第41話 ねむは最強② 【※暴力・残酷描写注意!】


「ね、む……」


「あーあ、まとめて倒せたらかっこよかったのにい。みんな倒すのに時間かかっちゃったあ」



いやかかってませんよ? 瞬殺でしたよ?


辺りには、ねむに急所を綺麗に狙われ気絶している男たちが転がっている。



「はい、かいかい、手」



「ごめん、ありが―――っ、危ない、ねむ!!!!」



ねむの手を借りようと、顔を上げた時。


視界に飛び込んできた人影に、俺の喉から悲鳴のような声が漏れた。



「―――ぁ」


「なにが、みんな、だァ? ピンピンしてるぜ―――姉貴よォ、久しいな」



後ろから足蹴を食らい、不意を突かれたねむが僅かに重心をぶらされる。


そこを、足蹴をかました大柄な男がはかいじめにし、いとも簡単にねむを押さえつけた。



「っっ」


「びっくりしたかァ? そりゃあそうだろうなあ、姉貴がいたころは、俺は雑魚も雑魚、稚魚だったしよォ」


「……っ離、して」



途端、鋭い声になるねむ。


いつものねむの無表情が、今は獰猛な肉食動物のような、目が合えば殺されてしまいそうな鋭い顔になる。



「ねむ!」


「……っ、かいかいは、さがっ、ててえ」



はかいじめにされた中、ねむは一瞬だけ俺の方を見、そう消え入りそうな声で伝える。


しかし、それでも動けない俺とねむを一瞥した男は、怪訝げな顔をし、



「姉貴、なんだァそのちんたらした話し方はァ? ――あァなるほどォ、そうすりゃあ人に好かれるようになるとでも思ったのか」


「――――っ!!!」


「お前ェ、そんなことしたって素は変わらんぜ? それにそのふわふわした髪、全く似合ってねェぞ。昔のロングヘアーはどうした? もしや、それも心機一転、って奴か? くだらねェ、ンなことして誰が姉貴を見直すよ」



途端、ねむは電撃が走ったかのように目を見開く。


そして、



「黙れッ!!!!」



そういうなり、足を振り上げ、ねむを後ろからはかいじめにしていた男の顔面を狙う。



「私はっ……ねむは……もう、違う!! 昔のねむじゃない!!」



パーカーがめくれて細い足が根元まで露わになる。


でも、それでも目を逸らせられない程、ねむは本気で、男も同じく本気だった。



「よっと」



男はひょいと顔をひねり、ねむの渾身の蹴りを避ける。


そして、振り上げたままのねむの太ももを掴み、ねむを押さえつけた。



「さっ触るな、失せろ!!」


「嫌だね、ずっと姉貴に触れたいと思ってたモンで、それは無理なお願いですかねェ」



ねむは片足を振り上げた姿勢のまま動けず、身をよじるが、薄ら笑いの男が完全に動きを封鎖し、少しも動けない。



「ねェ姉貴、あの後どうされてたんです? 情報集めて探し回ったのに、別の場所に所属したっていう情報もなかったし。もしや本当に、姉貴が散々嫌っていた『優等生』になられたんですかァ? ……なれると、思ってるんですかァ?」



ぎらぎらと、欲に塗れた男の目。

ねむは懸命に身をよじりながらも、叫ぶようにして反抗する。



「っ……先程から、姉貴姉貴と訳の分からないことをっ……私は、あなたの姉貴じゃないッ!! 人違いだ!!」


「―――ふゥん、なら見せてもらいましょうか。


「!!!!!!」



途端、スタンガンにでもやられたときのように、声にならない悲鳴を上げながらもねむが硬直した。


瞳孔は恐怖に震え、小さく身が縮こまる。



「ね、む」



体が、先程から、地面に縫い付けられたかのように、動かない。


ようやく動いた唇で名を呼ぶと、ねむの震えた瞳は俺に向けられ、ますます慄いた表情になる。



「っやめて、離して……」


「あれ、会わないうちに女子らしい体つきになったんですねぇ、姉貴。そいっ」



軽い調子で、男はねむの腰に手を回したまま、パーカーの腕の裾を、一気にまくしあげた。




「……ねむ?」




途端、露わになった、ねむの腕は。




「あっはは!!! こりゃァ見事な傷跡だ!!!! この傷この傷、そうそう、ここの傷は俺がナイフでつけたんだ。お前、姉貴で間違いないなァ!!!」




今まで一度も見たことがなかった、ねむの腕。


その細い腕には、凶器や爪痕の跡が、隙間なく巡らされていた。




「……っ」



いつもパーカーを着ていて、寒いのかな、なんて悠長に考えていた。


でも、それは、周りに心配をかけないようにするために、傷を隠すために、着ていたのだとしたら。



「っっ……」


「急に姉貴が抜けるって言いだすから、びっくりしたんだぜェ? まァ、俺たちの愛を『毒抜き』で証明してやったわけだがよォ。俺らのつけた証が一生残るなんて、ロマンチックだろ?」



そう男が薄ら笑いを浮かべて俺に問うてくるが、俺は我を忘れて怒りに震えていた。



ねむの過去に何があったのか、それは知らない。


でも、だからと言って、正しい道に進もうとしているか弱い少女を、あんな風にして痛みつけるなんて、絶対に間違っている。絶対に。



「久しぶりの再会だ、傷を増やしてやってもいいんだぞォ? それか、そうだな、俺が抱いてやっるのもいいなァ。所属してた頃の姉貴は格が違いすぎて、俺なんざ視界に入ってなくて指一本も触れられなかったが……連中がおねんねしてる間に、楽しませてくれよォ」


「――――」



ねむの瞳から、色が抜け落ちる。


痛々しい腕が露わになったまま、男に押さえつけられたままだった太ももに触れられても、何も言わない。



「っ、ねむ!! ダメだ、はやく逃げ……ぐぁッ」


「ガキは寝てな」



ねむを、一刻も、助けなくては。


なのに、一歩踏み出した途端、腹に鋭い拳が繰り出され、視界が急に空へ向いて回転し、



「か」



ごん、と鈍い音と共に地面に背中を打ち付け、肺に空気が入らないほどの痛みに見舞われる。



衝撃でかすんだ視界の端、男がねむのパーカーを脱がそうとしている。



ぐったりとして、抵抗する様子がないねむ。


男の顔が、凶悪に、にたりと歪み―――




「……ァんだ、ただの雑魚じゃねェか」




―――その時。



ぴゅっ、と消しゴムが机から転げ落ちるくらい、いとも簡単に、ねむを押さえつけていた男が吹っ飛ぶ。




「く、はッ」




どさ、と男が落下する音が、信じられないくらいに軽かった。



「は……」




だめだ、のうが、じょうほうを、せいり、できない。



……消えかけた意識の中、視界に最後に映ったのは。




「土日はひなが世話になったなァ?!!」


「はっひ……」




ぼやぼやとしてはっきりとは分からないが、確かに金髪の、ぎらぎらとしたピアスを付けたよく知っている男が、俺の顔を覗き込んでいる。




「ひなの、兄、さ…………」




ひなの、兄が、なんで、ここに?




「詳しく話を……って、おい、死ぬのか?」




ひなの兄にガンを飛ばされて、意識が羽ばたいていこうとする。


すると遠くから、今にも転びそうなほど慌てた足音が響いてきた。





「―――ねむさん!! っ、カイさん、カイさん!?」





涙声の、ひなの、声。



ああ、久しぶりに呼んでもらえたな、ひなに、名前……。





ひなの悲鳴を最後に、俺の意識はぶつっと途絶え、暗転した。

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