第8話 最高のクリスマス


「泥棒ですっ!! 誰か!!」



声の正体は、明るい茶色の髪を三つ編みした、同い年くらいの女の子だった。

その先に、黒の印象を受ける男が、バッグをひったくって走っているのが確認できる。



「どっ、泥棒ですって、カイさん!」

「よし、行ってくる」

「わ、カイさん!?」



俺は羽織っていた上着をひなに投げ渡すと、全速力で男を追いかける。



いやお前走れんのかよ、と思ったそこの君。


それが、走れるんだな!! どや!!



このような事件が起こり誰かが悲しまないように、俺は毎日一日も怠らず、ランニングに勤しんでいたのだ!


当然、俺は余裕で男に追いつき、ひょい、とバッグを掴み取る。



「なっ!?」

「これ、返してもらうから。あと……」

「うぉっ!?」



ついでに足を引っかけてやると、すかっとするくらい派手に転ぶ男。



「よし、成敗完了」



最後に柔道技で締め上げながらも、俺はふうと一息つく。



さて、どうするか……人込みから随分離れてしまった。

まず、あの女の子はどこへ?



不意に、ととと、と小さな足音が響き、俺ははっとして振り返る。



「あ、ありがとうございます、私のバッグを取り返してくれて!」

「お、あ、あなたは……」



先程の少女だろう、おさげをぴょんぴょんと跳ねさせながらも近寄ってくる少女を、俺はついまじまじと眺めてしまった。



エメラルドグリーンの透き通るような瞳に、綺麗に結われた茶髪。


もちろんひなには勝らないが、かわいらしい童顔の持ち主だ。

に、と微笑む表情からは感情が読めず、ふと俺は首を傾げた。



茶髪に、エメラルドグリーンの瞳。


――俺は、この子と、どこかで……。



そんな俺を見て、少女は不思議そうに頭を傾げながらも、手を伸ばしてきた。



「財布やスマホも入れていたので……本当に助かりました!」

「い、いえいえ」



慌ててバッグを渡すと、少女はバッグをごそごそと漁り、スマホを取り出す。



「とりあえず、警察呼びますね!」

「ああ……忘れてたわ」



ようやく男の存在を思い出し、俺はもがく男を軽く手刀であしらう。



「ぐえ」

「本当に扱いやすいな……」



もっとなんかこう……武器とか使ってきそうだし、反撃してきそうなものだけど。


どうやら、俺が地道に鍛えていた努力が実を結んだらしい。



「か、カイさんっ……!!」



と、今度はどたどたと足音を響かせ、ひなが姿を現した。



「えと、この人は……」



目を丸くして固まる少女。と、警察が電話に応答したのか、少女はすぐにスマホに向かってしまう。



「よかった、よかったあ、死んじゃったらどうしようかと……」

「ちょ、泣くなって!!」



目に涙をため、顔を胸に押し付けてくるひな。俺は頭をなで、ひなが落ち着くのを待つ。


泣くほど心配させて申し訳ない……もっとひなにも気を配っておけばよかった。

俺はひたすらひなの背中をさすり続ける。



「……大丈夫か?」

「ん、カイさん……」



しばらくするとひながゆっくり顔を上げ、心なしか赤くなっている自分の頬を指してみせた。



「私を心配させたお詫びに! ……ほほ、ほっぺに、ちゅーしてください……」

「ちゅ、ちゅう!?」



なぜ!? ち、ちゅー、だと!?

慌てる俺を見て、涙を浮かべながらもひなが詰め寄ってくる。



「カイさんに拒否権はないです! 心配しすぎて、死んじゃいそうでした」

「わっ、わわ、わかったよ……」



俺が慌ててひなの頬に顔を近づけると、肌から離れていても、ほんのりとぬくもりを感じる。


俺は思い切って、ひなの柔らかい頬に唇をつけた。



吸い込まれる俺の唇。や、柔らかい……女子のほっぺって、こんなに柔らかいものなの!?



