第10話 その少女、最強につき
「カイさんおはようございますっ、太陽が綺麗ですね!」
「おお……おはよう、ひな」
――三学期、初日。
久しぶりにリュックを背負い、靴を履き、外に出る。
と、当然のようにしてひなが玄関で待っていて、安心しながらも俺は片手を上げた。
初詣から、約一週間。今日までお互い予定が合わなかったりして、一週間ぶりの再開だ。
と、ひながもどかしそうに両手を広げた。
「はやくはやく、カイさん、ぎゅーしてください!」
急かされるがままに駆け足になり、俺はひなを胸に抱く。
久しぶりのぬくもりを心地よく感じながらも、俺はその時間を堪能する。
「久しぶりの、カイさんの香り……大好きです」
「俺も、ひなの香りが好きだ」
「えへへへ……」
ひなが嬉しそうにして表情を崩し、俺の手に指を絡めてきた。
ちなみに今日のひなは、美しい銀髪をツインテールに結んでいる。いや、かわいすぎるだろ。愛くるしい。
「髪、触ってもいい?」
「て言いながらも、もう触ってるじゃないですか! 全然いいですけど!」
俺は結ばれたツインテールに触れ、その綺麗な髪に顔を埋める。
ひなが、照れたようにして声を出した。
「い、いきなり、どうしちゃったんですか?」
「ひな不足」
「なるほどお」
私もカイさん不足です、と言いながらも、ひなが俺に抱きつく。
そんな甘い空気に包まれていると、どたたたたっ、と玄関の方で音がした。
「……??」「まさか……」
「ご、ごめんねぇっ、邪魔しちゃって!」
「二人がかわいすぎてつい……」
――最悪だ。
玄関では、両親がすっ転びながらも、顔を紅潮させていた。色んな意味で恥ずかしいわ!!!
「えっ、えっと、お世話になってます、カイさんの彼女の月野ひなのです……!」
と、目を白黒させながらも、ひながぺこりと頭を下げた。
「おおお、ひなのちゃん……」
「こちらこそ、うちのバカ息子がお世話になって……」
「おい、愛する息子だったんじゃないのか」
感動で涙を流す親を交互にみやっていると、ひながはにかんでみせる。
「なんだか……凄い家族なんですね」
「ひなの家族の方がやばいと思うが……」
お金持ち。兄がヤンキー。メイド付き。それに、超絶かわいい娘。
こういう家族のことを『凄い家族』というのではないだろうか。
と、ひながスマホを覗き込み、顔を青ざめる。
「まずい、時間が大変ですっ!」
「ひなのちゃん、どうかカイをよろしくねぇ!!」
「よろしく頼んだ、我らのかわいいひなのちゃん!!」
「俺のかわいい彼女の名前気安く呼ぶない!!」
「嫉妬してくれるカイさん……嬉しいです……」
俺はなぜか照れるひなをぐいぐいと押し、学校へと向かった。
★
――学校が始まり、太陽が西へと傾き始めた、数時間後。
「次は委員会ですよー、カイさん!」
どうやらこれから委員会活動があるらしい。
俺は廊下から響くひなの声で、よろりと立ち上がった。
「ああ、そうだった……」
「そーです! 一緒に行きましょう!」
がらりと教室の扉が開き、俺はひなに手を掴まれ、委員会が行われる部屋に向かう。
ちなみに、俺の教室には友達がいない。なんて寂しい文だ。
だから、今日学校で何をしたか、と尋ねられると、「知らないクラスメートの落とした消しゴムを8回くらい拾った」「知らないクラスメートにノートを貸してやった」「花瓶の水を変えた」「折れていたチョークを補充した」「休んでいた人の机を軽く拭いた」くらいのものだ。いつも通りってやつ。
そんなつまらない生活の中、ひなという存在は、俺の人生の花と言っても過言ではない。
「委員会、カイさんと一緒で良かったです……一緒にいられる時間が少ない中、こういう時間は幸せですね!」
ひな補充。
俺は、ひなの頬をむにっとつまみながらも、二、三度頷く。
「むう」
「ああ、生き返る……」
「カイさんが花なら、私は水か何かですね!」
「花か……」
「私にとって、人生の花は、カイさんです!」
