第4話 ひなの家へ
「おはようございます、カイさんっ!」
「うわっ、お、おはよっ!?」
――俺たちが正式に付き合うことになった次の日。
俺が家を出るなり、外で待っていた月野が抱きついてきて、俺はテンパりながらも怖怖と抱きしめ返す。
「そ、そんな抱きしめなくてもだな、俺は逃げないぞ?」
「いーんです、好きの気持ちなんです!」
朝から心臓をフル始動させてくる月野……お、俺には危険すぎる!!
両手で顔を覆っていると、月野は俺の手を無理やり退け、ぎゅうっと顔を寄せてきた。
「ねえねえカイさん、問題です! 今日、昨日と違うところはどこでしょう?」
「ど、どこって……」
まだ付き合って一日目……無茶だあ!!
でも、悲しませることなどもってのほかで、俺は月野を見まわす。
……そして少し息を吸うと、恐る恐る、結ばれた綺麗な銀髪に触れた。
「ぽ、ポニーテール……っていうんだっけ……髪型が昨日と違うとこ、か?」
「せーかいです! さすが私の彼氏ですっ!!」
と、正解だったらしく、嬉しそうにして月野が腕を絡めてきた。体温が伝わり、心臓がばくばくと鳴る。
「カイさんにかわいいって思ってもらいたくて、早く好きになってもらいたくて、頑張ってくくったんです! 褒めてください!」
愛らしい顔で見つめられ、俺はばっと顔を赤くしながらも、こくこくと首を縦に振る。
「か、かわいいよ」
「きゃっ、う、嬉しいです……死んじゃいそうです……」
……かわいすぎる。
何だこの生物は。
――『月野の彼氏になったやつは、心臓もたなくて大変だろうな……』
あ、前の俺の言葉がフラッシュバックしたわ。
うん、心臓がもたない。大変すぎる。かわいすぎる。
「どうしたんですか? こっち見てくださいっ」
「んむう」
頬を挟まれ、さらにくるんと顔を回され、頬をむくれさせた月野と目が合う。
「ずっと見てくれないと、寂しいです……!」
「…………」
俺、本当に死ぬかもしれない。
死因、尊死である。
★
「見て、あの二人、今日も一緒に登校してきた……」
「やっぱ、本当なの? なんで!?」
「ねえ、二人って、本当に付き合ってるの?」
校門をくぐると、当然、大量の人が詰め寄ってくる。そりゃそうだろうよ。
俺は月野を後ろから抱き寄せ、集団から守ろうとした。
と、びくっと肩を跳ねさせる月野。
「んわわ……、か、カイさんっ、バックハグをっ!?」
「ご、ごめん」
慌てて離すと、月野は慌てたようにして俺を抱きしめてくる。
「ダメです、離れたら嫌です!」
「わっ、わかったよ……」
と、それを見て、なぜか倒れ込む人が勃発する。
「あ、甘あ……ぐはっ!!!」
「ダメ、無理、見てられない!!」
「この様子じゃ、噂は本当……?!」
と、月野がここぞとばかりに声を張り上げた。
「私たち、集会でも言ったと思うけど、付き合い始めましたあっ!! 今回は、かか確実ですっ! ……ね、カイさん??」
俺は覚悟を決め、大きく頷き、口を開く。
「えっと……月野が言う通り、俺たちは、付き合い始め、ました。昨日曖昧で、ごめんなさい」
一瞬の静まり。
その後一斉に、一斉に咆哮が浴びせられる!!
「あああああああああああっ、私の月野さんが!!!!」
「と、盗られたああああっ!!!」
「悔しいぃいっ!!!」
「これで、私たちはちゃんとしたカップルですね!」
ちゃんとしたカップルってなんだよ……と思いながらも、俺は曖昧に頷いてみせた。
とりあえず、これでやるべきことは終わらせた。
一生分の勇気を使い切った……ああ、もうこれ以上俺に望んでくれるな!!
と、俺たちは二人で集団を抜けながらも、泣き叫ぶ男子たちの気持ちをつい想像してしまい、いたたまれない気持ちになる。
――きっと、辛いだろうな。ずっと好きだった女子が、こんな陰キャAみたいなやつに盗られて……
と、その考えは、月野に強く抱きしめられて強制的に断ち切られる。
「悪い想像きんしー! 私のことだけしか考えちゃダメですっ!」
「わ、わかった、わかった……ごめん」
すると、幸せそうににぱっと笑い、月野が俺の手を繋いだまま校舎に入っていく。
「お、おい……手、このままでいくのか?」
恥ずかしさもあって、俺はそわそわと尋ねた。
「はい、もちろんです!! これで、カイさんは私のものだって、みんな分かってくれますし!」
「は、はあ……」
月野は、ますます強く手を絡めると、ごきげんで廊下を突き進んでいく……まじですか。
歩いていると、校門前にいなかった生徒たちがぎょっとしたような瞳を向けてくる。ああ、めっちゃ申し訳……おっと、ダメだ、考えるな!
「よくできましたー、カイさん!」
と、月野に優しく頭を撫でられ、俺は真っ赤になりながらもつい駆け足になる。
頼む、この甘すぎる時間よ、早く終わってくれ……!!
