第16話 やきもち同盟、結成


「……いやいやいや冗談だよな? な?」

「ねむ、ど、どういうつもりや……」

「デートって……ねむさんっ!?」



俺たちが唖然として声を上げる中、ねむは余裕のある笑みを浮かべ、俺の腕に腕を絡めてくる。



「別に、冗談じゃないよお? ほらかいかい、行こ?」

「うわ、ちょっ……!?」



ねむに強引に引っ張られ、踏みとどまろうとするも、力が強すぎてびくともしない!! なんだこれ!!?



「か、カイさあんっ!!」

「ねむっ!! アホ!!」


「じゃーまた後でねえ」

「うおあう!?」



ねむはそうのんきに言うなり、俺を掴んだまま、ものすごいスピードで走り始めた。俺は半分浮いて、ねむにされるがまま……いやいや、待て!!!



「ねむっ!」



そう叫んでも、ねむは知らんぷりをして走り続け――



「わあ、このカフェにしようよお」

「げ、げほ、ねむ……」



ねむはいきなり立ち止まるなり、俺を学校の近くのカフェに連行した。

ドアを開けるなり、からんからんと鳴る鐘。さらに、しーんと静まった店内が妙に痛かった。



「な、何名様でしょうか?」



と、いきなり飛び込んできた俺たちを見て、ぎょっとしながらも店員さんが声をかけてくれる。



「二人ですー」

「で、ではこちらへどうぞー」



二人席へ誘導され、席に座り込むと、ねむは嬉しそうにほほ笑んで見せた。



「よいしょっ……かいかいは、何頼むう? ねむは、抹茶フラペチーノかなあ」

「おいねむ、どういうつもりだよ……」



息を整え、俺はねむを軽く睨む。デートって……俺、彼女いるんだけど?? しかも強引すぎるし!

ねむは照れたようにして、栗色の髪に指を絡めた。



「えっとお……言葉通りの意味だよお? て、うそうそうそおそんな顔しないでえ!?」



俺があからさまに怒りを顔に浮かべると、ねむがゆらゆらと両手を振って見せる。

俺はひなたちのもとへ戻ろうと立ち上がりかけながらも、もう一度ねむを見る。



「嘘なのか? じゃあなんなんだ?」

「た、ただ、かいかいとおしゃべりしたいって思っただけで……」

「な、なんだよ、なら誤解を招く言い方しなくてよかっただろ!」

「えへえ」



俺がずっこけそうになっていると、ねむはそれを面白おかしそうに眺める。



「そうやって慌てるかいかいを見たかったんだよねぇ。それに……別に、デートって思ってもいいしぃ?」

「おいドSなのかよ!? それに、デートの定義はだな……えーと……」



スマホをいそいそと出し、検索ツールで『デート 定義』と調べる。


ふむふむ……どうやら、『男女同士が、日時や場所を決めて会う事』『デートだとお互いが思っているならデート』らしい。……いや大雑把すぎるだろ。


なら、これもデートになるのか? いや、俺はデートだとは一ミリも思ってないし、違うのか? ああああ、ひな、助けてくれええ!!



「大丈夫だよおー」

「なにがだ」



俺が頭を抱えていると、ねむが頬杖をついて悪戯げに笑いかけてくる。



「ねむに浮気してくれてもいいんだよぉ、ってことお」

「するかよ!! 俺帰るから!」

「じょ、冗談だってえ、落ち着いてえ」



俺の叫び声に、お客さんたちが怪訝げに見てきて、俺は慌てて頭を下げる。



「ご……ご注文いかがなさいますか?」



と、店員さんが関わりたくないオーラ全開にしながらも、そう尋ねてきた。



「や、俺、帰るんで……」

「かいかい、それ、すんごく迷惑だと思うよお? 何も頼まず店に入るとかあ」

「おい、俺を店に強引に連行したのは誰だと……」



「え、えーと、注文は……」



店員さんが戸惑ったようにして尋ねてき、俺はますます慌てる。

こ、これは、なにか頼むしかないじゃないか……これもねむの作戦か!? やられたっ!!



