第9話 初詣と彼女と同級生


彼女と初詣。



なんというパワーワードだと、俺は神社の前で、感動のあまり顔を覆う。



「カイさんったら照れちゃって……でもクリスマスだけじゃなく、初詣も一緒なんて、最高ですね!」



横でほほ笑む着物姿のひな。





――これはカウントダウンを家族と終えた後の出来事だ。


年明けと共にぴこん、とスマホが鳴り、俺は眠い目をこすりながらもスマホを開いた。



〈カイさん、あけましておめでとうございます!〉



目が完全に覚めた。俺はがばっと身を起こし、スマホを両手に握りしめる。



〈あけましておめでとう〉



慌てて送ると、ひながかわいいスタンプを送ってくる。ねこが嬉しそうに目をキラキラとさせているスタンプ。


同じように目を輝かせているのだろうひなを思い浮かべ、勝手にきゅんとする。かわいすぎるだろ。



「なあに、友達?」



と、年越しそばの器を洗いながらも、にやけた俺の顔を見てか、母がにやにやと尋ねてくる。



「……まあ、そんなとこ」

「うそお、私の愛する息子に友達なんていたの? どうせ嘘でしょー?」

「それ、愛する息子に言う事じゃないから……」



と、なにかの番組の年明けスペシャルを見ながらも、父がこちらを見る。



「カイは人に優しくしまくってんのに、友達が少ないとかなんとか……もったいないやつだ」

「い、いつそんなことを……」

「ま、パパ友情報ってやつだ」



怖い。怖すぎる。


ママ友情報も怖いが、それ以上にパパ友情報も侮れないことに震える。



「まあまあ、友達できたんならいいじゃなーい」

「それもそうだなあ」



……彼女なんですけどね!! それも、とびっきりかわいい!!


と言いたいのをぐっとこらえていると、スマホが通知音を発す。



〈あの……今日の昼って、暇ですか?〉


〈もちろん暇〉



俺が三秒もたたずして返信すると、しばらくして、画面に新たな吹き出しが現れた。



〈もしよければ……一緒に初詣、行きませんか?〉



俺に断る理由があっただろうか。


俺は〈いくぅっっ!!!〉と誤解されかねない言葉を連打し、そして、ものすごい勢いで部屋に戻る。


ひなじゃないが、何度もずっこけそうになりながらも、階段を駆け上がった。



「あらーあ、もう寝ちゃうの? なにか嬉しい事でもあったのー?」



と、母がのんきに階段の下から声を投げてくる。



「うん、とびっきりの。明日初詣に、かの……こほん、と、友達と、行ってくるから!」

「そうなのか? じゃあ俺は、ママと二人で初詣デートでもするか!」

「あらやだパパ、そんな……しましょ♡」



頼むから、鉢合わせだけはやめてくれよ。あと、いい年していちゃいちゃしないでほしい。



まあいい。俺は幸せなんだから!!!


俺はベッドに飛び込み、幸せな妄想をしながらも、眠りについた。





――そして、今に至る。


愛らしさを存分に秘め、ひなが俺の袖を掴み、ぴょんぴょんと跳ねた。



「で、でで、カイさん! ……彼女のかわいい着物姿に、なにかコメントどうぞ!」

「かわいすぎて涙でそう」

「やだカイさんったら……」



端から見たら、俺たち相当のバカップルだな……なんて思いながらも、俺はひなをじいっと眺めまわす。


着物は、薄い空色に、ぱっとちりばめられている紫色の朝顔の柄。

麗しい銀髪は、着物に合わせてか、藤色のクリップでお団子にとめている。え、尊。



「でも、まさかカイさんが着物を着てくるなんて思ってなかったです! かっこよすぎて、涙でそうです……」



これは、母に無理やり着せられて……という前に、ひなが下駄をぱたぱた言わせながらも走り始めた。



「早く早く、屋台もありますし、お守りも買わないと!」

「おい、前に気を付け」

「んきゃああっ!?」



言わんこっちゃない!

ひなが盛大に転び、俺は慌ててひなを救助しに向かう。



「うぅー……」

「怪我は……って、血、出てるじゃないか!?」



ひなが着物を捲し上げ、透き通る足をさらけ出す。


と、蛍光色の真っ赤な血がひざから溢れ出していた。

俺たちは地面にしゃがみ込み、さああっと青ざめる。



「ど、どうしよう、絆創膏……持ってきてない……」

「私もあいにく……うぅう……私、ここで死ぬのでしょうか……」

「ひな……っ!」



それは、それだけはー……っ!