と、くい、と手を引っ張られ、俺は慌てて立ち止まる。
「カイさん、そんな急がなくっても……もしかして、一緒に登校するの、嫌ですか?」
「ま、まさか!!!」
即答すると、安心したように微笑み、月野が頬を擦り寄せてきた。
「よかったあ……じゃあ、ゆっくり教室に向かいましょう? 教室が別々なの、寂しいし……」
「うっ……あ、ああ……」
こうして、俺たちの熱愛報道は、ほぼ全校生徒に知れ渡ったのだった。
★
――きーんこーんかーんこーん、と学校の終了を告げるチャイムが鳴る。
みんなが開放されたような晴れ晴れとした顔になり立ち上がり、ばらばらに教室を出る。
この時間になると、俺を問い詰めてくる人はほぼおらず、視線を多少感じるくらいだ。
よかった、と俺は心底安心する。
……あと心配すべきは、俺の心臓がもつかどうかだ。それに尽きる。
深呼吸をして心の準備をしていると、勢いよく教室の扉が開き、輝く銀髪を揺らして月野が現れた。
「カイさん……あ、よかったあ」
「よ、よかったってなんだ」
「だって、先帰っちゃってたらどうしようって……んじゃ、帰りましょう?」
手を引かれ、俺たちは揃って学校を出る。
月野の事に気が向きすぎているのか、忍耐力ができたのか、それとも神経がぶっ千切れたのか、周りからの視線をあまり感じなくなる。めでたいことだ。
手を繋ぎながらも歩いていると、ふいに月野が心配げに見上げてきた。
「あ、あのっ……! カイさん、私のこと、好きになってくれましたか……?!」
「す、すき、あ、えと」
「も、もしかして嫌いになっちゃいましたか!? せ、積極的すぎたのかも……」
一人で焦る月野がかわいくて、俺は月野の頭をぽんぽんと撫でる。
「嫌いになることはない。……と思うから安心してくれ」
「ふぇ……」
と、頬を桃色に染めながらも、月野は両手を口元に当てた。
「あ、あたま……」
「ん? どうした?」
「いやっ、な、なんでもないですっ!!」
それ以降月野は俯いたまま喋らず、やがて分かれ道に立つ。
「じじじじゃ、ま、また明日です!」
「ああ、また明日な」
「はい……んわっ」
と、俺と手を話した途端、月野はふらりと足をよろけさせる。
「おいっ、大丈夫か!?」
「はははい、大丈夫です、ちょっと動揺して……」
ものすごく不安になり、俺は思わず提案した。
「……家まで送ろうか?」
「ひぇっ!! い、いいんですか!?」
「もちろん」
俺は月野の手を取りながらも、ほっと安堵の息をつく。
しかし危なっかしい。
今日はよかったが、俺が先生の手伝いをして遅くなった日は、一人で帰らせることになるのか……それは不安すぎる。
どうしたものかと考えていると、あっという間に月野の家の前についた。
……のだが。
「おい……ここ……」
「私の家です! 送ってくださりありがとうございます!」
「…………おいおい……」
俺は、目の前に立ちふさがる家に、ただ口をぱくぱくとさせた。
――視界いっぱいにどんとそびえ立つ、城。これは城だ。
これ、街中で噂の豪邸じゃ……!?
「あ、よかったら上がっていきますか?」
「いっ、いや……」
お、恐れ多い……メイドとかいそうだし、うん十万もする花瓶とか絵とかありそうだ!
てか、月野って優秀かつ美少女なうえに、こんなお金持ちだったのか!?
とにかく、なにか壊してしまったら、一生かかっても払えない額になるかもだ。うんやめておこう!!!
そろそろと一歩後ずさった時、
――キキイイイイィィイッ!!
背後でバイクのブレーキ音が鳴り響き、それは背後で乱暴に止まった。
俺は毛を逆立て、嫌な予感にぶるぶると震える。
突如、背後から聞こえる声!
「……おいひな、コイツは誰だ?」
「ひっ!?」
ドスのきいた声。
俺は恐る恐る振り返り、ひっと息を呑む。
無数に空いたピアス。尖った瞳。金髪に染まった髪。
――俗に言う、ヤンキー!??
「あ、おにいちゃん。彼、カイさん。私の彼氏!」
「あ、わ、わ……」
こ、これがお兄ちゃんだと……。
ぎろっ、と鋭い瞳を向けられ、俺はたらりと冷や汗をかく。
これ、殺される。バイクで轢き殺される、もしくは素手で……!!
ヤンキーは俺の方へ、のしのしと近づいてくる。
「…………ひぃ……」
「お前ェ……」
高くあげられた片手。
覚悟して目をつむった時、
バンッ!!! と肩に衝撃が走り、俺は口をぱくぱく、目を白黒とさせた。
夏待たずして、一足先に花火が見えた。
ヤンキーはぐっと俺に顔を近づけたかと思うと、
「そうかそうか、ひなの彼氏か!! がはは、いいから入れ! 茶でも出したる!!!」
にかっと向けられる笑み。
……は??
「ひ、あ、あはは……」
「おにーちゃん、カイさんびっくりさせちゃダメだからねー!」
……ぎ、ギャップ萌えじゃないんだから……!!
俺は半泣きになりながらも、豪邸に(半強制的に)連行される。
「これって……お、おうちでーと、ですね……!!」
ひなが小さな声で何か言ったが、もちろんのこと聞き取れず、俺はヤンキーに押されるがままに家に上がったのだった。
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