第33話 おもちかえり⑥ 「かいかい……お願い?」



「「それでは、夜間カイ被告人を裁く、じゅーだいな裁判をはじめます」」



――五分後。



俺は、目の前に立ちはかだる二人を前にリビングで……なぜか、正座させられていた。



「……あのう」


「「被告人は黙っててください!」」



弁明をしようと口を開くが、同時に却下される俺。


固まり俯く俺に、ひなが、だあん! と足で地面を叩いてみせた。



「カイさん被告人! あなたは重罪ですよ! 最も重い犯罪、それは浮気罪です、即死刑です!!」

「ダブルブッキング罪、嘘ついた罪、乙女の心を弄んだ罪も追加だよお?」



ぎっ、と睨み下ろされる俺。

俯いていてもわかる、二人から届く突き刺すような眼力。



「さあカイさん、罪を認めるんです! そしたら死刑です!」

「もしくは終身刑なんだからねえ」

「カイさん! 聞いてるなら、顔を上げてください!」



その言葉があっても、俺は、断固顔を上げない。



「なんですか!? 目も合わせられない程やましい事をしてたんですか!? そうなんですね!?」



違うんだ、違う……。



「認めないとお、ねむ、許さないよお? ほら、顔を上げてよお」



違うんだ……。



「「はやく……」」



「ふ、服を着替えてくれーーーっっっっ!!!」



とうとう耐えられずそう叫ぶなり、俺はがばっと顔を上げた。



「……っ!」



が、勢いあまって二人の姿を視界に入れてしまったおかげで、考えたくなくても情報が一気に脳を占領してしまう。



まず視界に映りこんできたのは、バスタオル一枚を身にまとっただけの、肌を晒すひな。


次に、全身雨に濡れ、男子がこれを見たならば十人中九人が鼻血を出すような姿のねむ。



さらに、俺はそんな二人を下から見上げているわけで……見えてはいけない部分が見えそうで、安易に見上げられないのだ!!!



