通り、丁度来た電車に乗り込む。
休日だからか、中は満員で、身動きするのがやっと、といったところだ。
丁度手すりの近くに人一人分入れる隙間があったため、さりげなくひなを誘導しておく。
「…………」
「…………」
「ねえかいかい、今日一番見たいおさかなはなにい?」
「うーん……ぺんぎんかなあ」
沈黙の中、ねむが至近距離で、上目遣いで尋ねてくる。
昔から、ペンギンには謎の愛着があり、ペンギングッズが売っているとつい買ってしまうほどにファンなんだよな、実は。
「ねむはチンアナゴが見たあい。知ってたあ、チンアナゴって、
「初耳だな」
「ねむ、博識でしょお……んわっ」
ねむの豆知識披露に思わず唸っていると、がこん、と電車が大きく揺れた。
「っっ……っとと」
「……かいかい。近い」
振動で思わずひじを扉につき、バランスをとる。
すると、すぐ近くからねむのくぐもった声がし、
「あ……ご、ごめっ!?」
「壁ドンにしては、近すぎるよお? ねむ、潰されそうなんだけどお」
どうやら俺は、ねむに壁ドンしてしまっているようだ。
は、早く離れないとねむを潰しかねない!
しかし、電車がかなり揺れるため、体勢を整えられない。
「い、いつまでこの体勢のつもりい」
「ご、ごめん、とりあえず次の駅まで待ってくれないか?」
「っ、いいけどお」
文句を言いながらも、俺の胸に顔をうずめるねむ。
小さな呼吸音が伝わり、ねむが緊張しているのが分かる。
「…………」
「――へぇ」
と、不意にねむが、すぐ横で手すりにつかまっていたひなの方へと視線を投げた気がしたが……
「ひな、大丈夫か?」
ドジなひなを守るために、手すりの近くに立っておいてもらって大正解だったな。
声をかけておくと、
「大丈夫ですっ」
心なしかちょっと拗ねた声が返ってきた。
★
「うわわあ、さかな! さかなだあ」
「ねむ、転ぶなよ……」
数駅後、水族館に着き、エントランスをくぐり抜けると、青い世界が広がっていた。
水族館なんて、何年ぶりだろうか?
大きな水槽の中で自由に泳ぎ回る魚たちを俺は圧倒されながらも眺める。
「えいだ、えいー! かいかい見てえ! お腹が目みたいだあ!」
ぴょんぴょんと無邪気に走り回るねむは、無邪気なイルカみたいだ。
一方ひなはというと、カクレクマノミのように俺から一定距離を保って人混みに隠れている。避けられてる俺はサメかなにかか?
ねむに連れ回されながらも、それから俺たちは水族館内を探検した。
ねむ一押しのチンアナゴは、よく見ると目がかわいくて、確かにかわいかった。
「でしょお、でしょお」
となぜかねむが若干ドやり気味だったが。
ひなは、ずっとラッコを眺めていた。どうやら好きなようだ。
親子連れ立って泳ぐラッコの姿は、めちゃくちゃ愛らしかった。
それを幸せそうに見つめるひなも、無論かわいかったけどな!
勿論ペンギンもいて、ぺちぺちとたどたどしく歩く姿が愛らしかった。
どてっ、と転んだペンギンがひなに似てて、俺はつい、横にいる、でも少し距離があるひなの方を見る。
「……っ!!」
すぐに顔を逸らされたが、少しむくれていた。
どうやら、俺が考えていたことが筒抜けだったようだ。
「はぁ、疲れたあ! ねぇねぇ、今からご飯にしなあい?」
楽しい時間というのは早いもので、俺たちが水族館に来てから数時間が経過したようだった。
確かにお腹も空いている。スマホを見ると、時刻は正午を過ぎたあたりだった。
「じゃあ、お昼、このフードコートでとろうよお」
「お、ペンギンカフェだって?! 絶対美味いやつじゃん!」
「やっぱりぃ、かいかいにペンギンは合わないなあ」
「どういう意味だ!?」
「ふふっ……」
俺たちが水族館内の地図を見て盛り上がっていると、横から可愛らしい笑い声が聞こえ、慌てて振り返る。
「~~~っ」
目が合うと、ひなは口元に手を当て、慌てたようにして顔を伏せてしまう。
その際、ちら、と俺の体を見てくる。赤くなる。ますます下を向いてしまった。
「……もおお……行くよぉ」
と、なぜか若干不機嫌そうにねむが歩き出すのに、俺たちは慌ててついて行った。
―――この後起こる、悲劇を知らずに。
★★★★★
次話!! ねむねむ回!!!
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