第46話 病室
「――い! カイ、大丈夫か!? 死ぬな、死ぬんやない、カイ!!」
「う……お」
意識、覚醒。
再び目が覚めた時、真っ先に視界に入ってきたのは白い天井。
「……ん?」
「うっ、うう……カイが死んだら、オレはどうすればええんや……ぐすっ……」
目覚めて早々、騒がしい方を見ると、涙目のレオが俺の手を握って頬ずりしているところだった。
「え?」
「あ?」
「「…………」」
途端、目がバッチリと合い、レオの頬がみるみる真っ赤に染まっていく。
「なっ……ち違うんやからな!」
途端、ばっと手を離し、数メートル距離を取るレオ。
そんなツンデレかわいい所を見せられても、残念ながらヒロイン枠はひなで埋まっている。
レオは枠に到底入れそうにないな、なんてバカなことを考えながらも俺はゆっくりと体を起こした。
「ツンデレ発動中悪いが、俺は……病院か?」
そのままレオに握られていなかった方の手を持ち上げようとして、その手が誰かに握られていることに気付く。
「!! ひな……」
天使、降臨。
そこには、俺の手に頬を付け、すやすやと寝息を立てるひなの姿があった。
銀髪は俺の寝ていたベットに渦巻き、伏せられた瞳を縁取るまつげは美しさを増すばかりだ。
静かにひなに顔を近づけると、目の周りは泣きはらしたように赤くなっていて、ぎゅっと胸が痛くなる。
「意識は大丈夫そうね。夜間さんのご家族、今こちらへ向かって来てくれてるから、少し待っていてね」
と、横で待機していた看護師さんが体温計を手に近づいてきて、俺は慌ててひなから視線を外した。
「いいお友達を持ったね。ふたりとも、一時間前からずっと夜間さんのそばにいたのよ」
「あ、ありがとうございます」
検温中、看護師さんにそんなことを囁かれて、俺は照れながらも心がじんわりと温かくなるのを感じていた。
迷惑をかけて本当に申し訳ない。だけど、その優しさが俺を支えてくれている。いずれ、二人にしっかりとお礼をしようと心に決める。
「にしろ、ほんまによかったわあ。いきなりねむから、カイが頭打って救急車に運ばれたとか電話かかってくるもんやから!」
看護師さんが去ったあと、ようやくツンデレモードが解除されたのか、レオがベッドに近づきながらもそんなことを言う。
そうか、ねむから……え、ねむから?
「……!!! ね、ねむから。ねむから聞いたのか?」
俺は息を呑んで、我を忘れてレオに顔を接近させた。
そんな様子に、レオはやや怪訝な顔をして、
「? ああ、せやで? 確か、家からかけてきてたみたいやけど。電話」
「っ……ねむ、何か言ってたか?」
家についた後ということは、ねむとあんな別れ方をした後ということになる。
あの時のねむの、冷ややかで獰猛な雰囲気は、簡単に忘れられることができないほど恐怖として心に刻みこまれている。
でも、俺を完全に拒絶したねむが、俺の危機をレオに報告した。それは、一体どういうことなのか。
混乱に頭を悩ませてる間、レオは俺の投げかけに律儀に答えてくれる。
「ねむから言われたこと? ただ、カイが頭打ったことと、どこの病院に運ばれたか、聞いただけやけど……なんや、もしやねむとなんかあったん?」
「い、いや……」
今は、これ以上レオに心配はかけられないなと思い、俺ははぐらかすことに決める。
「や、実は、水族館でねむとはぐれてしまってな。ねむが置いて行かれたことに怒ってたらどうしようかと思ったんだよ。はは」
「……その目は嘘ついてる時の目やで? 洗いざらい話してみい!! 友達やろ!!?」
……が、どうやら逃げ切れなかったようだ。
レオに勢いよくベッドに張り倒されそうになり、俺はひなを起こさないように必死にレオを押し返した。
茶髪が揺れ、きりっとした目に見つめられると、嘘をつきとおす気力も湧かなくなる。
そこまでいうならうんとレオに、俺の悩みや苦しみを背負ってもらうことにしよう。
―――友達、と言ってくれたことが嬉しかったから、そんなレオのことなら信頼できるから、なんて理由では決してないことを一応述べておこう。
ともかく、俺はひなが起きないように細心の注意を払いながらも、ねむに起こった出来事を話しはじめた。
話す度に、精神的な辛さで胸が張り裂けそうになったが、レオに事情を話すことがねむを救う一歩であるのには違いない。
だから、俺は思い出せる限りのことを事細かにレオに話した。
「――――てことが、あったんだ。支離滅裂だったかもしれんが……」
「……」
話し終えた時、レオが何も反応しないため、俺は顔を上げてレオの顔を覗き込む。
レオの淡麗な美貌は、怒りに震えていた。
「なんで、そんな……ねむは、それじゃあ……どんな気持ちで、それを……っ」
「……なぁ、いったん落ち着いて……」
「落ち着いていられるかっ!!!」
レオの肩に手を乗せようとした途端、強引にその手を払われ、怒声に眠っているひながぴくりと体を跳ねさせる。
「ぁ……ごめん、オレ……つい、感情的に、なってしまって」
「あ、あぁ……俺こそごめん……落ち着いていられないのは事実なんだ」
レオは俺の言葉に小さく息を吸い、やがてかすかな笑みを浮かべた。まるでそうでもしないと、落ち着いていられないとでもいうように。
「…………」
ねむが俺を拒絶したこと。それは、あの男の発言が無関係だとは思えない。
なにしろ、男と接触する前と後での態度が相反しすぎている。ねむの心を締め付けるものがあるなら、それを早急にほどいてやる必要がある。
そして、そのわだかまりを解けるのは……俺にはあいにく、一人しか思いつかない。
俺は姿勢を正し、横で立ちっぱなしのレオに向き合った。
「レオ。今から、ねむに会いに行って、くれないか? 今のねむには、レオが必要だと思う。俺はこの通り大丈夫だし、その……お見舞い、嬉しかった。ありがとう」
最後は早口になってしまったが、それを聞いてレオは一瞬ぽかんとした。
が、やがて、呆れたような顔をして俺を見るのだった。
「わかった、ねむんとこ、行ってくる。……カイにはやっぱ、敵わんなあ」
「はぁ?」
「じゃあな。また学校で! はよ良くなるんやで!」
何やら不可解なことを言ったあと、レオは駆け足で病室を飛び出していった。
「なんなんだ、あいつ……」
ともかく、今はねむが一番だ。
うまくいくことを祈りながらも、俺はふとひなの方を見てーーー
「…………」
「……べ、別に、ずっと起きてたわけじゃないですからね?」
目をパッチリと開き、俺の手に顎を乗せたひなと目があった。
月が綺麗ですねと学年一の美少女に尋ねられたので賛同したら、なぜか次の日から彼氏認定されてる件。いや、俺何もしてないよな?? なんで付き合ったことになってんの? 未(ひつじ)ぺあ @hituji08
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