第21話

 


 ▪️朧を穿つ刃と


「これが俺の新たな燐天……【フランベルジュ】」


 刀身に纏わせた炎は眩い光を放ち、ロングソード程の長さで押し固まる。不思議な炎だ。激しい熱を帯びつつも、刃文は輝きながら淡く揺れている。


(不思議だ……かつてない程に手に馴染む)


 これまで様々な剣を扱ってきた。そんな中で辿り着いた燐天という終着地。

 しかし、この燐天が進化したフランベルジュはそれを凌駕する力を放っていると言えるだろう。握っているだけで伝わってくる、オルクスの想いに呼応する激しい熱量そのものが。


『クク、今更そんな剣を出したところで無駄だ。この娘を殺さずに私に刃を届かせる事は不可能だとまだ分からないか?』

「……いや、問題ない」

『なんだと?』


 理屈じゃない、確信めいたものがこのフランベルジュには存在した。

 気を抜けば全身から溢れそうな炎を右手に留めつつ、オルクスは一切の迷いを捨てて駆け出す。

 何という速さだろうか。自分の身体ではない感覚に戸惑いさえ感じる。全身が羽になったのではないかと錯覚する程の瞬足を経て、オルクスはミストヴェノムーーーーソラスの背後に一瞬で回り込んだ。


『!?』

「……すぐに助けてやる」


 張り詰めた空気が静寂を得て、周りの大気を震わせた。

 押し留められた紅蓮は堰を切った様に溢れ出し、フランベルジュを更に巨大な剣へと昇華させた。止め処なく逆巻く炎は赤から青へ、そして白へと変化し、闇を焼き尽くす焔と化す。


「これが、燐天のあらたな可用性ーーーー」


 鋭い剣尖が弧を描き、下段から上段へと振り抜かれる。ーーーー速い、音が剣撃を追う形で鳴り響き、その刹那に光の柱が天を貫く。


「絶技【煌牙(こうが)・穿吼炎天刃(せんこうえんてんじん)】!!」

『なにッッッ!?』


 突き抜ける斬撃はそのまま消え失せるが、刃の軌道上に居たソラスには傷一つ付いていなかった。

 だがしかし、その背後に揺らめく黒い瘴気のみが実体を露わにし、鋭利な切り口を見せながら両断される。

 オルクスの放った一撃は上空で展開されていた上級複合魔法【アブソリュートノヴァ】すらも呑み込んでいた。暗雲立ち込める空には光が差し込み、街の空気は一変して明るく照らされる。


『馬鹿な……こんな事が、ある筈など……』

「幕引きだ、ミストヴェノム」

『あり得ない、あり得なーーーー


 再び音もなく剣が煌めき、残滓すら残さずミストヴェノムは葬られる。オルクスはその場に膝を付いたソラスを支えながら、自らの内側に消えていく感覚を静かに覚えた。不思議な感覚だ。あれだけの熱が嘘の様に、静かに引いていくのが手に取るように分かる。

 完全に熱が引くと、次の瞬間には燐天は元の包丁へと姿を変えていた。


(今のは……まさか創者の新たな力なのか?)

「オルクス君!」

「……リリーナ、無事か?」

「なんとかね。全部君のお陰だよ」


 晴れ渡った空を仰ぎ、リリーナは疲労の色を濃くする。


「ソラス嬢みたいに強力な結界は張れなかったけど、周りは無事みたいだね。もう魔力がすっからかんだよ」


 あの絶大な衝撃は全て魔法結界に包まれていたらしく、被害らしい被害は屋敷の一部が崩壊した程度で済んでいた。

 もし【アブソリュートノヴァ】が発動していれば近隣の消失と多数の死者は避けられなかっただろう。


「助かった、ありがとうリリーナ」

「こっちこそ。お疲れ様だよオルクス」

「おーい、二人共!」


 慌てて駆けてきたのはペトラだった。

 辺りの光景を目の当たりにし、喜びと混乱が入り混じる中で息を荒げている。


「た、助かったんだよね!? ソラスは無事なんだよねッ!?」

「落ち着け、気を失っているだけだ」

「!? よかったぁぁぁぁあ!」

「……ん、んん」


 ペトラに抱きつかれたソラスは小さく声を上げ、やがて微睡の中から意識を掬い上げる。

 重たい瞼が開いた先には、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったペトラの顔があった。


「私は……何を?」

「うああああんソラスぅううう!」

「ち、ちょっとペトラ、待って……えっと」


 状況が飲み込めないまま、ソラスは胸の中で泣きじゃくるペトラの頭を撫でた。やがて周囲に視線を巡らせ、オルクスとリリーナの姿を確認してハッとした。


「あ……私、そっか」

「ソラス?」

「ちょっとだけ、覚えてるの。私の中で何かが膨れ上がって……いつの間にか抑えられなくなってた。それを……貴方達が助けてくださったんですよね?」

「礼はいらないさ。悪いのは全て魔物の仕業だからな」


 燐天を鞘に仕舞いながらオルクスは視線を上げた。遠くでグラウの姿が見えるが、よくやってくれたとばかりに親指を立てている。それを見て苦笑しつつ、心地よい疲労感に包まれた。

 ソラスはペトラの肩を借りてゆっくり立ち上がると、壊れた屋敷と避難した皆を見て、改めてオルクスに頭を下げた。


「……ありがとうございました」

「礼なら全てが終わってからでいいさ。ソラス嬢、まだやってもらわなくてはいけない事がある」

「……!?」


 ソラスは慌てて避難した人間達に視線を戻した。その中で簡易ベッドに横たわる父親ーーーーボリスの姿を見つける。


「お父様!」

「ソラス嬢。ボリス伯が管理している【月の雫】、その結界をどうにか出来ないだろうか? 今、ボリス伯を救う手段はそれしかないんだ」

「月の雫……」

「ソラス嬢の魔法が必要なんだ。ボリス伯を救えるのはお前しかいない」


 その言葉に、ソラスは自らの足でしっかりと立ち、ククル樹林から流れる川を覆う結界を見据えた。


「……分かりました、お任せ下さい」

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