第18話

 

 ▪️影の存在


「……ここか」


 オルクスは単身、ソラスの部屋の前に来ていた。

 部屋自体には既に魔法結界の名残もないらしい。色々と損傷はあるらしく、テノスの指示で取り急ぎ復旧の運びとなった。

 渦中のソラスも今は別室で寝ており、部屋には誰も居ない状況となっている。もぬけの殻となった場所であるが、オルクスはこの部屋に用があって足を運んだのだ。


『この屋敷の最後の噂だが、俺の元に来た情報とペトラの話を合わせて考えれば恐らくーーーー“魔物”はソラス嬢の部屋か、本人のどちらかに潜伏していると考えて間違い無いだろう』


 グラウが明かしたラングウェイ家の秘密。

 初めは極めて信憑性が少ない情報だったが、グラウはそれを確かなものにすべく、屋敷に来た際に別働隊を使用人として放っていた。

 そして先程、メイドとして忍ばせていたメンバーから報告が上がったという。


 なんでも、それは一切の反応を見せずに対象に寄生し、生体エネルギーを吸い取る魔物だという。対象は無機質、有機物を問わない。どこにでも何にでも寄生できる存在との事だ。

 にわかには信じられない話だ、長い冒険者生活でも耳にした事がない。

 グラウの情報網がどれ程かは知らないが、己の目で確認するまでは信じないと言うオルクスに対し、グラウはそのギルドメンバーと同行するように指示を出してきたのだ。


 待ち合わせは部屋の前だが姿は無い。

 怖気付いたのかと鼻で笑っていると、いきなり背中を叩かれ、即座に警戒態勢を取った。


「ッ!?」

「初めまして、貴方がマスターの言ってた悪人ヅラですか」

「なッ、誰が悪人ーーーーお前、その耳……!」


 殺気も気配も無く、無抵抗のまま後ろを取られた。常に警戒心を絶やさないオルクスだったが、今のはどう考えても反応がそもそも間に合っていない。

 焦りを見せるオルクスに対して、背中を叩いた張本人は長い耳を揺らして悪戯げに笑ってみせた。


「ふふん、これで身に染みたでしょう? 情報もそうだけど気配を完全に消す方法なんて沢山あるの。もっとも、人間の常識の範疇では異様に見えるかもだけれどーーーー」


 褐色の肌、淡い金髪。

 翡翠の様な瞳をした少女は、メイドの格好でオルクスの背後に立っていた。


「お前、エルフ……なのか?」

「ぶっぶー、私はハーフエルフですう。まあ、今では大陸中探したってどっちも珍しいと思うけどね」


 エルフとは人間に酷似した種族であり、分類的には魔族だ。人間に害を出さないものとして認識されており、知能も高く、人語を理解している。

 一部では生活を共にしたりもするが、大多数の街では人間の奴隷として扱われ、迫害の対象ともなっていた。


「言っとくけど私はグラウ君の性奴隷とかじゃあ無いよ。あの子は奥さん一筋だからね」

「いや、そこまで聞いてないぞ。と言うか……グラウ“君”?」

「うん、グラウ君」

「……まあ、それはどうでもいいか」

「ふうん、私を見てもそのリアクションか」

「何がだ?」

「血で言えば半分だけど、魔族だよ私?」

「別に大した事じゃないさ」

「ん?」

「昔、とあるハーフエルフに世話になったんだ。だからその……驚きはしたが他意はない」

「なるほど」


 ハーフエルフの少女は笑みを浮かべると、メイド服のスカートをたくし上げて、カーテシーをしながら頭を下げた。


「ギルド・ハーメルン所属、リリーナ・ルッツ・クルェイだよ。名前が長いのはエルフだから許してね。リリーナでいいから」

「オルクス・フェルゼンだ」

「じゃあオルクス君、短い間だけどよろしくね」

「待て、お前は諜報員なんだろう? もし魔物との戦闘にでもなればーーーー」

「ふふん、心配しなさんな。ハーメルンのギルドメンバーは曲者揃いで有名なんだよ」


 リリーナは目の前で指をスライドさせるーーーー現れたのはスキルボードだ。

 通常、エルフは純血の魔族なのでスキルボードは扱えないが、ハーフエルフともなれば話が別だ。会得できる技に僅かに違いは有るのだが、殆ど遜色無く体得できると聞く。

 その証拠に、リリーナのスキルボードには『魔術師ランク38』と『僧侶ランク22』、加えて『盗賊ランク31』と刻まれている。

 複数の職業を扱う事は可能とされているが、様々なものに手を出すとどこかが疎かになってしまう。

 ひとつの職業を極めるのが一般的と言えるだろう。


「ソラス嬢ほどじゃないけど魔法はお手のものだよ。伊達に長く生きてないからね」

「……ちなみに何歳なんだ?」

「レディに歳を聞くのはNGだよ?」

(じゃあ何故に自慢気に話したんだ)

「さてと!」


 リリーナはオルクスの話も半分にメイド服をバサリと脱ぎ捨てた。

 初めから内側に着ていたらしく、随分と動きやすい格好となったが、ペトラに似ている所を見るとこれがハーメルンのギルド衣装なのかも知らない。

 チューブトップに包まれた豊かな胸を揺らしつつポーズを取る。ハーフエルフ特有の童顔のせいか違和感を拭えずにいた。


「ん? これでもサラシ巻いてるからね。ペトラちゃんと違ってグラマラスだから私」

「だから聞いてない」

「目線がヤラシイんだよね。あ、目付きが悪いからか」

「…………」


 ハーメルンの連中は例外なく“相手をするのが疲れる”。オルクスの中で認識が固まったところで、リリーナは腕を回しながら部屋に向き直った。


「さてと、やりますか」

「待て、お前は魔法が使えると言っていたが、相手は魔法でも感知出来ないんだろう? だったらどうやって見つける」

「どうやってって、私は“ハーフエルフ”なんだよ?」

「む?」

「まさかハーフエルフの知り合いが居たのに知らないの?」

「……あ、ああ。その人は剣士だったからな」

「へえ、珍しいね。それじゃあちょっと待っててねー……」


 リリーナは部屋の前で意識を集中させた。

 両手を胸の前で合わせると、大きく息を吸ってーーーー吐く。

 その動作を二、三度繰り返すと、リリーナの身体の表層が淡く光を帯びた。


「なんだそれは?」

「これは大体のエルフに備わっている感知能力だよ。他にも心を読んだり出来るって聞いた事ない?」

「……あまり把握してないな」

「勉強不足だねオルクス君。ちなみに君の考えている事は全部見えてたよ」

「!?」

「はいお終い。さてさて、面倒だねこれは」


 光が霧散するや、リリーナは二つ隣の部屋ーーーーソラスが一時的に眠っている部屋に視線を結んだ。


「……例の魔物、ソラス嬢本人に寄生してるね」

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