第5話 二度目の告白


「おかえりなさいませ、ひなの様、マオウ様」


「「ただいまー」」



豪邸の門が開き、俺は兄に引っ張られるようにして中へとお邪魔する。

どうやら、兄の名前はマオウというらしい。いや、名前から迫力がえぐい。



……いやそこじゃなく!!

ガチでメイドがいたことに、俺はぶるぶると震える。いや異次元かよ。



ただ、ラブコメに出てくるようなかわいいメイドじゃなかった。50代くらいのおばさん。


夢を見すぎたことに悔し涙を無理やり引っ込めつつ、俺は玄関へ踏み入った。



家(城)に入るとすぐに、長すぎる廊下が。地面にはレッドカーペット。壁にはバカ高そうな絵画。おいどうなってんだ!?



「つ、月野、これは……」



思わず口に出すと、月野は困ったように微笑んだ。



「えっと……びっくりさせちゃいました? 父が洋風な家が好みでして、設計など全て父がしたんですよー」


「はあ……」



そこが問題ではないのだが、とりあえず頷いておくことにした。



リビングに連れて行かれると、降ってきたら瀕死必至な豪華さのシャンデリアがずらりと飾られていて、一人震える。


さらに、俺の家のリビングの五倍は余裕であるだだっ広さ。もう、どこから突っ込めばいいのかわからない。



「どうぞ、ソファーに。あと、親は仕事でいませんので、カイさん、リラックスしてください」


「ど、どうも」


「じゃ、くつろいでいてくださいねー!」



と、月野兄と俺を残し、お茶を持ってくると言ってリビングから去っていった。




……気まずい。




「よお、カイとか言ったか……ひなが世話になってるな」


「ひっ、は、はいぃ!」



と、いきなり沈黙を破り、月野兄――マオウと呼ばれていたはずだ――が顔を近づけてきて、俺は背筋を伸ばして返事する。


彼に言われると、次に左手が出てきそうで怖い。



「オイ」


「はいいいっ!!」


「初めはお前から告ったのか? ひなが承諾するとは到底思えんが……」


「えええと、むむ向こうから、です」


「はァ?!?」


「ひっ」



怖い怖い怖い。発する言葉全てが地雷。



「ひなが? お前に告ったァ? 冴えねェお前に!?」


「さ、さえない……」


「信じられん。ひなが……」


「なんかほんとすみません……」



後で月野に裏付けてもらおう。

でないと、ガチで顔面崩壊する!! 物理的に!!

いや顔面じゃ済まないやつだわ。



しかしこうやって正面から見ると、月野兄はひなと似ている気もしないでもない。


ピアスをなくして、髪色を銀に脳内変換すると、重なる気もするようなしないような。いや優柔不断か。



何が言いたいかって、月野と同じく整った顔立ちだと言うことだ。この人絶対モテてる。



「まァ、付き合った事実はリアルだからな。ひなは任せた!」


「は、はいっ!?!」



笑みを浮かべ、ばしばしと背中をぶっ叩かれる。絶対痣できてんなこれ、痛えぇっ!!


しかし月野兄、こう見えて、家族想いなのか、いやシスコンなのか……と、ますますギャップに唖然とするのみだ。俺が女だったらきゅんとしてる。多分。



と、不意に表情を消し、兄はゆっくりと顔を耳に近づけてきた。




「ただ……ひなを泣かせたら……許さねェからな」



途端、先程まで和やかだった空気が急激に冷え、息をするのを忘れるほどの圧を浴びる。


背筋が凍り、目を見開いたまま、俺はかろうじて口を動かした。




「……っっき、肝に命じて……っ」




「ならいいんだ、よろしくな!」



と、何事もなかったかのように笑みを浮かべる兄。


……絶対に、月野を泣かせられない。これに、命がかかっている。揶揄なんかじゃない。本当に、命がかかってる。(2回目)



