第34話 おもちかえり⑦ 「こ、殺すなよ!?」

更新三か月遅れてすみません…


受験終わるまでは、のろのろ投稿許してください(o_ _)o



★★★




「今日、かいかいの家に、泊って行ってもいいかなあ? かいかい……お願い?」



――あれから数十分後。


「~~~~~っ。~~~~~~~っ」

「ごめん、ごめんって……」


ぷくっとフグのように頬を膨らませ、不機嫌オーラ満載のひなが目で訴えかけくるのを、俺は洗い物をしながらもなだめていた。


リビングには、俺とひな。問題のねむは、絶賛入浴中である。


鍋をスポンジでこすりながらも俺はひなの方を見る。ひなはキッチンの隅っこで、唇を突き出し、キッチンマットをつんつんといじっていた。

ようやく俺がひなの方を見たからか、ひなは一瞬嬉しそうに顔を上げる。が、慌てたようにして膝を抱えなおし、わざとらしく視線を逸らした。


「だって、だってですね! そんな簡単に女の子を家に泊まらせちゃうなんて……浮気しちゃうカイさんは嫌いですよっ! いや、好きですけどっ! とにかく、浮気です!」

「浮気じゃないぞ!? ほら、ひなだって、この嵐の中、ねむを一人で帰そうとするほど悪魔じゃないだろ?」


ひなはうぐっと言葉に詰まり、しばらく激しく雨が打ちつける窓の方へと視線を向け、やがて小さくこくんと頷いた。


「えらいぞ」


洗い物をする手を止め、ひなの頭を撫でてやる。洗ったばかりの柔らかな銀髪にしばらく癒されていると、いくらか機嫌の直ったひなが、俺を未練がましそうに見上げてきた。


「で、でも……せっかくの、カイさんとのいちゃいちゃおうちおとまりデートだったんですよ!?」

「いちゃいちゃっ!?」

「そうですよ! ……ううー、やっぱり悔しいですー」


次は子羊のように悲しい顔をするひな。が、ちゃっかりと両手を俺へ広げている。


「はいはい」

「んーっ」


しゃがみ込み、ひなをぎゅっと抱きしめると、ひなの甘えた声が耳元で聞こえ、どきっとする。


「カイさんのにおいですー」

「それをいうなら、ひなもな?」

「じゃあ、おんなじにおいですねー……えへ……」


俺と同じ石鹸を使ったからか、同じ香りがするひなを存分に堪能する。なぜに俺の彼女はこんなにも尊いのか。

数秒が何時間にも感じられる抱擁の後、ひなは嬉しそうにだるーんと顔をゆるめていた。


「えへへ……っはっ! 危うくカイさんのまじないにかかるところでした!」


が、どうやら効果は切れてしまったらしい。これからは、もっと甘やかしてやらないと満足しなさそうだな……なんて考えていると、


「私、まだ納得してないんでした……決めました、ねむさんと直接やってきます!」

「こ、殺すなよ!?」


ころころと表情の変わるひなは、今度は猫のように身を逆立て、ぴょんと立ち上がったかと思うと、お風呂場へと駆けていった。


「……あーめん」


一人残された俺は、ねむの無事を祈ることしかできなかった。







「どんどんどんっ! 失礼しますっ!!」

「お風呂からあがったばっかりなんだけどお」

「関係ないです! どんどんっ!」

「そお? じゃあ、どうぞお」


ひなのちゃんの声がお風呂場の向こうで聞こえ、ちょうどお風呂から上がった私――ねむはのんびりとした声を出した。

荒々しい口調とは裏腹に、実際にどんどんと扉を叩いてないところが、なんというかあ……悔しいけど、ちゃんと弁えてるんだよねえ。さすが、元生徒会長って感じい?


「入りますよ……って、うわああっ裸!?!」

「だから言ったじゃん?」


でも、こういう時には弁えない、勇敢なひなのちゃんなんだけどね?

ぶわっと湯気が廊下に逃げ、その湯気の中から絶世の美少女――ではなく、ひなのちゃんが姿を現す。

言葉通り、一糸まとわぬ姿で立つねむに、ひなのちゃんは一転、ぎょっとした顔でねむを眺め、すぐに両手で顔を覆ってしまった。


「ちょ、せめてタオルを巻いたらどうですかっ!? てか、でかっ!?」

「わぁ、ひなのちゃんのえっち、なあんて」


ひらひらと手を振りながらも、ねむはかいかいから渡されていたタオルを身にまとわす。

あーあ、ひなのちゃんがかいかいだったら、もっと面白い反応が見れたのにい……。

顔を真っ赤にして飛びずさるかいかいを妄想。いいねえ、いつかやってみようかなあ……なんて考えていると、顔を真っ赤に染めたひなのちゃんが、ようやくねむを直視する。


「で、どうしたの、ひなのちゃん。まさか、ねむの裸が見たくて来たんじゃないよねえ?」

「死んでもご免です。もっと別の用で来ました」

「辛辣うー」


濡れた髪に手ぐしを通しながらも、ひなのちゃんの整った顔を見つめる。まっすぐな瞳、固く結ばれた唇、まだほんのり赤い頬。ゆるくサイドで結ばれた天の川のような髪は、なぜか少し乱れている。

うーん、やっぱりかいかいって、メンクイなのかなあ? だとしたら、ねむも、肌ケアとかメイク、頑張らないとぉ……。


「……ねむさんって、ペット、飼ってないですよね」


と、そんな言葉で、ねむの意識が急速に戻された。


「――」

「レオさんがいつか言ってたんです。ねむさんは、小学生以降動物を飼ってない、って」


――ねむは、小学生のころ飼ってたわんちゃんが死んでもおてからは、昔の無邪気さがなくなってん。犬の話とか、ペットの話したら悲しそうな顔をするからさあ、迂闊に出さんようにしいや、ペットの話題とか。


