第7話 脱・クリぼっち
――今日、12月24日。
学校が冬休みを迎え、早々に来るイベント。
この日を、クリスマスイヴと呼ぶ。
または、リア充が爆発する日。
これまでの俺は、当然クリボッチ。外からうっすらと聞こえるクリスマスソングも聞きたくなくて、耳栓デーと勝手に名付けて、耳栓とのクリスマスを過ごしていた。
全国のリア充たちに申し訳ないと思いながらも、これだけはどうしても呪いざるを得ないイベント。
『リア充爆発しろ』と、去年の今日の日記には殴り書きされている。
……だったのだが。
リア充舞い上がれ――と初めて思った、今年のクリスマス。
なんと、横にいるのは耳栓ではなく、最高級にかわいい、愛しの彼女だ!
「んふふ、クリスマスデート。最高ですね、カイさん!」
マフラーに顔をうずめ、ひなが冷たい手を絡めてくる。
「ああ、最高すぎる」
俺も、ぎゅっと手を握り返した。
★
人生一度も来たことがなかった、クリスマスの勝ち組のみが来る、イルミネーション祭り。
辺りはリア充で溢れかえっているが、俺の心は不思議なほどに穏やかだ。
と、ひなが嫉妬の瞳を向けてくる。
「かわいい女の子探しちゃダメですよ? 一番大好きなのは……」
「ひなだよ、もちろん」
「うふっ……大好きです!!」
そう言ってぴょんぴょん跳ねるひなは、もこもこぶかぶかの真っ白なセーターに、チェック柄のミニスカート。タイツを履いていて、足のラインが強調されている。
それにその上から、思わず抱きしめたい衝動に駆られるような、クリーム色のふわふわなアウターを羽織っている。フードにはくまの耳がついていて、癒しでしかない。
髪型はゆるくハーフアップにしていて、桃色のシュシュでまとめている。
そして、赤く染めた鼻と頬。
――総計、かわいいの一文字に尽きる。
「カイさん、今日もかっこいいです、ぎゅーしていいで……わふ」
全てを言い切る前に抱きしめる。ふわふわとひなの柔らかさとぬくもりを感じ、辺りは寒いはずなのに、あたたかい。
「もー、カイさん不意打ちずるい!」
「やり返したかったらしてみたらどうだ?」
「挑戦的ですね、むう!!」
ひなの頭をなでて謝罪の意を表すと、ひなはすぐにへにゃと表情を崩した。
「じゃー、まず初めに、ショッピング行きましょう! ショッピング!」
「おおう、そうはしゃぐなって……」
「だってー、人生初めてのクリスマスデートなんですもん! 楽しみにしてて、昨日寝れなかったんですー!」
ひなは照れたようにして笑うと、俺の手を繋いだまま、ショッピング街を歩き始める。
「あの
「銀髪目立つね、ほんとかわいい。モデルか?」
「ねえあんた、私の前で浮気しないでよ!」
「してねえよ!」
「嘘、めっちゃ見てたじゃん!!」
「手つないでるのって……まさか彼氏? なわけないか」
「声かける?」
人込みの中に入ると、当然のようにして視線を浴びるひな。そりゃそうだ、絶世の美少女だからな。
視線が気に食わなく、俺はひなを隠すようにして抱きしめる。
「んわう、急にどうしたんですか? ……まさか嫉妬?」
「まあそんなとこだ」
辺りに見せびらかすようにして、俺はひなを強く抱きしめる。
すると嬉しそうに、ひなはいたずらげな声を出す。
「カイさんに嫉妬してもらえるなんて、こんな嬉しいこと……それなら、わざと他の男子にナンパされにいくのもありかも?」
「おい、やめてくれ」
「うそうそ、カイさんに嫉妬してほしかっただけですよっ! わああ、行かないでー?!」
ひなが慌てて駆け出す俺を追いかけ、後ろから俺に飛びついてくる。
「うわあっ」
「逃げちゃダメですーっ!」
「……なにか言うことがあるんじゃないか?」
わざと怖い声をつくると、ひなが焦ったようにして抱きついてくる。かわいい。
「カイさんが世界で一番大好きです、変なこと言って、本当にすみませんっ!」
「一番? それは、二番がいるってことか?」
「違いますぅっ! 二人といない大切な人ってことです!!」
「許す」
いつか、ひながやってきたダル絡みをやってみたくて、俺はわざとかわいいセリフを言わせることに成功する。
と、しばらく必死な顔付きになっていたひなだが、俺の顔を見て、ようやく気づいたというように頬を膨らませた。