俺を花と例えてくれたことに幸せを感じ、同時に一生懸命言い切るひなが愛おしくてたまらなくなる。
「ひな」
「はい?」
「大好き」
「私もです!」
いちゃつきながらも俺たちは、『代表委員会』という札がかかった教室へと入った。
そして、視界に入ってきた人物に、目を見開く。
「「……あれ?」」
「わあ、初詣のひとたちだあ」
「久しぶりやなあ!! 代表委員、よろしくな!」
初詣で出会った二人――ねむとレオに出くわし、俺たちはぽかんとして固まった。
「おっ、同じ委員会でしたっけ……?」
全く覚えがない。代表委員のメンバーはだいたい把握しているつもりだが、その中に二人の顔は含まれていない。
俺たちがしばらく硬直していると、レオがにかっと笑いかけてきた。
「それがな、他の委員内で、異動があったみたいやねん。転入生とかおって」
「で、その流れで、れおれおとねむが代表委員に異動させられたんだあ」
「な、なるほど……」
「ええーっ、カイさんが異動じゃなくって、本当によかったです!!」
ひなが俺に抱きついてきて、教室に集まってきていた代表委員たちが顔を赤面させる。
「おお、ラブラブやなあ」
「だねえー」
「ええーと……」
「んう……」
俺たちはその言葉にどうも照れてしまい、もじもじとし始める。
「わあ、もじもじしてるのもかわいいよねえ」
「初々しくてええなあ」
「ちょっと照れるので、やめてください!!」
ひながばたばたと手を振り、するとレオがきらきらと目を輝かせる。
「かわええなあ、こんなにかわいい彼女なんて羨ましいわ!」
「おい、俺の彼女に手を出したら許さないぞ?」
「じょーだんに決まってるやろ……」
呆れたようにしてレオが視線を投げてきたが、気にせず俺はひなの頭に手を置き、ぽんぽんを繰り返す。
「頑張れよ」
「はいっ!」
ひなは生徒会長のため、前に立ってリードしなければならないのだ。
ひなは、他の代表委員が集まるのを待ち、みんなが揃ったことを確認すると、ようやく口を開いた。
「では、全員集まりましたね。早速、第13回、代表委員会を始めたいと思います」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
代表委員の皆はひなを崇拝しているから、ずいぶんと扱いやすそうだ。噂によると、ひな狙いで代表委員になる人もいるらしい。許すまじ。
と、ひなは声のトーンを急に下げた。
「ではまずはじめに、謝罪です。前回の全校集会で、その場に相応しくないような告白をしてしまい、ごめんなさい」
一気に視線が俺に集まる。
「でも、これは嘘じゃありません。カイさんと私が付き合っているのは本当なので、よろしくお願いします」
それも言うのか……と、ひなのメンタルに感服しながらも、俺はひなを見上げた。
ひなは、恥ずかしそうに俺を見つめてくる。
「……」
「……はっ」
甘い雰囲気に呑まれそうになる中、はっとしたようにして顔を上げ、ひなは議題を進め始めた。その際にツインテールがふわりと空を舞い、思わず皆が感嘆の息をつく。
ひなが話を進めるおかげで、話し合いは滞りなく進む。
「すう……」
不意に、隣の席からそんな息遣いが聞こえ、俺は少し眉をひそめる。
寝息に聞こえたが……まさか……。
「すう」
「いや寝てる……!?」
がばっと横をむくと、机に頬をつけ、ねむが気持ちよさそうに仮眠をとっていた。
「鋼のメンタル……」
「すうう……ふあぁ……」
不意に、ねむは顔をこちらに向け、綺麗な寝顔を晒した。
さらさらと、金に近い髪が頬からこぼれ落ち、ねむの耳をあらわにする。
――そこで、俺は信じがたいものを見て、軽く五度見はする。
「……は、ピアス空いてね……??」
耳についたイアーカフに、無数のピアス。
……このゆるゆるふわふわな容姿に対して、ピアスだと? てか、校則違反だぞ?!
と、ちょうど、見回りの先生がねむの横を通ろうと近づいてくる。
……これ、まずくね?