「れおれおのばか」

「共同作戦を企んでいた時に、無関係そうな情報までをかき集めておいて正解でしたね……で」

「わう」


だぁん! といきなり、バスタオル姿のねむを覆うようにしてひなのちゃんが後ろの壁に手をつく。間近に感じる震えるほど端正な顔に、思わず息を詰める。


「あえて、お尋ねという形で。……今、カイさんの家を出ていくつもりは――」

「ないよお?」

「がっくり!」


あえて即答すると、ゆるゆるとひなのちゃんが地面にへたれこむ。が、眼力だけは健在で、


「じゃあ、命令という形で! 出ていってくださいっ」

「そういうのは、言い出しっぺから先に、行動に移すんだよお?」


ばちばちばちっ、と飛ぶ火花。


「カイさんは、嘘が大っ嫌いなんですよ? ペットがなんちゃらとか、そんな嘘を平気でつく人になんて……」

「そういうひなのちゃんだって、仮病使ったんじゃないのお? それに、これは恋の戦。これくらいのこと、大目に見てもらいたいなあ」

「むうっ! す、少なくとも、私の中のねむさん評価はダダ下がりです。平気で噓をつく、手段を選ばない、ただのライバル! い、いや、ライバルでもないですね! とにかく、カイさんに言いつけますよっ」

「かいかいはちょろいから、ひと触りさせたらチャラになりそお」

「なりません!!」


わざとらしくぺら、とバスタオルをめくると、ひなのちゃんがばっと顔を手で覆う。そんな純粋なところにかいかいは惹かれたのかもしれない。


「ひなのちゃんだって、これまでかいかいに嘘、ついたことあるでしょお? 同じことでしょお?」

「うぐぐっ……わ、私は今の話をしてるんですっ!」


……うーん、これじゃあ埒が明かないなあ、なんて呑気に考えながらも、ねむは情報を整理する。

今、一貫して言えるのは、二人とも、かいかいのことが大好きだってこと。

また、お互いかいかいの家に止まる気満々で、それはかいかいと二人っきりがいいということ。


それに、嘘をついたのは確かに悪いことだけどお、もともと、事が済んだあとでかいかいには明かすつもりだったしい……これくらいのかわいい嘘、許してもらえないかなあ?


「許しませんよ!?」

「鋭い第六感んー」


と、無表情と謳われるねむから器用に心情を読み取ったのか、目くじらを立ててひなのちゃんが抗議してくる。


「そおだなあ……。ねぇ、ひなのちゃん。ゲームをしない?」

「?」


地面に座り込んだひなのちゃんに、ねむは思いついたことがあり、かがむようにして顔を近づけた。

突拍子なねむの言葉に、どういうことですか、とでも言いたげな顔。やっぱりひなのちゃんは、感情が顔に出やすいなあ……。


「それって……」

「そお、ゲーム。――かいかいとのおとまりを賭けた、簡単なゲーム」

「――!」


その一言で、ひなのちゃんの表情が一変、白い頬が、活気でほんのり色づく。


「ぐ、具体的には」

「なにかで競って、敗者はかいかいのおうちから出ていく、ってかんじい?」


が、それを言った途端、おもちゃを取り上げられた子犬のようにして、ひなのちゃんはしょぼんと俯く。


「それが……優しいカイさんは残念ながら、ねむさんをこんな夜に家から追い出すことを許しません。残念ながら」

「そんな強調しなくてもいいんだよお?! それに、追い出されるのがひなのちゃんの可能性は考えてるう?」


弁えてるのか弁えてないのか、やっぱりわかんないよお!?

ねむの言葉をスルーしつつどこか不満げなひなのちゃんを前に、ねむは耳を飾るピアスたちを撫でながらも、うーむとうなる。


「じゃあ、なにがいいかなあ……かいかいを独り占めできるなにかあ……」

「――あっ! こんなのはどうですか? 『勝者が、カイさんと一緒に寝られる』」


悪戯気な色を瞳に宿し、ひなのちゃんが提案する。途端、脳内で花開く、ピンク色の妄想。

かいかいと、二人っきりで、一つの狭いベッドの上。横顔を堪能して、触れあって、それで――


「その代わり、敗者はトイレで寝る。妥当でしょう」

「ふぁっ!?」


脳内でムーディな展開が繰り広げられようとしたとき、いきなりトイレが妄想世界に居座る。

冷たいトイレの床に寝そべり、暗闇に残されるねむ。……最悪う、と顔を思わずしかめながらも、ねむは同意の頷きを見せた。

だってえ、負ける気はないんだもおん! トイレの冷たい床じゃなくて、ふわふわなベッドの上、かいかいの隣がいいんだもん!


「では、競う内容ですが……」

「例えば、こんなのはどお? ――寝るまでに、かいかいにどれだけ『かわいい』と言わせるか」


途端、勝ちましたっ、とでも言いたげな表情になり、ひなのちゃんはぐっと拳を握った。

でも、負けるつもりでした提案ではないんだからねえ?


「夜中トイレでしくしく泣いてても、容赦はしませんからね」

「ひなのちゃんこそ、負けてから泣きついてきても、かいかいの隣は譲らないよお?」


ばちばちっとひなのちゃんと視線を交わす。互いの目には闘志がめらめらと燃えていた。



――とんとん、とお風呂場の扉がノックされたのはその時だった。



「あのー……そろそろいいか? 歯を磨きたいんだが……」


「「!!」」



かいかいとの添い寝を賭けた勝負は、まさに今、始まろうとしていた。

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