「ほら、何頼むのお? 私は抹茶フラペチーノでぇ」

「お、俺は、キャラメルマキアートで……」



「承知いたしました!」



店員さんが、近づきたくないものから離れるようにして足早に去っていくなり、俺は勝ち誇った顔をしたねむをぐぬぬと睨んだ。



「そんな顔しないでよお、ただおしゃべりするだけだよお?」

「ねむが変な言い方するから、ひなに誤解させたかもしれないだろ!」

「じゃー、後で謝っとくねぇ」

「そういう問題じゃない!!」



今、この瞬間に、ひなを不安な気持ちにしてることが嫌なんだよ!! と叫びたい衝動をぐっと抑える。



「……ガードは堅そうだねぇ。そんなにひなのちゃんが好き?」



すると、ねむがテーブルに顎を乗せ、どこか寂しげな瞳を俺に向けてきた。


俺は即答する。



「ああ、好きだ」

「んー……それは、心がわりすることがないってことなのお?」

「もちろん」

「一ミリも?」

「ない」

「うう、そんなきっぱり言われちゃうとねえ」


ねむは小さく息をつき、やがて運ばれてきた抹茶フラペチーノを一口飲む。



「じゃあ、ひなのちゃんのどこが好きになったの?」

「それは……てか、どんだけ聞くんだよ!?」



俺に興味津々か!? ねむは負けじとじいいっと俺を見つめてくる。



「教えてよお……それくらい、だめえ?」

「うっ……」



ショートボブのふわふわした髪を揺らし、ねむが俺に懇願してくる。おい、そんな悲しげな顔で見るな! そういう顔には弱い!!


俺は誤魔化すようにして視線をそらした。



「べ、別に、ダメとかじゃないが……恥ずかしいじゃないか!」

「かいかい、ピュアだあ」

「うるさい……」


「いいからあ、教えてよお」



期待したようにして見つめてくるねむに、俺は仕方なく話し始めた。



「ひなは、俺の救世主なんだよ」

「救世主う?」

「そうだ。弱い俺を変えてくれた、ヒーロー。救世主ってこと」

「よくわかんなあい」



ねむは眉をわずかにひそめ、頬杖をついた。



「ねむ、かいかいが男たちに襲われそうだった時、助けた事あったけど……ならねむも、救世主じゃないの?」

「うーん……もちろんねむには感謝してるが、また違う意味での『救世主』なんだよ」

「えぇぇ」



ねむはますますわからないといったようにして首を傾げる。



「じゃあ、どうやったら救世主になれるのお? ……どうやったら、かいかいに……」

「俺に?」

「ん、んぅ、なんでもないよお」



なにかいいかけたねむだったが、慌てて口を閉ざしてしまう。



「と、とにかくう、かいかいの救世主に、どうやったらなれるかなあって」

「えぇー……救世主になってどうするんだよ? さらに、俺にとっての救世主はひな一人だけど」

「えええっ、それはずるいよお」



ねむは抹茶フラペチーノを飲むと、むっと唇を突き出してみせた。



「なら、もっと詳しく教えてよお。なんで、二人は付き合ったの?」



俺は答えざるを得なくなり、渋々口を開く。



「それは……ひなが半ば強引に付き合ったことにしてだな」

「半ば強引にい!?」

「それで、結局俺もひなに夢中になって、おっけーしたんだ」

「夢中ぅ!? おっけー!?」

「で、付き合い始めたら、ますますひなの魅力に気づいて……とにかく、ひなは俺の姫で、神様でもある」

「救世主で、ヒーローで、姫で、神様なのお?」

「話をややこしくするな……まあ、そういうことだよ……」



話し終わった後、俺は真っ赤になっていた。


そりゃ、恥ずかしいだろ!! いきなり、彼女とどう付き合ったかなんて聞かれたら!!  


俺は慌てて届いたキャラメルマキアートに口をつける。て、なんかいつもより甘く感じるんだが!?



「なんかよくわかんなかったけどお」

「わからなかったんかい」

「けど……かいかいがひなのちゃんを大好きなことは、わかったよお」

「う……ま、そ、そういうことだ」



照れるだろお!! ねむ、ど直球に物事を言うな……!!

ねむはなぜかすねたようにして顔を逸らしたが、すぐに俺に向きなおる。



「でもお……ねむは、諦めないからねぇ?」

「はあ?」

「どんなチャンスも、絶対にものにするのがねむなんだよお」

「はあ……」



ねむはよくわからないことを言い、そして挑戦的に微笑んだ。



「つまり、かいかいは、油断してたらすぐに盗られちゃうってこと!」

「お、おう……?」



俺が盗られる? はあ??