「んひゃっ!?」

「ごごごめん!?」



ひながびくっと体を震わし、俺は慌てて身を離す。



「ほ、ほんとにしてくれるなんて……っ!?」

「え、ほ、本気じゃなかったのか!?」

「やっ、本気でした、けど! 本当にしてくれるとは思ってなかったんですよお……!」




「……そろそろ警察がくるそうです」

「「ひゃっ!!!?!」」



少女がじとっとした視線を向けてきて、俺たちはばっと離れるなり、せわしなく視線を動かす。



「も、もうっ、カイさんのバカ……!」

「おいおい、誰がバカだって?」

「夜間カイさん、あなたです!」

「なんだとー?」



「……よるま、かいさん??」



少女がそう、小さくつぶやいたことに気づかずに、俺たちはわあわあと他愛のない会話を続けていた。




――やがて警察が来て、男を連行、事情聴取をその場で簡単にされる。

それが済むと、警察は男を乗せ、パトカーに乗って去っていった。



「なんか……あっという間だったね……」

「だな……さすが警察」



俺たちはデートを再開させようとし、その場に残っていた少女に声をかける。



「じゃ、スリには気をつけて」

「イルミネーション楽しんでください!」



「…………」



少女は何も言わず、ただ俯いている。



「……? じゃ、な」



そう言っても何も返してくれないため、とうとう諦め、俺たちは手を振って足を進めた。



俺たちは人混みに入り、イルミネーションを一望できるベンチをゲットする。



「私たち、ラッキーですね! こんないい場所をゲットできて」

「ああ、これはひなの運のおかげかな」

「カイさんの運も合わせて、です! 今日は幸せな日ですね」



そう言うと、こてん、と頭をもたれさせてくるひな。

俺ももちろん、首を傾け、ひなに密着する。



はあ……こんな幸せなことがあっていいのか……。




「あ……そうだ」




不意にひなが声を出し、ポケットに手を入れ、何かを取り出した。



「あのぅ……クリスマスプレゼント、作ったんです。う、受け取ってください……!」

「ま、まじで?」



やばい、何も用意してなかった……! と焦る俺を見透かしたようにして、ひながくすりと笑う。



「どうせ、カイさんは何も持ってきてないんでしょうけど?」

「ごっ、ごめん……」

「嘘です嘘です! 私には、カイさんという存在が、何よりも嬉しいプレゼントですから」



そう照れながらも言い、ひなは、握りしめていた拳をゆっくりと開いた。



「み、ミサンガ。初めてで、うまくできなかっ……わふうっ」



かわいさに思わずひなを抱きしめると、ひなは慌てたようにして手をばたばたさせる。



「なっ、ど、どうしたんですか、急に」

「いや、かわいすぎてつい」

「なんですかそれ!」



俺は照れながらも、ひなの手からミサンガを受け取る。



「これ、私の分も作ったので……お揃いですね!」

「お揃いか……今日はずいぶんとお揃いが増えたな」



ミサンガは、クリーム色、水色、黄緑で丁寧に編まれていた。


ところどころ飛び出したり絡まったりしているが、ひなが一生懸命俺のために作っているのを想像すると、愛おしくてたまらなくなる。



「ありがとう……一生つけとく」

「一生ついてたら、願いが叶わないじゃないですか!」

「確かに……」



なら、最高の願い事を込めなければ。



「……どんな願い事をするんですか?」

「なんだと思う?」



わざと聞き返すと、ひなが顔を真っ赤にさせる。



「そ、そんな……いじわるです……」


「答えは、『ひなとずっと一緒にいられますように』」

「私も、『カイさんとずっといられますように』です」



俺たちは熱く見つめ合い、これまでで三度目の甘い空気が、俺たちを繋ぎ止める。



今度こそ、俺たちを遮るものは、何もない。


じりじりと顔の距離を縮めていきながらも、ひなが小悪魔な笑みを浮かべた。



「……今度こそ、止めちゃダメですよ?」

「ひなこそ」




そう、軽口を叩きながら。


俺たちは唇と唇を、ゆっくりと重ねた。







――三秒が経過し、それは人生で一番甘い三秒で。



俺たちはゆっくりと顔を離し――




「か、カイさん、顔真っ赤ですよ!!」

「そういうひなだって、耳まで真っ赤だ!」




お互いの真っ赤になった顔を笑い合いながらも、俺は幸せを噛みしめる。


ひなは幸せそうに、人差し指で唇に触れながらも、甘く微笑んだ。




「これからもいっぱい、キス、しましょうね?」

「もちろん」



ひなは嬉しそうに、俺の頬に唇を重ねる。




「ずっとずっと、大好きです」

「俺も、ずっとずっと、大好きだ」






俺たちは、人生で初めての、そして最高のクリスマスを過ごしたのだった。










「ゆる、さない」



そんな二人を見て、エメラルドグリーンの瞳をぎらつかせる少女の姿があったことに、当然二人は気づかなかった。

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