第31話 おもちかえり④ 「えへ……カイさんの香りです」


「はいっ、あーん! 熱くないですかー?」



「部屋、寒くないですか? 暖房付けましょうか! それとも……私であったまります? あはは、じょーだんですよー?」



「風邪の引き初めには、ハーブティーが効くと聞きました! はいどーぞ! こぼさないよう注意してくださいねっ!」



「お昼ご飯、持ってきましたー! 偉い偉いの、なでなでをください!」



「美味しいですか? わあ、やったあ! カイさんに褒めてもらうと、頑張ってよかったって思えちゃいます」



――午後二時頃。


俺はベッドの上で、彼女に存分に甘やかされていた!



まるで王様気分。こんなに尽くされると、申し訳なくなってくるが……ひなとの約束で、『ごめん』はご法度だからな。



「ひな、本当にありがとう」



代わりに、ひなの頭を優しく撫でながらも『ありがとう』を口に出すと、食べ終わった食器とお盆を手にしていたひなが、ふにゃりと顔を綻ばせた。



「えへへー、いつもはカイさんにお世話にばっかなので、こうして恩を返せるのは嬉しい限りです!」


「ひな……」



俺はなんと素敵な彼女を持ったのだろう、と幸せを噛みしめる。


でもさすがに、食器洗いをはじめ、家事や片づけをさせてしまったのは申し訳なさすぎる。


何かできることはないか、と考え始めた時、それを遮るようにしてひなが顔を寄せてきた。

そして、いたずらっぽく俺に微笑みかけてくる。



「でもですね、先程指をちょこっと火傷しちゃったんです! てことで……痛みをとばす、ちゅーをください!」



俺を全力で休ませようとしながらも、ちゃっかりちゅーを要求してくるひな。



――『いいですか、カイさん! 今日は遠慮せず、どーんと私に頼ってくださいね!』



……しょうがない、今日はひなに全てを頼る日と決めたからな。


その代わりと言っては何だが、ひなの望むことは全て叶えてやりたいのだ。



「ほら、指出せ」

「ん……はい……」



俺は王子様がやるみたいに、ひなのほんのり赤く染まった人差し指に、優しく唇を押し付けた。



「んやっ……す、少しくすぐったいですね……照れちゃいます」



指から唇を離し顔を上げると、真っ赤になったひなと目が合う。


ラベンダー畑のように綺麗な瞳は宙を泳ぎ、照れ隠しか口元をお盆で隠してしまった。



「ひな」

「は、はいっ!?」



そうびっくりしたようなひなもひたすらにかわいくて、俺はベッドに腰かけていたひなを、ぎゅうっと抱き寄せた。



「か、カイさん……!? く、苦しいです……ひゃわーっ!」

「うわっ!? わわ!?」



と、その勢いにお互いが耐えられず、俺たちは抱き合ったままベッドにひっくり返った。



「え、えっと……」

「ご、ごめん!?」



ま、まずいっ!?!


いつも以上にひなのぬくもりと柔らかさが体に触れ、密着し、俺は真っ赤になりながらもひなから離れようとした。


……が、ひなの両手は、俺の背中に回されたままだ。



「えへ……カイさんの香りです」



反射で閉じてしまっていた目をゆっくりと上げると、ひなの照れたような顔がすぐそばにあった。


ベッドに転がった状態だからか、ツインテールに結ばれた銀髪が、一束、するりと方から滑り落ちる。


どこか囁き声になりながらも、ひながくすりと照れたような笑い声を上げた。



「なんだか……ベッドの上だと、いつものぎゅーとは、ドキドキさが違いますね?」

「あっ、ああ、そうだな」



顔にかかる吐息に、鼻をくすぐる甘い女子らしい香り。


ひなの桃色に染まった頬に、伏せられた瞳と長いまつげ。


富んだ胸は、重力に従いゆわりと沈み、柔らかさが垣間見える。


さらに、俺のパジャマじゃ覆い隠せなかった滑らかな肌が、嫌と言うほど俺の目を吸い寄せる。



「……っあぶねぇ!?」



……って、やめろ、落ち着け、落ち着くんだああ!!!


間一髪で俺は意識を取り戻し、自分を叱咤した。



おうちデートとはいえ、まさか、そういうことにはならないだろうっ!


手を出すな、そう兄にも言われてただろう!? そうだ、期待するな! ひなはただ、俺の看病をしに来てくれたのであって……。



「カイさん……」

「ぅ……!?」



しかし、頑なに解こうとしない、背中に回された細い腕、それにさりげなく絡めてくる細い足が、俺を拒絶していないことを示している。


さらに、俺の名前を呼ぶ、蜜のように甘い、とろんとした声。



……こ、これは、いいのか?? 男になれと……そう、言っているのか!?



「……っ、ひな」

「……」



もう、抑えられないぞ? 実は、これまでずっと我慢してきたんだ……いい、よな?



ひなの、伏せられた瞳。


俺は、ひなの背中に恐々と手を回す。

驚くほどに華奢であたたかな体。



俺は、ひなの桃色の唇に、半ば強引に唇を重ねようとし―――






――ぴろりん、ぴろりん!! とけたたましい通知音が、そんな空気を叩き壊した。





「あ、え、えーと……!」

「こっ今度は、カイさんのスマホですかね……!?」




き、気まずい……気まずすぎる。



俺たちはいそいそと体制を整え、絶妙な距離を保ちながらも、パーソナルスペースを確保する。

ちなみに、お互いの顔は、梅干しもびっくりなほど真っ赤である。



「と、友達でしょうか……あはは……」


「え、えーと、親からかもしれないし……ど、どれどれ……って、はっっっ!?」







《かいかいー、明日、二時からでも大丈夫かなあ?》


《デート、楽しみだねえ》







そのメッセージを開いた途端……先程の顔の火照りは何処へ、顔面蒼白になり、ぴたりと静止するしかなかった。






「やべっ……ねむとの約束、明日だった……」

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