第6話 寝落ち通話デビュー


「うー……さっむ」



昨日から粉雪が舞い始め、本格的に冬が始まった。

今日は、十二月二十日。クリスマス、五日前。



去年までは当然のようにクリぼっちだった俺。

……しかし、今年は。



「かーいさんっ! おべんとー食べましょうっ!」

「ああ、ひな、行こう」



積もった雪に溶け込んでしまいそうなほど美しい銀髪に、思わず息を呑んでしまいそうな美貌。


俺のかわいい彼女に、俺は今日もどきどきと心臓を高鳴らせる。



「……どうしたんですか? そんなにじーって見つめられたら……て、照れちゃいますよ……」

「か、かわいい……」



廊下のど真ん中で、思わず優しく抱きしめると、周りにいた生徒がかああっと顔を染める。


しかしもう見慣れてきたからか、俺たちの交際は公認されたらしい。

あれから、堂々と突っかかってくるやつはいない。だからこそ、こうやっていちゃいちゃできるのだが。



と、なぜかいじけたようにして、ひなが俺の制服の袖をくいっと引っ張った。



「カイさんがみんなにいっぱい見られると、悔しいです……早く行きましょう!」

「うわう」



強引に引っ張られ、俺たちはカフェテリアへ向かい、暖房に近いテーブルに隣あって座った。



「うぅ、さむいです」



と、暖房がついているのにも関わらず俺にもたれると、ひなは安心したようにして目を細めた。


か細くもあたたかい体が触れ、俺も頭をひなの方に傾けて、しばらく幸せに包まれる。



あれからひなは、事あるごとに甘えてくるのだ。ちなみにだが、俺の心臓はすでに限界突破している。


なにせ学年一の美少女だ。とにかくかわいい。



それだけじゃなく、付き合って分かったことだが、ひなは人一倍気を遣う。

優しくて、素直で、それでいて自分のこともしっかりと分かっていて。



尊敬して、大好きな彼女だ。誰にも文句は言わせまい。



俺がひなの頭を優しく撫でると、ひなは「んふあー」と甘えた声を出した。



「そうだ、今日のお弁当は、カイさんが好きだって言っていた、たこさんウインナーを入れてきました!」

「ま、まじで!」



そういや大分前に、たこさんウインナーが好きだって言ったっけ……よく覚えてるな!?



「だって、カイさんのことは、なんだって覚えていたんです!」



と、ほんのり頬を桃色にしながらも、ひなはお弁当を開くなり、お箸でウインナーをつまむ。



「はい、あーん」

「んーんまい!」



溢れ出す肉汁と程よい焼き目。ひななりに頑張ったのだろう、不揃いのたこあしは、どうしても愛らしく思えてくる。


毎度のことながら、美味しい……!



しかし、毎度すぎて申し訳なくなり、一度俺はひなに謝罪したことがある。



「いつもお弁当、ごめん。負担だろ、別に無理につくらなくっても……」



すると、ひなはぷくっと頬を膨らませたかと思うと、俺の頬をむにっとつまんだ。



「いーんです! 私が作りたいんですから、心配ばっかしなくていいんですー!」

「で、でも……」



食材費とかもあるだろうし……と続けようとし、ひながそれを遮る。



「いいですか、これから、『ごめん』って言葉は使わないこと! 絶対るーるです!」

「でも、本当に申し訳ない時は……」

「『ありがとう』でいいじゃないですか! これ決まりです、約束ですよ!」



それから俺は、なるべく『ごめん』を使わないように心がけている。


ひなのおかげで、弱い俺が変わっていっている……ひなには、本当に感謝しかない。

これもひなに言うと、ひなは拗ねたようにして唇を尖らせていた。



「感謝しかない!? 好きの感情はないってことですか!」

「い、いや、それはもちろんあるよ!?」

「ならよしです!」



過去の俺には到底考えられないな、この状況。

幸せすぎる……。


と、ほったらかしにしていたからか、ひながむっとした顔で顔を覗き込んでくる。



「何考えてたんですか? ……まさか、他の女子のことじゃないですよね?」

「違う違う、ひなの事考えてた」

「ほんとですか?」

「うん」



と、じいっと睨んでいたひなだが、俺の目を見て、へにゃりと笑ってみせる。



「許します! カイさんったら、本当に私のこと、大好きですね?」

「ああ、大好きだ」

「わっ、わわっわ!」

「ひなあ!?」



と、なぜか椅子の上から転落するひな。



「はっ、反則ですよお! それはダメです!」

「わっわかった、気をつける」

「わっ! 気をつけちゃダメです! ……もっと、沢山言ってほしいです」

「大好き」

「んきゃああぁ!?!」



ダメだこりゃ。

俺は苦笑し、ひなに手を差し伸べる。



「ほら、立てるか?」

「はいっ、立てます……子供じゃないんですから!」

「子供だよ、こんな事で動揺してたらな」

「んむう、私、動揺なんか!」

「好きだよ」

「んにゃあ!?!」

「ほら」



ひなは涙目で俺を見上げる。



「ひ、ひどいです……でも好きです……」



そんなひながかわいくて、俺は何度もいたずらしたくなってしまう。




――後で聞いた話だが、そんな様子を見て糖分過剰になり、周りの生徒たちがばたばたと倒れていたらしい。









――夜。



俺は風呂に入り、宿題をさっさと済ますと、寝るためベッドに転がった。



転がったままカーテンを開けると、夜空に浮いた半月が目に映る。

俺はべこーっと体を倒し、土下座の姿勢のまま口を開く。



「ありがとうございます月様、あんなにもかわいい彼女を捧げてくれて」



『得ばっかりされてムカつく。お礼くらい言え』という月の言葉が聞こえた気がして、それ以降俺は、毎日月に土下座をしている。

そんなんじゃ足りないくらい、本当に感謝なのだ。




――ブブブ、とスマホが震えたのはその時だ。




俺は跳ね起きるなり、いそいそとスマホをひっくり返す。

こんな時間に電話……どいつだ?