と、緊張した空気を裂くようにして足音が響き、月野がリビングに現れた。



「待たせちゃいましたっ! 紅茶ですー!」


「ああひな。……てか、お茶ならメイドが出してくれたろ」


「いーや! いち早く、一番美味しい紅茶をカイさんに届けたかったの!」


「ふゥん……どうやら告ったのはお前で間違いなさそうだな」



一番いい葉が使われているらしい紅茶は、全く味がしなかった。

いや、紅茶特有の苦味は感じたが、先程の恐怖が味覚をかっさらっていった。


と、表情を固まらせた俺を見て、月野が心配そうにして顔を覗き込んできた。



「カイさん……紅茶、口に合いませんでしたか……?」


「んっ、あ、いいや、美味しいよ!! こんな高級な香ばしい茶葉を初めてむさぼった!」


「よ、よかったです……」



と、若干身を引きながらも嬉しそうにする月野。その笑顔に、少し心がほぐれるのを感じる。


しかし横で、小さなティーカップを手にする月野兄を見ていると、底からこみ上げてくる恐怖。必至に飲み下そうと、俺は紅茶を無理やり流した。



「おお俺、そろそろ帰るわ」


「ええっ、も、もうですか!?」


「あ、ああ、ごめん」


「わ、わかりました……」



と、名残惜しそうにしていたが月野だったが、仕方なさそうに立ち上がり、


「じゃ、行きましょう」


「て、手っ!?」


さりげなく俺の手を取って、リビングに兄を置き、月野は長い廊下を進みだした。



「そ、その」「あのだな」



同時に言葉を発し、俺たちはかあっと顔を赤らめる。



「さ、先どうぞ」



手、繋いでどうしたんだ……と言いかけていたのを飲み込み、俺は月野に発言権を譲る。


と、しばらく照れたようにして黙っていた月野だったが、やがて僅かに顔を上げた。顔は真っ赤だ。



「え、っと! ……カイさんに、私のこと、ひなって呼んでほしいです……な、なんて……」



言い切るなり月野は顔をばっと伏せてしまう。……かわい、すぎる。



「ひな」


「ひっ、ひゃいっ!!」



俺が優しく呼ぶと、真っ赤になりながらも、月野――ひなが、かわいらしく身を跳ねさせた。



「これでどうだ?」


「も、もう一回呼んで……ください」


「ひな」


「か、カイ、さん」


「ひな」


「カイさん……」



お互いに見つめ合い、辺りに甘いムードが流れる。


まま待ってくれ、この空気……っ!



そんな俺の悲鳴虚しく、ひなは、満月のように綺麗な瞳をゆっくりと閉じる。




――これは、男になれと言ってるのか?


たたたしかに、初キスは、したが……二度目を、求められている?



……いいのか? まだ自分の気持ちも曖昧なのに???



「……」



でも、甘く潤んだ唇につい引き寄せられ、俺はゆっくりと顔を近づける。

だめだ、離れろ、と念じても、体が言うことを聞かない。


とじた長いまつげが近づき、短くて長い1センチ。


俺は、そっと唇を重ねようとし――






「こんなとこでなにしてんだ」


「「――――っっ!!!!!」」



俺たちは光の速度で離れ、耳まで真っ赤になりながらも振り返る。


と、呆れたような顔をして、月野兄が俺たちを眺めていた。



「お熱いこって」


「おおおにいちゃんっ、今のは違くて!!」


「いいから、おめェの彼氏さんを送ってこい」


「ううぅーっ……!!!」



瞬時に冷やされる頭。お、俺はさっき、何をして……ああああっ、バカだあ!!!



ひなも、顔を夕焼けのように真っ赤にして、でも手は繋いだままで、互いに急いで外へ出た。



外に出るなり、夜風が火照った顔を冷やし、心地よく感じる。


外はすっかり暗くなっていて、神秘的に輝く満点の星空と、少し欠けた満月が俺たちを照らしていた。



「し、心臓が、ばくばくしてます……」


「ごごごめん」


「なんで謝るんですか!」



俺が思わず謝ると、ひなが赤い顔のまま、頬を膨らませた。



「謝らなくていいんですっ、そこはありがとう、です!」


「あ、ありがとう……」


「そうです、もーいっかい!」


「あ、ありがとう」


「うんっ、その調子です!」


「ありがとう……」


「どっ、どういたしまして……」



いや……何の話してたのか忘れたわ。


呆れる中、不意にひなは夜空を――満月を見上げ、綺麗な顔を月でぼんやり照らしながらも、いたずらげに微笑みかけてきた。



「……月が綺麗ですね?」


「う……」



俺がますます顔を赤くすると、ひなは微笑を浮かべながらもじっと俺を見つめてくる。


その顔がかわいくて。そうやって仕掛けてくるのがかわいくて。全てがかわいくて、どうしようもなくて。



俺は、震えた手で繋いでくる手を、もう一度ぎゅっと繋ぎ直した。



「ああ……綺麗だな」


「ーーー!!! ……そう言ってくれるって、信じてました」



満月に負けないような、最高に輝いた笑顔を浮かべ、ひめは俺をぎゅっと抱きしめた。


辺りは寒いはずなのに、すごくあたたかくて、俺は幸せを離すまいと強く抱きしめた。



彼女に、悲しい思いをさせない。綺麗な頬に、涙など流させない。





しばらく抱き合った後、俺たちは名残惜しげに身を離す。



「じゃあ、また明日。ひな」

「また明日です、カイさん」






少しずつ、少しずつ。


俺たちはぎこちなく、でも確実に、距離を縮めていった。




その時までは、キスはお預けだ。

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