第15話 キス宣言は波乱なり
「カイさん、おはようございますっ!」
「! おはよう、ひな」
――朝。
前よりも少しあたたかくなった気温に目を細めながらも、俺は玄関を飛び出して、両手を広げるひなに駆け寄った。
ひなは、俺が近づくとともに目をきらきらとさせ、待ちきれないというようにして小さくぴょんぴょんと跳ねる。
俺はかわいさに爆死しながらも、ひなの眼の前まで近づいた。
「カイさんっ……んふぅー」
朝からひな充電、助かる!!
ひながいつものようにして抱きついてきて、俺は頭をぽんぽんとなでてやる。ひなはそんな俺を見上げ、いたずらげに微笑んだ。
「さてっ、問題です! 昨日の私と違うところは……」
「髪型!」
「せーかいです!!」
輝く銀髪をポニーテールにしているひな、とにかくかわいくて仕方がない!!
まあ、ひなはどんな髪型にしてもかわいいけど?
「よしよし」
「んんんー」
しばらく頭をなでていると、玄関の方でがたがたと音が聞こえだし、俺たちはびくっと身を震わせる。
「ほ、ほら、頭なでてるじゃない……!!!」
「本当だな……ああ、青春!!」
……うん、絶対俺の親だ。写真とか撮られるパターンだ、まずい……!
「い、行こうか」
「はいっ!」
俺がひなの手を引いて歩き始めると、ひなが慌ててとてとてとついてくる。本当にかわいい。俺の語彙力が低下するレベルだ。
家から離れ、辺りに誰もいなくなると、ひなが俺にすり寄りながらも小さく息をついた。
「にしても、びっくりです。もう終業式ですよ、信じられますか!?」
「や、全く。ひながいたからだな、時間があっという間なのは」
「えへへ……」
そう、今日はとうとう、終業式。高校二年生最終日なのだ! 月日が経つのは本当に早い。
と、ひなが照れたようにして、俺の胸に頬ずりしてくる。
「私も、カイさんがいたから、こんなに早く時間が経つと思うんです!」
「やっぱりかわいいな」
「ひぅっ、不意打ちはひどいです……!!」
俺たちは、いつものようにしてじゃれ合いながらも学校へ向かう。
ちなみに、いつものごとく、周りにちらほら増えてきた生徒たちは、顔を真っ赤にして俺たちを見ている。
最近は、俺たちが付き合っていることに対して突っかかってくる人や、ひなを襲うような人もいなく、彼氏として一安心だ。
しばらく他愛のない会話を続けていると、みるみる学校が近づいてくる。
ひなと過ごす時間だけ倍速かけられてるのか!? と思うくらい、時間が早い。
「あーあ、もう学校についちゃいました、早いですっ!」
とうとう校門前になり、ひながますます俺にもたれかかってきながらも、少し唇を尖らせた。
「そういえば今日、全校集会で、生徒会長のスピーチがあるんですよねー。すんごく緊張します……!」
「なんか思い出すな。ひなが恋人宣言したやつ」
「わ、そ、それはぁ!」
ひなが耳まで真っ赤にし、俺の袖に顔を埋める。いやその仕草、かわいすぎるだろ。
俺は照れ隠しでひなの頭をこつんと小突き、一応注意をしておく。
「とにかく、穏便にいけよ……でないと生徒会から追放されるぞ」
「今日で生徒会は終わりなので、別にいいですけどね?」
「いやよくないから!」
なんかデジャヴだな……なんて不吉なことを考えながらも、俺たちは校舎へと入った。
「まあ、大丈夫だよな……?」
「カイさん、フラグばっか立てる」
「やめてくれ」
「冗談ですよ?」
そんな事をいいながらも、俺たちは体育館へと向かった。
★
「――次に、生徒会長からの挨拶」
「はい」
――終業式が始まり、静まる体育館の中、ひなが舞台に上がった。
ポニーテールにまとめられた銀髪が宙に舞い、その場がうっとりとした息で満たされる。
一方、俺は……。
「……」
「カイ、えらい怖い顔やな……大丈夫やって、月野さんはカイに一途やろ?」
「そおだよお、顔、はんにゃみたいだよお?」
俺を挟むようにして隣に座っていた、レオとねむが突っ込んでくる。……てか、そんな顔に出てたか?
しかし自分の感情を抑えきれず、俺は勢いよくまくし立てる!