「てことで……覚悟しててねえ? 席が空いてなかったら、無理やり空ければいいってことお!」



俺が首をかしげていると、ねむはすっきりしたとでもいうように、かわいげな笑みを向けてきた。

そして、スマホを取り出すなり、俺をじいっと見つめてくる。



「ねえねえ、かいかいの連絡先、もらってもいいー?」

「あ、ああ、いいけど……」

「やったあ!」



ねむはグレーのパーカーの袖をぱたぱたと揺らし、嬉しそうに目をきらきらさせる。

俺はスマホを突き出し、全てをねむに任せる。なにしろ、メッセージアプリなどは、ひなと以外ほとんど使っていないからな。機能などはさっぱりだ。



「んー、よし、繋げれたあ」



しばらくすると連絡先が交換できたらしく、俺にスマホを返しながらも、ねむはようやく立ち上がった。



「んじゃあ、ひなのちゃんとれおれおも待ってるだろうし、行こうかあ」

「え、や、ちょ……話したいことって、あれだったのか!?」



俺が目をまんまるにしていると、ねむは満足げに頷く。



「そお! 連絡先も交換できたしい……また、デート、しようねえ?」

「これデートじゃないし!! それに、ひな以外とデートなんてするわけない……て、おい!?」



いきなりねむが抱きついてきて、俺はテンパってスマホを取り落としそうになる。ひなに誤解させそうで怖い、やめてくれっ!!!


そんな俺の心の叫びに気づいてくれたのか、ねむはぴょんっと俺から距離をとり、茶色がかった瞳で俺をじっと見上げた。



「また、連絡するねぇ?」

「お、おう……て、手を繋ごうとするな!?」



俺は極力ねむに触れないようにして、さっさと会計を済ませ、店を出た。


ちなみに、店員さんはとても迷惑そうにしていた。うん、明日からこのカフェには来ないほうが良さそうだ……あああ、犠牲が多すぎて困る!!











「む、むむむぅ、むむーっ!!!」

「は、ハグ!? 抱きしめ合ってたぁ……!?」



――一方、ひなとレオはというと……カイとねむがいたカフェの窓に手をつき、一部始終を見ていた。



「ぎゅーしてましたっ!! あ、あれは、有罪! 有罪ですよっ!?」

「ねむのあんな笑顔、見たことないわ……!!」

「それに、デートってなんですかぁ!! 私の彼氏ですよ!? で、デートって!」

「ねむはカイが好きなんか!? そうなんか!?」



二人がカフェを出ていってからも、ひなとレオは動けずその場に立ち尽くす。



「うぅぅぅうう……」



二人の姿が遠ざかり、やがてひなは、ゆっくりと顔を上げた。



「……レオさん」

「な、なんや?」



打ちひしがれた顔のまま、レオがひなの方を向く。

ひなは頬を膨らませながらも、レオをびしっと指した。



「こうなったら……カイさんに嫉妬、してもらうしかありません!! レオさん、協力してください!!」

「嫉妬ぉ……?」



ひなはこくこくと頷き、ますますむくれながらも説明した。



「やきもちを焼かせるんです! それで、もっと好きになってもらって、誰にも盗られないようにするんですっ!! そしたら、ねむさんや他の女子がちょっかいをかけようと、カイさんは私に一途です!!」

「お、おー? でも、やきもちって?」

「他の男子の話を出したり、釣れない態度をとるなどして、嫉妬させるんです! いわゆる、恋の駆け引き、ってとこです!!」

「おー……?」



レオが困ったようにして首を傾げていると、ひなはレオとの距離を縮める。



「レオさんは、ねむさんが好きなんですよね? ねむさんにヤキモチを焼いてもらう必要もありますね! これは、うぃんうぃんです!」

「へ、ちょ、ま!?」



レオが顔を真っ赤にし、口をぱくぱくさせるが、ひなは気にせず言葉を続ける。



「てことで……協力し合いましょう!! これからこんな事があっても、安心できるようにしたいですよね!? それに、もっと好きになってもらいたいですよね!?」



レオはしばらく顔を赤らめていたが、やがて割り切ったようにして、大きく頷いた。



「お、おぉ……わ、わかった!!」

「よおし、やきもち同盟を組みましょう!!」



二人はぎゅっと手を取り合い、うんうんと頷きあった。





「やきもち同盟……ぜーったいに、カイさんは譲りませんからねーっ!!」

「おし、ねむに、振り向いてもらうんや……!!」

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