第20話

 

 本来、【ガスト】は低級の魔物とされており、駆け出しの冒険者が最初に対面する不定形類として有名だ。

 霧状の身体を持ち物理攻撃が効かない性質上、魔法のみが有効とパーティによっては苦戦を強いられる相手だ。

 しかし、今回オルクス達が対面しているミストヴェノムは“寄生”という通常種とは異なる行動をしている。本体が霧状であるならば理論上は可能かも知れないが、対象の精神まで侵食するともなればミストヴェノムの特異さが際立つだろう。

 現にソラスは意志を失ったまま、自身の本質をそのままに操られている。扱う魔法は一切の遜色を見せず、対峙する二人に容赦なく牙を剥こうとしていた。


『さて、蹂躙を始めようか』

「……くッ!」


 せめてミストヴェノムだけなら打開策もあっただろう。しかし今目の前にいるのはソラスであり、攻撃しようにも彼女を傷付けてしまう。

 それがミストヴェノムの狙いでもある手前、オルクス達は攻勢に転じる事が出来なかった。


(街に被害が出る前になんとかしなければ……)


 既に標的は街全体に及んでいる。

 ソラスの持つ魔力はオルクスの想定を軽く超えており、肥大化した炎と氷が渦を巻いて上空を支配していた。


「ヤバイよあれ……ソラス嬢の元々の魔力もそうだけど、他にも何か混ざってる」

「なんだと?」

「なるほどね。ガスト種ならでは、猛毒を混ぜ込んだ範囲攻撃って事だよ」

「ッ!」


 炎、氷、そして激毒。

 複雑に絡み合う魔法は周囲に急激な温度変化をもたらした。ある場所は凍てつき、ある場所は灼熱の風が吹き抜ける。

 複合魔法【アブソリュート・ノヴァ】。

 炎属性と氷属性を極めた術者の中でも一握りが扱える最上級範囲魔法だ。魔術師ランクでいえば最低でも60を必要とし、更に厳しい鍛錬の末に実現するものである。

 ソラスの元々の魔法に対するポテンシャルの高さと勤勉さ。努力を惜しまない天才が成せるものだが、今はそれが仇となっている。


「あんなの、私の魔法じゃ焼石に水だよ」

「…………」


 考えろ。オルクスは頭の中で最悪のケースを想定した。

 冒険者であるならば状況において最善を尽くす様に動く。Sランクはその一挙手一投足で生死が決まる依頼ばかりだった。これまでに直面してきた死線の数々が瞬く間に脳裏を過(よ)ぎった。


 街全体の崩壊と天秤にかけるのはーーーーソラスの命。

 何千という命を秤にかけた場合、優先すべきはどちらなのか、頭の中で残酷な答えと抗いたい気持ちが執拗に鬩ぎ合う。


(決めろオルクス・フェルゼン! 俺は……俺は!)


 キィン。


「!?」


 突如、脳裏にフラッシュバックした眩い光景。


(なんだこれは……ぼんやりとして、淡い何かがーーーー)


 食卓を囲う親子。

 両親と小さな女の子……どこか面影がある。


(まさかソラス嬢、なのか?)


 時間にしてほんの数秒。

 脳裏を貫く瞬間的な痛みの末に見たものは、家族が食事をしている風景の一部だった。


「そうか……これはソラス嬢の記憶」


 母親の作った料理を食べながら共に笑い合う。ありふれた光景だが、かけがえのない満たされた時間。


「……リリーナ、全力で周りを守ってくれ」

「え、オルクス君?」

「俺は……何も失わせたくない!」


 刹那、腰に差していた燐天に光が宿る。

 鞘から抜くと同時に刀身から溢れたのは炎ーーーーまるで太陽を切り出したかの様な眩い炎だった。

 オルクスロングソードから燐天に持ち変えると、そのまま溢れた炎を刀身に纏わりつかせた。燐天の延長上に伸びた炎は薄く押し固められ、まるで剣の様に姿を変える。


「オルクス君、それは……」

「分からない、ただ……頭の中に何かが見えて、ソラス嬢を……街を救いたいという気持ちが、燐天に伝わった」


 猛る炎は炎の刃となり、激しい熱を帯びて剣と化す。


「これが俺の新たな燐天……【フランベルジュ】」

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