「だって、ひな、かわいいし!」
「あ、そ」
「頭もいいし」
「ふうん」
「優しくて気配りもできて」
「もうええねん」
「とにかく、完璧ってことだ! 絶対に誰にも譲れない!」
「別に甘さを共有してほしいとは言うてへん!!」
「……」
と、彼女自慢を終えた俺を見て、ねむがなぜかじとっとした瞳を向けてくる。
……これは俺がなにかやらかしたな? なんだ!? 俺何をした!?!
俺は慌てて理由を尋ねようとし、
「――おはようございます。生徒会長の、月野ひなのです」
「「「ああ、天使……」」」
ひなの天使の声に、俺たちは押し黙り前を見た。
あああ、ひなを崇める生徒たちの声が重なっている……くそー……。
俺がむっとして唇を突き出した途端、事は起きる。
「夜間カイさんと付き合ってるって、本当ですかぁー?」
「へ……?!」
お……おいおい!?!
生徒の内の誰かがそう声を張り上げ、当たりは興奮と静寂に包まれる。
「月野、スピーチを続けなさい」
先生が慌てて声を上げるが、ひなは耳まで真っ赤にし、まるで聞いていない。
「あの様子……別れたとか?」
「え、今月野フリー?」
「今日、二人で登校してたの見たけどどうなんだろ?」
「フリーであってくれ!!」
生徒たちが好き勝手に妄想をしているとこに、俺は腹を立てる。
どうせ別れたとか、デマだと思っているのだろう……ああぁあ!! そんな事が起こったら、またひなに言い寄る男子が増える……!!
「ああぁぁぁ……」
俺が頭を抱えている中、ひなはしばらく俯いて、もじもじとする。
が、勢いよく頷いたかと思うと、ぎゅっとマイクを掴み直し、
「え、えっと! 付き合ってます!! ラブラブですっ!!!」
おわぁぁああああぁああぁあっ!??!
ひなの叫び声に、キィーン、とマイクが異音を奏でる。
しかし、そんなことは関係ないとでもいうように、血走った目をして生徒たちが俺を探し始めた。た、頼む、見つかってくれるな……!!!
と、白い手が俺の背中に回されたかと思うと、ぎゅっと引き寄せられ、俺は目を白黒させる。
「ねむが隠してあげるねえ」
「あ、ありがとう……」
気を配ってくれたのか、ほんのり頬を赤く染めながらも、ねむが俺を抱きしめて隠してくれた。
同時に、女子らしい甘い香りと柔らかい胸を感じ、俺はねむから極力離れようと試みる。
ひなに起こられそうで怖い……まあ、俺の気持ちを知っているし、大丈夫か?
「カイさんっ、私以外の女子といちゃいちゃするのはダメですよー!?」
と、しっかり見られていたらしく、ひながマイクを持って叫ぶ。
俺はいちゃいちゃしてない!! それに、終業式はめちゃくちゃだぞ、ひなぁ!?!
「月野! すぐにスピーチを再開させなさい!!」
「は、はいぃっ!?」
と、先生が怒りをあらわにして言い放ち、そのせいでひなは縮こまってしまう。
と、追い打ちをかけるようにして、生徒が叫ぶようにして声を張り上げた。
「キスは? キスはまさか、してないですよねぇ!?!」
「え、えと!?」
「まさか、あのド陰キャと月野さんが」
「まさか! キスなんて……」
「ないだろぉお!! それだけは許さねぇええ!!」
辺りがざわつき、先生たちが必死に止めようとするも効かず、ざわめきは広がる。
「どうなんですかぁ??」
「っっうう……」
「月野!!!」
先生が叫ぶが、誰も聞く耳を持たず、ますます体育館は騒がしくなる。
と、俺を抱き寄せるねむの手に力がこもるのを感じる。
「……実際、どうなのぉ? 何回目?」
「ねむまで勘弁してくれ……」
ねむまで耳元で囁いてきて、俺は半泣きになる。
ひな、どうか穏便に済ましてくれ……!!!
そんな俺の願い虚しく、ひなは目をぎゅっとつむり、
「き、キス、何回もしましたっ!!」
「「「「「いやあぁぁああぁぁっぁ!!!!!」」」」」
いやあぁぁああああ!! ってこっちが叫びたいんだがぁああ!!!