「もっもしかして、今のは、仕組まれてたんですか?」
「まあそんなとこ」
「んむむーっ!!! 怒りました、なでてください!」
「よしよし」
なでてやると、ひなはようやく笑みを浮かべ、俺の手を引いて、道を進みだした。
ちらりと辺りを見回すと、顔を真っ赤に染めてよろめいている民続出。そして心なしか、辺りの気温が上昇した気もする。どうやら、俺たちのせいらしい。
「カイさん、ここ、入りましょう!」
「い、いいよ」
ひなに店の中に連行されながらも、俺はいろんなことが心配になる。
誰かがよろめいて、もし最悪倒れて頭でも打ったりしたら申し訳無さすぎる。
というか、地球温暖化が進む中、こんなにあつい空気を作ってしまったことも申し訳なくなる。
地球規模で申し訳無さが絶頂まで上がった時、ひながくるりと体を回した。
「カイさん、えがお、えがお」
おっと、そうだった。
ひなが、両手の人差し指を口に当て、にっと口角を上げてみせる。
その神々しさに感動していると、ひなは店の中を跳ねるようにして見回る。どうやら俺たちは、アパレルショップに入っていたらしい。
それに、かなり高級な店だ。さすがお嬢様、俺の財布を泣かせるのがお上手だ。
「ねね、カイさん……この服、ペアルックしてみたい、です」
と、ひなが俺のところまでとてとてと駆けてきて、持ってきた服を口元まで持ち上げる。
そこからひょこっと目だけをのぞかせ、俺を見つめてくる。いちいちかわいいんだよ……心臓が割れそうなくらい跳ねる。
ひなが持っていた服は、ベージュのだぶっとしたパーカー。服の左側に赤色の半円が描かれている、不可解な柄だが。
「なんだこの半円は」
「これは……もうひとつと繋がる、みたいです」
ひなは、もう片方の手に隠し持っていたパーカーを出す。
こちらはメンズ用なのか、ブラックの地に、右側に赤色の半円。
「これを合わせると……」
ひなが二つを並べるようにして合わせると、その半円は見事、真っ赤なハート型に変身する。
「どうですか……? 嫌ですか?」
「もちろん、着たい」
即答すると、ひなはぱあっと顔を輝かせる。
「じゃ、着てみましょう! 試着室で!」
ぐいぐいと試着室まで手を引かれる。店内はかなり広く、眩しいほどについたライトが、ひなの綺麗な銀髪に天使の輪っかを浮かばせる。うん、天使だわ、ひな。
試着室につくと、ひなは開いているフィッティングルームに入っていく。
「じゃ、また後で」
「カイさん」
「え!?」
当然のごとく、別のフィッティングルームに入ろうとしていた俺を、ひなはぐいっと引き止めた。
「え、え……」
「付き合ってるんですもん……一緒に着替えるのは、普通ですよね?」
い……一緒に、着替える??
「ほらほら、他の人の迷惑ですよー、早く」
「!?」
そんなに混んでいないのに、ひなは俺の手を引いて中に引きずり込むなり、しゃっとカーテンを閉めてしまう。
「い、いや、これは、ちょっと……」
「嫌ですか?」
「う、う……」
嫌というか、まずひなは抵抗ないのかよ!?
「んーしょ」
「ちょちょちょっ!?!?」
そう尋ねようと振り返ると、ひながちょうどミニスカートを下ろしたところだった。
「? なんですか……?」
「や、やっぱ俺、出る!」
俺には耐えられない! なんでひなはこんなにも平気なんだ!?
「なんでですか! 私、もう脱いじゃってますし、カーテン開けないでくださいよお!」
「い、いやそれはそうだが!」
「それに、なな、なにをそんなに動揺してるんですか? 私はこーんなにも平気なのに!」
そう誇張しているひなの真っ赤に染まった頬を、俺はむにっとつまんでやる。
「む!?」
「嘘つけ、真っ赤じゃないか」
「ち、ちがっ!?!」
そうやって意地を張るひなもかわいいが。
「とにかくっ、早くカイさんも着替えてください!」
「わ、わかったよ」
「ちょ、そっぽ向かないでください! 向かい合って着替えるんです!」
「それは、むむ無理だ!!」
「カイさんのえっち!」
「はあ!?」
俺はとりあえず、鏡に向かっていそいそと服を脱ぐ。
「んもー……せっかく勇気、出したのに……」
ひながぶつぶつと呟く。
一方で、俺は歓喜する、はっはっは!!!
これで、全く見えない! うん、スケベ回避!!