ちなみに俺の格好はというと……腰にバスタオルを巻きつけた軽装備である。


いや、言い方を変えよう。つまりはほぼ、裸である。



俺が赤面し、慌てて顔を伏せると、頭上から美少女たちの悩まし気な声が聞こえてくる。



「たしかにい……肌に服が引っ付いて、きもちわるいー」

「っ!! し、しょうがありませんね……とりあえず、お互い服を着ましょう! 話はそれからです!」


「あ、あの……俺も着替えてもいいか……? 弁明は、それからする」



「カイさんは……、っっ! ふ、腹筋割れてるっ!?」

「うぇっ!?」



ひなはちらりと俺の上半身に目を向けるなり、何事かを小さく叫び、同時にねむも息を呑む。


首を傾げながらも身を起こす俺を見てなのか、ねむが両手を頬に添え、ほんのり頬を赤らめた。



「……ご、ごくり」

「な、なんですかごくりって! ねむさん、私の彼氏をじろじろ……! というか、なんでカイさんの家に来たんですかっ!?」

「それはこっちのセリフだよお? なんで、ひなのちゃんがかいかいの家にいるのおかなあ?」



ばちばちばち、と火花が燃え上がり始めた横を、俺はそそくさと抜け出し、お風呂場で無事パジャマ装備に成功したのだった。











「……と、いうわけで、裁判の続きを……って、聞いてますかあっ!?」


「こ、これはうまい……」

「んー! うどん、すっごくおいしいねえ。これ、かいかいが作ったのお?」



――それからさらに十分後。



今度こそは全員が服で身を包み……そしてなぜか俺たちは、食卓を囲み、鍋をつついていた。



「うどん、おいしい……夜ご飯前でよかったよお! 麺類なんて、年越し以来かなあ。にしてもかいかい、料理うまいんだねえ!」



はふはふ、と鍋からよそったうどんを口に入れ、そしてうっとりと俺を見つめてくるねむ。

ちなみに服は、俺のあまり着ていない私服を貸した。だからか、袖がだぼっとしていて、ねむが一回り小さく見える。



「んー! 麺、もちもち! 出汁もおいしいー……さすがかいかい!」

「ねむさん。これは、私が作ったんですよ?」

「……麺がのびてるし、味が薄い。おまけに野菜が少ないんじゃない?」

「その落差、なんなんですかあっ!?」



と、まだ少し湿った銀髪を腰まで下ろしたひなが、分かりやすくぷくうっと膨れてしまう。



ちなみに、どうしてこんな状況になったのかと言うと。


どうやらひなは夜ご飯まで作ってくれていたようで、(キッチンは大惨事だったが)三人ともお腹が減っていたこともあり、結局今、三人で食べることになったというわけだ。



「もう、全く……このうどんだって、別にねむさんが食べるために作ってたんじゃないですよっ」



そう怒りながらも、ちゃっかり俺用のお箸を使っているところは抜け目がない。


素知らぬふりをするねむをしばらく睨んでから、ひなはテーブルから身を乗り出すようにして俺に顔を近づけた。



「それで、ですよ! カイさんも、ねむさんも、早く自白してくださいっ! でないと私、おにいちゃんに言っちゃうんですから! 彼氏が、浮気してるー、って!」

「それ俺死んじゃいますお願いしますやめてください」



土下座しかける俺に、ひなはなぜかおかしそうに笑い声を上げる。

そのSっぷりに、俺は目をぱちぱちとさせた。



「なんとなくは感じていたが……ひなって意外と肉食、攻めだったのか……?」

「確かに肉食っぽいー。まあ、かいかいは草食っぽいけどお」



その言葉に、どこか不満げにひなが応答する。



「う、ううっ……確かに守られるより守る方が似合う、とよく言われますし……でも、ほんとは……って!! また脱線してますよ!?!」

「……」



はやく教えてください、とねだるひなに、ねむが今回のいきさつをひなにぺらぺらと話してしまった。



「…………それで、かいかいが今日風邪だっていうから、心配で来た、ってわけ。そしたら、ひなのちゃんと鉢合わせたわけだけどお」



それを聞き終わるなり、ひなはばんばんと机を叩く。その勢いで、鍋の中のうどんが跳ね、ねむが慌てて鍋を抑えた。



「それは、デート! デートですよカイさん! やはり浮気、死刑ですっ!! ……でも」



そこでひなは言葉を止め、少し同情を含んだ瞳でねむを見た。



「ペットさんのためなんだったら、しょうがないですね! きっと、一人では手が回らない部分もあるでしょうし……情状酌量で、罪を軽くしてあげます! ……まあ、ねむさんが、そこでレオさんや他の女子ではなく、カイさんを選んだところは要審議ですが」



ひなが疑いの目でねむを見ると、ねむは完全にスルー、ポケットからスマホを取り出し、誰かとのチャット画面を開く。



「れおれおなら、さっき、めうちゃんと一緒にいるってメールしてきたよお? なんでか知らないけどお……ほらあ」



スマホに表示された、ねむとレオとのチャットを見、その事実を認めるなり、俺たちは少なからず驚きの色を浮かべた。


めうとレオが一緒に……? 一体、なぜだ?



が、そこが肝ではないと言うようにして、ねむがうどんを箸で挟みながらも、ひなをじとっと見つめた。



「んで……今度は、ひなのちゃんの番。どおして、かいかいの家にいるわけ? それに……なんで二人して、バスタオル姿だったのかなあ?」



途端、ぎくっ、と固まる俺たち。

俺たちは一瞬、視線を交わらせ、



「……か、彼氏とお風呂に入ることの、どこに疑問があるんですか?」

「高校生が、お泊りで、二人でお風呂ねえ……通報、学校にしちゃったら、どうなるかなあ?」

「「~~~~~っ!!!」」



真っ赤になって固まる俺たちに、ねむはにこっとほほ笑みながらも俺たちを見る。が、その瞳には怒りや妬みが渦巻いているようにも感じる。



「それでえ? なんでかいかいの家にいるの? いつからあ?」

「き、昨日からだ。丁度、大雨が降り始めた頃でな」



その時の様子を早口でまくし立てると、ねむはうどんを頬張りながらも、少し目を細めた。



「ふぅーん……それで? どこで寝たの?」

「え、ええっと……」

「二人で、同じベッドで寝ましたよっ?」



俺を遮るようにして、ひなが勝ち誇ったような表情で言うなり、ねむは箸でつまんだにんじんをぽろりと落とす。



「お、同じ、ベッド……」

「は、はいっ、勿論、余裕、へっちゃらです! さらに、気絶してしまったカイさんに、パジャマを着せてあげたり、それにそれにっ」


「ひ、ひな……恥ずかしいから、やめてくれ……」



ひなを制すなり、俺は真っ赤に染まった顔を伏せ、黙々とうどんをすする。


ひなも我に返ったのか、耳まで真っ赤にしながらも、ハート形にくり抜かれたにんじんをいそいそとかじり始めた。



そしてねむも、何かを考え込むようにして黙りこくってしまい、食卓には、しばらく微妙な気まずい空気が流れる。




「……ねぇかいかい。お願いがあるんだあ」


「わっ、な、なんだ?!」



数十秒後、その気まずい空気を破ったのは、ねむだった。


なぜか瞳に闘志を燃やしたねむが、亜麻色の髪に指を絡めながらも、俺をまっすぐに見つめてくる。



「……お風呂、借りてもいいかなあ?」



そんな『お願い』に、俺はどこか安堵する。


確かに、ねむは俺の服にとりあえず着替えただけであり、本人からしたらむず痒いだろう。


ああ、叶えづらいような『お願い』じゃなくてよかった!! ねむなら、突拍子もないお願いをしかねないからな……。



「あ、ああ、自由に使ってくれ」

「ありがとお。……それに、もう一つ」




「ま、まさかっ」


何かを悟り、ぎょっとしてひなが声を出すが……ねむはそれを無視、両手をぱちんと合わせ、俺をじいっと見つめてくる。



「? な、なんだ?」


「そういや、外、まだ雨がざあざあ降ってるねえ」



そして、まだ何も悟れていない俺に、ねむは大袈裟に窓の外を指さして見せる。



「それに、もう夜遅いよねえー。ねむの家、かいかいの家から、すーっごく、遠いんだよねー」



そして、ねむは俺に向き直るなり、ぐいっと俺にかわいらしい顔を近づけてくる。





「ってことでえ……今日、かいかいの家に、泊って行ってもいいかなあ?」





外は大雨大嵐。童顔スタイル抜群女子高生、時刻は午後七時過ぎ。




「かいかい……お願い?」




――そんなねむの『お願い』断る理由は、もはやどこにもなかった。

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