マイクを握りしめ、大声で宣言するひなに、俺は椅子からずり落ちそうになる。
と、そんな俺を受け止めながらも、ねむが頬を膨らました。
「かいかい……キス、したことあるのぉっ!? 何回もっ!?」
「あぁぁあぁぁ……」
「か、カイ、落ち着きい!?」
「月野、来なさい!!」
そんな中、当然のように先生たちが舞台に駆け上がってきて、ひなを生徒指導室へと連行してしていく。俺もついていこうと立ち上がりかけたが、
「かいかいまで行ったら、この場が混乱しまくっちゃうよお」
「う……」
「月野さんは大丈夫やって。これまで積んできたものが大きいから」
確かにそうだ。俺が行っても、ますますこの場を混乱させかねない。
俺が両手を組み合わせてひなの無事を祈っていると、先生たちがマイクを片手に声を張り上げた。
「みなさん、静粛に! 終業式は続いています!!!」
「今日は、新一年生も見学に来ている!! 先輩として恥ずかしくないのか!?」
そんな言葉、もちろん誰も聞いておらず、興奮と嫉妬、悔しさに満ちた悲鳴が響く。
それから終業式が再開されるまで、約三十分を要した。
★
「……ふーん。やっぱ、そうなんだ」
『新一年生』という名札を胸前に貼った少女が、体育館を覗き込む集団に紛れ込みながらも、小さくつぶやいた。
エメラルドグリーンの瞳に怒りを灯し、ブラウンの丁寧に編み込まれた髪を揺らしながらも、彼女は唇を開いて小さくつぶやいた。
「……許さないんだから」
★
「ぅぅぅー」
「ひな!!!」
三時間後。地獄の終業式(別の名を説教会)が終わるなり、俺たち三人は生徒指導室へと直行、ふらふらと出てきたひなを抱きかかえた。
「大丈夫か!?」
「は、はいっ、反省文一枚で許されるようです……」
ひなは俺に抱きつきながらも、そう疲れ切った声で告げる。
あんな騒ぎを起こしたのに、反省文一枚とは……やはり、レオの言う通り、積み上げてきたものが大きいのか。
「よかったなあ、月野さん。俺があれやってたら、ぼこぼこにされてたで」
「ええ、そんなことは……」
ひなは疲れたようにして微笑む……途端、申し訳無さがぐっと込み上がってきた。
とにかく、この騒動には俺にも責任がある。
「ひな、本当にごめ」
「カイさん、謝ったら罰ゲームです!! てか、カイさん全く悪くありませんし!」
謝罪の言葉を口にしようとし、ひながぐいっと顔を寄せてきた。俺は息を詰め、ひなとじっと見つめ合う。
「私があの煽りを受けなければよかっただけです……うう、私、本当にバカです」
「い、いやいや!」
さらに言葉を重ねようとし、レオが遮るようにして口を開いた。
「ま、あの生徒たちも恐ろしいような罰を受けたやろうし、退屈な終業式も盛り上がったし、ええやん!」
「どんだけ楽天的なんだお前は!!」
思わず俺がレオにツッコミを入れると、ひなが嬉しそうにして俺を見つめた。
「とにかく、悪いことばっかじゃないってことですよ! 私も、始めて生徒指導室に入れて、いい人生経験です」
「ひな」
「なので、気にしないでくださいね!!」
「ひな……」
眩しいほどの笑顔に、俺は吸い込まれそうになる。
ああ、こういうところだ。
――だから、俺はひなが好きなのだ。
「ひな」
「カイさんっ……」
俺は、ひなの顔を隠す髪に触れ、そっと耳にかけてやる。
そのまま、俺たちは――。
「って、ちょちょちょ、たんま!! そういうことは二人でやらんかい!!」
あっっぶない……!!!!
慌てたようにしてレオが大きな声を上げ、俺たちはばっと身を引いた。
な、何をしてるんだ俺は! しかもよりによって生徒指導室の前で、何を!!
「……あ、はは」
「えへへ……」
「……」
打って変わって、とてつもなく気まずい空気によそよそしていると、レオがその場を盛り上げようとしてか、拳を上に突き上げた。
「じ、じゃー、終業式も終わったことやし!! これからみんなで……」
「ねえ」
レオが何かを提案しようとした時。
ねむがいきなり割り込み、ゆっくりと俺の前まで近づいてくる。
――そして、俺の手をぎゅっと握り、ねむは小さく微笑んだ。
「かいかい。よかったらだけどお……今からねむと、デートしない?」
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