…………。
鏡。
ばっちり見えていた。ひなの着替えシーンが。鏡に反射して。
俺がつい釘付けになっていると、ひなはゆっくりとセーターを脱ぎ、下着姿になった。
「よいしょ……っと」
大きい。
何がとは言わないが。特大メロン。何とは言わない。
それを上品に彩る布は、その大きさと魅力を隠しきれていない。
それに、なめらかな、雪のように白い肌。鍛えているのか、綺麗にしまったくびれ。
触れたら、きっと柔らかいんだろうな……。
「カイさん?」
「ふぅわっ!!!」
俺は我に返ると、ばっさばさと服を脱ぎ、パーカーをかぶる。
「よし、着替え終わった! よし!」
「は、はや! 私はまだです、もう少し待ってください!」
ぱさ、さら、じいっ。
生々しい音に、俺はいたたまれなくなるが、ぐっとこらえる。
「着れましたー」
その声まで、俺にとっては何億秒だ。
「お、おお……」
恐る恐る振り返るなり、俺は思わず感嘆の息をついた。
完璧に着こなしている。
体のラインを引き出しながらも、だぼっとした抜け感が魅力的すぎる。まるで、ひなのために作られた服のようだ。
ひなは照れたようにして、だぼっとした袖口を軽く持ち上げる。
「カイさんも、似合ってますっ! 普段黒は着ないですよね? かっこいいです……」
「確かに、いつもは制服だから白か……」
ちなみに制服は、冬は紺のブレザーに、赤のネクタイ。女子はリボンだ。
プラス、白のワイシャツに、男子は黒のスラックス、女子はチェックスカートだ。
大して面白みもない、普通の制服。
だからこそ、私服が萌えるのだが。
「ね、ね、写真撮りましょう! 写真!」
「おう……」
ひなはスマホを取り出すなり、俺の横にいそいそと寄ってきて、ぴた、と体をくっつける。
身長の関係で、どうしてもハートの位置がずれ、頑張って背伸びしているひながかわいすぎる。
……しかし、どうやって写真を? 写真に、映せなくないか?
と、ひなは何故か、俺たちが映っている鏡を撮影しだした。
え、最近はこうやって撮るの? 鏡を撮って?
「んー、いいですね! ハートが重なってて、らぶらぶですね?」
ひなはご満悦だ。
写真を見せてもらい、俺はおお、と感嘆の息をつく。
なるほど、最近の若者は、こうやって全身を撮るのか……。
その後、俺たちは会計を済ませると、その服装のまま外に出た。
ちなみにお値段は、ゼロが4つ仲良く並んでいた。
ひなの分を買ってあげようと思ったが、下手すると財布が空になる事態が起こりそうだったので、泣く泣く諦める。
その前に、ひなには、買ってあげることを全力で拒否された。根からいい人。
まあ、とにかく、金は財布から飛び出し羽ばたいていったというわけだ。
「わあ、お揃い、ペアルック……!」
しかし、ひながお揃いを着れて幸せそうなので、涙をなんとか押し戻すことに成功した。
外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていていた。
イルミネーションが暗闇に映え、思わず息をつくほど綺麗で、俺はつい立ち止まる。
「はあ……綺麗だ」
「ですね……」
ひなも足を止め、視界に広がるイルミネーションに目を奪われている。
トナカイにプレゼントボックス、巨大なクリスマスツリー。全てがきらきらと光を放ち、ひなの綺麗な横顔をカラフルに彩る。
俺たちは言葉を発さずに、ただきらめきに見入っていた。
――不意に、ひなが口を開く。
「こんなに美しいイルミネーションを、カイさんと一緒に見られて、良かったです」
「俺も」
何気なくお互いに見つめ合い、ひなの家にお邪魔した時のような、逃れられない甘い雰囲気に呑み込まれる。
ひなは、あの時のように、ふわりと目を閉じる。
――これは、してもいいんだよな?
前はひなの兄に遮られたが、今回は、誰も遮るものはいない。
周りでは、リア充たちがちゅっちゅしている。つまり、そういうことだ。
これは俺に、自分からいけやと。そう言っているんだな?
長いまつげを閉じ、俺を待つひな。
……よし。
俺は意を決すると、ゆっくりひなに顔を傾けた。
そして――……
「た、助けて!!!!」
「「~~~~~っ!?!??!?!!?」」
突然辺りに響きわたった絶叫に、俺たちは声を上げながらも身を離し、目を見開いて固まったのだった。
★★★★★
カイからキスができるのは、一体いつなんだ?
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