お人好しの顔が出てか、俺は気づけば手を伸ばして、ねむの髪の束をつまんでいた。そして、耳を覆うようにして髪を持ち上げる。
「これでよし」
「なにがいいんですか!!」
びくっとして前を向くと、ひなが進行中だというのにも関わらず、頬をぷくうと膨らませ、俺を睨んでいた。
「他の女子に触っちゃダメです!! なにしてるんですかーっ!!」
「ちょ、今委員会中……」
「委員会に、なにいちゃいちゃしてるんですかって話ですー!」
「月野さん、議題を進めて」
「はい……」
先生に注意され、ひなは慌てて黒板に向き直る。
「ねえ、かいくん」
固まっていると、くいっと制服の裾を掴まれ、俺は横を向く。
と、寝ていたはずのねむが、俺をじっと見ていた。
「さっき、ありがとぉ」
「い、いやあ……」
起きてたのか、気まずっ……。
「かいくんって、誰に見られてなくても優しんだあ」
「い、いやいや」
と、ねむは目をとろんとさせ、やがてすうっと眠りの世界へと行ってしまう。マイペースなやつだ。
なんてしていると、委員会の時間が終わり、ひなが終わりの号令をかける。
「これで第13回代表委員会を終わりますありがとうございました、カイさあんっ!!」
そして、雑に挨拶を済ませるなり、俺の元へ一直線に詰め寄ってきた。
「わお、落ち着け!」
「なんでねむさんの髪の毛に触れて、プラス寝顔を眺めてたんですか!」
「いやいやいや、違うんだあ!」
「なにがですかっ!!」
俺が慌てて説明すると、しばらくして、ひなが納得したようにして頷いた。
「なるほど……ねむさんの、校則違反であるピアスを隠そうとした、と……さすがカイさん、そういうところも好きです!」
「機嫌がすぐ変わるな……」
「だって! カイさんが紛らわしいことばっかりするからです!」
「それはごめん……」
「許します!」
なんてバカップルぶりだ。おかげで、委員たちが顔を真っ赤に染めているではないか。
「じゃーカイさん、家に帰りましょう! 授業も終わりましたし!」
「そうだな」
と、レオが俺たちに軽く手を振った。
「ほんならな、月野さん、カイ!」
「じゃあな、あと、寝てるねむによろしく」
「おきてるってばあ」
「じゃあおやすみなさい、ねむさん」
「もうねないってばあ!」
俺たちは二人に別れを告げるなり、甘く手を絡め、校舎から出た。
「カイさん、もう紛らわしいことはしちゃダメですからね!」
「わかったよ」
「したら、私、嫉妬します」
「存分にしてくれ」
「ええぇ! 酷いです!」
なんて話していると。
――ドンっ!!!!
「か、カイさあん!?」
急な腹部への衝撃に体が吹っ飛び、俺は数メートル宙を切って、地面に叩きつけられた。
何が起こったのかわからず、俺はただ視界をチカチカとさせ、腰から伝わった激痛に歯を食いしばる。
霞んだ視界に、ざ、と足が見える。
俺は、固まったまま、なにもすることができない。
「よお、月野さんの彼氏さんとやらよお」
「月野さんの彼氏になったと、調子こいてるヤツがいるというから来てみたんだが……本当だったみてェだなあ」
「さて……挨拶が必要みてえだが、どうしてやろうか」
「カイさんっ!!」
ひなの悲鳴。
俺が動けずに固まっていると、巨大な体をきしませ、大男たちが俺を見下ろした。
多分、大学生くらい。体は筋肉で覆われ、金髪もしくはスキンヘッド。ピアスは数えられないほど開いている。
……これ、詰んだ。
「ああぁ……」
「月野さんは、昔からオレらのアイドルだったんだ」
「つまり……どこぞの馬の骨かわからん奴に、月野さんは渡せねェんだ!!!!!」
怒りをあらわにし、ずんずんと近寄ってくる大男たち。
「「「いっぺん死んでこいやあぁぁあ!!!」」」
そう雄叫びをあげ、大男たちが拳を固め、俺に振り下ろす―――
「……いっぺん死ぬのは、あなたたちだよお?」
――どごおおっ。
大男たちが吹っ飛び、地面に叩きつけられ、砕ける音。
「……え?」
俺は、固く閉じていた瞳を慌てて開き、
「だいじょうぶだったあ?」
「……ね、ねむ……?!?」
顔を上げると、短いスカートをひらひらとさせながらも、ねむが俺に右手を差し出していた。
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