――『月野 ひなの』。


その文字を捉えた瞬間、俺は考えるよりも早く通話ボタンをタップしていた。



『もー、もしもーし。聞こえますか?』

「き、きき聞こえてるよ」



ひなのかわいらしい声が聞こえ、俺は慌てて返事をする。



『よかったあ。……いきなり電話なんて、ごめんなさい』

「ごめんなさい、はダメなんじゃなかったのか?」



俺が皮肉っぽく言うと、ひなの慌てた声。



『やっ、やられましたあ! 悔しいです……慰めてください!』

「はいはいかわいい」

『ありがとうございま、わあぁあっ!?』



ガチャン、ガチャ、ドザッ!!

ものすごい音が重なり、俺は思わず、届くはずもない手を伸ばす。



「ひなああっ!?」

『だっ大丈夫です、ドジなもんで、ごめ……あ、ありがとうございます!?』

「よろしいが、怪我はないか?」



と、しばらく雑音が続いたが、ようやっと返答が返ってくる。



『だ、大丈夫です! 怪我一つありません!』

「それはよかった」



俺は一安心した後、ゆっくりと口を開く。



「それで、どうしたんだ?」



気配で、ひなが何かを考えているのを感じる。

しばらくすると、ものすごく照れたような声が聞こえた。



『えっと……寝落ち通話、っていうのをやってみたくって……か、かけました……』

「ね、ねお……っ!?」



それは……漫画やラブコメ定番の、あれか?

どちらかが寝ちゃうまで続ける電話? え、それを、したいと?



「か、かわいすぎるだろ……」

『えっと、なにか言いましたか?』

「かわいいと言ったん……あ、やべ」

『ふにゃああっ!?』



変な言葉を発したら、ドジなひなを怪我させることになるかもしれない。気をつけないと。



『じっ、じゃあ……始めましょうか』

「そ、そうだな」



あれ、かなり不自然に始まったけど大丈夫そ?


俺はとりあえず電気を消し、ベッドに潜り込む。



窓から月明かりがもれ、月の存在を意識する。

と、どうしても言いたくなり、俺は小さく息を吸った。



――「『月が綺麗でs、わっ!?』」



まさかのかぶりに、俺たちは大きな声を上げてしまう。



『もっもう、やめてくださいよ!?』

「ま、まさかかぶるとは思わんだろ!」



遅れて恥ずかしさがこみ上げ、俺は枕に顔を突っ伏す。


と、いくらか落ち着いたひなの声が、スマホから漏れてくる。



『じゃあ、こんなのはどうですか? ……海が、綺麗ですね』



続いて、「んきゃっ」というかわいらしい照れた声。



……は???

なにを言ってるんだひな。海? はあ?? どこにあるんだ海!!



「ごめん、意味がわからぬ」



成功だったとはいえ、前回のようなミスは犯せない!

慎重に答えると、ひながうわずった声を出した。



『えええと、ほら、その……あなたに溺れたい、って意味です……うわあんっ!!』

「溺れたい……!?」



ひな、俺に、お、溺れたいのか?!

 

てか『海が綺麗ですね』で伝わるのもどうなんだか!! それに、どう返せばオーケーになる!?


さらに、不意に画面の向こうで顔を真っ赤にするひなが浮かび、ついきゅんとしてしまう。


オーバーヒート。脳がパンクしそうだ。



『わああ、もう恥ずかしすぎます、寝ます! おやすみなさい!!』

「おお、おやすみ……」



まさか本気で寝ないだろ……と思い、俺はひながしゃべるのを待ち、





『すう……すう……』

「まじで寝た!?!」



十分後、あどけない寝息が聞こえてきて、俺は盛大に声を上げてしまう。



「お、おい、メンタル大丈夫か……」



本当に寝るなんて聞いてない。どういうメンタルだ!!


てかこれ、寝落ち通話と呼べるのか? 向こう勝手に寝たけど?



『すう……んん……』



でも、わずかに聞こえてくるひなの寝息に、俺は心臓を刺激される。



「かっ……わいい……」



俺はスマホの音量をマックスにし、枕元に置く。

そして三十分ほど、ひなの癒やしの寝息を聞く。



当然のように、うとうとと眠気が襲ってきた。



『すやぁ……ふぁ……』



ラブコメ展開のように、寝ぼけた声で俺の名前を呼ぶ、なんてことは起こらなかったが……また、そんな夢物語が叶うのを待つのも楽しみだ。




「……すぅ……」




――気づけば俺は、すっかり眠りについていて、初・寝落ち通話を果たしていたのだった。









『……んわ……私、寝ちゃってましたか? はっ、か、カイさんの寝息!? かっ、かわいいです……』






数時間後、不意に眠りから覚めたひなが、こっそりカイの寝息に癒やされていたことを、カイは知らなかった。

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