俺たちが目尻に涙を浮かばせて抱き合っていると、不意にぱた、と下駄の音が響いた。



「だいじょうぶー? 絆創膏、あげようかぁ?」

「「……!!!」」



同時に顔をあげると、そこには、一人の少女が立っていた。


見たこともない少女。

多分、年はそれほど変わらない。眠そうな目をしばたかせながらも、少女はひなを見る。



「え、えと……」

「絆創膏、いらないのぉ?」

「あっ、は、はい、ください!」



少女はどおぞ、と言って、絆創膏をひなに手渡す。

ひなが応急処置を済ませると、俺たちはほっと安堵の息をついた。



俺は、救世主でもある少女に頭を下げる。



「こいつを助けてくれてありがとう」

「助けるなんておーげさなぁ。ねむは、当然のことをしたまでだよお」



ブラウンがかった瞳をとろんとさせ、少女が軽く首を振る。その拍子に、ショートボブがゆるゆると揺れる。


彼女は、俺より頭一つ分小さいくらい。ほとんどの人が着物の中、だぼっとしたグレーのパーカーは随分と目立っている。


さらに無意識だろうが、萌え袖が萌えまくっている。


それに、童顔ってやつで、美人というよりかはかわいいと言ったところ。肌も綺麗で、全体的に整っている。眠そうな感じも、謎にマッチしているのが不思議だが。



「なあに、ねむのかお、じいって見つめて」

「げ、い、いや」



じろじろと観察していると、かわいらしい顔を少しだけ歪め、少女が俺を見た。



「どーゆーことですか、浮気は許しませんっ!!」



次にひなに詰め寄られ、俺は絶望する。まさかの修羅場。



「い、いや、違って……」

「どう違うんですかーっ! 私以外の顔をじろじろ見ちゃ、ダメなんです!!」

「ねむ、なんかまきこまれてるー」

「とにかくカイさんは浮気罪です! 償ってもらいます!!」

「だ、誰かー!!」



ひなの圧に、そう悲痛な声を上げた時。




「ねむ!! お前、こんなとこおったんか!!」




――救世主が現れた。


俺たちが慌てて振り返ると、息を切らした少年が、少女の腕を掴んでいた。



「ほんま頼むで、急におらんくなるんやから……て、この人たち誰?」



関西系イケメン、現る。

茶髪に、元気そうな、人懐っこい瞳。陽キャ一軍ってとこだ。


と、ひなが戸惑いながらも口を開いた。



「あ、あの、この方に命を救ってもらった者です……」

「はあ……ねむ、えらいことしたんやなあ」

「身におぼえはないよお」


「とりあえず、こいつを保護してくれてありがとな!」

「「は、はあ……」」



俺たちがぽかんとしていると、関西イケメンはにかっと笑った。



「オレ、レオゆうねん、高校二年や。で、こいつが、ねむ。同じく高校二年」

「れおれお、勝手になまえいわないでよお。べつにいいけど」


「私たちも名乗ったほうがいいのでしょうか……?」



ひなの問いかけに、俺はあいまいに頷く。この状況で俺らが名乗らないと、ただの嫌な奴らになってしまう。それだけは勘弁。



「ああ、そうだな……こほん、俺はカイ。同じく高校二年」

「私は、月野ひなのって言います! 同じく高校二年生です」



「……カイ、それに月野ひなの……ああ、もしかしてやけど、全校集会で騒いでたやつらか?」


「「おな校!?」」



俺たちが目を見開いていると、ねむと呼ばれた少女がこくんと頷く。



「そおだよおー。全校集会も見てたよお」

「お、おおおおおお……」



恥ずかしすぎる……俺が顔を覆うと、ひながむっと顔を寄せてくる。



「なんですか、嫌なんですかー?」

「嫌なわけはないけど……恥ずかしい……」

「いーじゃないですか、私たち、付き合ってるんですし!」


「ええなー、らぶらぶ羨ましいわー」

「れおれおきもちわるい」

「ねむは黙っとれ」



てか、呼び方普通にかわいいな。ひなにも『かいかい』と呼んでもらうか……いや、自分がきもいわ。



「かいかい、どうしたんですかー?」

「頼むから心を読んでくれるな」



ひなが俺を見てくすくすと笑う。と、少年――レオが、急にぱあっと顔を輝かせた。



「なあなあ、せっかくの縁なんやし、これから一緒に回らん? 屋台もあるっぽいし」

「おぉ……一緒に?」

「でーとのじゃまだよ、迷惑だよれおれお」

「ええやん! ダブルデート、てことで!」

「ねむとれおれおは付き合ってない」



付き合ってないのか……という目を向けていると、「幼馴染や」とレオが教えてくれる。



「俺はいいんだけど……」



ひなに視線を投げると、ひなが悩んだようにして俯いた。

やがて、決心したようにして顔を上げた。



「わ、私、どうしてもカイさんと二人で回りたいです……ご、ごめんなさい!」

「ほらやっぱりい」



ひなが申し訳無さそうにしてレオを、そして俺を見上げる。


……何だこの生物、かわいすぎるぞ!! 上目遣いは禁止! 禁止!!



と、レオが残念そうにして目を伏せた。



「そっか、残念やなあ……じゃ、お二人さん、楽しんでな! また学校であった時はよろしくさん!」

「よろしくねえー」



「本当にごめんなさい! そちらも楽しんでください!」

「じゃあな」




二人の姿が人混みに消えた後、ひながこっそり俺の耳に口を近づけた。



「ねむさんに、カイさんを盗られたくなかったんです……」




ごめん。きゅんが爆発した。









「カイさーん、これ、これ! りんご飴食べましょう!」

「しょーがないなあ」



屋台が並ぶ道へ出ると、早速ひながはしゃぎ、りんご飴を買いに行く。



「俺が奢る」

「ダ―メです! っあ、ああぁっ!?」

「これ二つください」



ひながなにか言う前に二つ買うと、ひなを近くのベンチに誘導する。



「ん、も、もう……あ、ありがとうございます……」

「いーよこれくらい」



ひなにりんご飴を渡すと、ひなはぱあっと嬉しそうにし、ぱくっとりんご飴をかじった。



「んーっ、んんんー!」



はしゃぐその姿があまりにもかわいかったので、俺はひなの額にキスを落とす。



「んんんんんんーっ!?!?」

「どうした?」



いたずらっぽく笑いかけると、ひながようやくりんご飴を飲み込み、顔をかああっと赤らめた。



「ドキドキするの知ってて、き、ききキスをするのは、反則ですーっ!」

「かわいいから?」

「んううーっ!!」



ひなはばたばたと立ち上がり、「い、行きましょう!!」と言って駆け出す。ひなが転びそうになり、俺はそのたび焦る。



「おい、りんご飴は食べないの?」

「あ、歩きながらだって食べれます!」

「ひなの場合、転びそうで不安すぎるんだよなあ……迷子とかもあり得るし」

「ばっ、バカにしてますか!」

「してない、ならこうしようと思って」



俺はひなの手に指を絡め、歩調をはやめる。



「これではぐれないし、転ばないな?」

「~~~~っ、き、今日のカイさんは、ダメです!! 全然、全く、ダメですっ!」

「何がだよ?」



と、ひなは赤い顔のまま話を逸らし、「あ、ありました、ここです!」とある店に向かって駆け出した。



――『お守り』。

そうかかれた張り紙に、ずらっと並んだ人たち。



「……お前、お守りほしいのか」

「はい! カイさんはここで待っててください!」



そういうなり手を解き、ひなはぱたぱたと店に向かってしまう。



暇になり、ふと周りを見渡すと、謎にキスをしているカップルが多くて俺は慌てて下を向く。


そのままその場で固まっていると。


――がささ、と近くの茂みが音を立てた。



「か、カイが……」

「ま、まさかの、女子……」

「もしや、これって、かか彼女……?!?!」



俺は嫌な予感に包まれ、ゆっくり茂みに近づく。



「……何やってんの」

「「わっわわわ、か、カイっ!??!」」



案の定というか、そこには、俺の両親が隠れていた。



「ごめんなさいっ、カイの友達がどんな人なのか確かめたくってぇ……!」

「そしたら、めちゃくちゃ美少女……これは、彼女なんだろう!? なあ!?」



責めるべき立場の俺が、逆に責められてる。なんだこれ。



「……まあ、そ、そうだけど」


「「や、やっぱり……!!!」」


「あの……頼むから、尾行みたいな真似はやめてもらえると助かる」



俺が冷ややかな視線を向けると、頭に葉っぱを乗せながらも、二人が焦ったようにして頭を下げる。



「そっそうよね、ごめんね、もうやめるわ!」

「おめでとう、彼女とハッピーライフを送れよ!! ひゅーひゅー!!」



「カイさんっ、買ってきましたー!」

「んげっ、お、おう」



慌てて駆け寄ってくるひなに向き直りながらも、俺は後手で『帰れ』と手を振ってみせた。知られたとはいえ、あまり見られたくない。



と、何も知らずに、ひなが無邪気に手を出してみせた。



「これ、なんですけど……はい、どーぞ!」

「お、俺の分まで!?」



手のひらに乗せられた、小さな紺色のお守りに、俺はぽかんとする。



「はい……これ、実は、縁結びのお守りなんです」

「えんむすび……!」

「はい……私が、このピンクのやつです! ここの神社のお守りは効くという噂なので、どうしても買いたくって……だから、先程レオさんとねむさんの誘いを断った、というのもあります」

「でも……わざわざ二人になる必要あるのか?」



すると、ひながもじもじとし始めた。



「えーと、その……お守りを持った同士で、き、キスをすると……永遠に付き合っていられるらしい、んです。だから」

「だから?」



わざと聞き返すと、ひながわたわたと両手を振り、顔を赤く染める。



「だ、だからっ……き、キス、してほしいです……!!」

「よく言えました」



「んっ……」



俺はひなの肩を優しく抱き寄せ、唇を奪う。

もちろん、片手にお守りを握りしめたまま。




しばらくして唇を離すと、ひなは照れたようにして俺を見上げた。



「これで、永遠に付き合っていられるんです、ね?」

「このミサンガもあるしな」



俺が腕をまくり、ミサンガをみせると、ひながますます照れたようにする。




「じゃ、行きましょうか。屋台とか、ぶらぶらしたいです!」

「それいいな」












「きっ、きききききすしてたわよあなたああっ!!!!」

「みたぞおおっっ、か、カイが、キスをお!!!!!」



その後茂みの中で、カイの両親が、興奮して顔を赤らめていたのだが、あいにく二人は気付くこともなかった。

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