第9話

 

 ▪️帳の中で


 時刻は深夜近くだろうか。

 街の外で魔物との戦闘をソロで繰り返した楓矢だったが、帰りの道中ではミリアから得た冒険の基礎知識を実践していた。

 使える薬草の見分け方、あるいは討伐した魔物の処理など、依頼を熟す上で最低限の知識の数々。長い目で見れば基礎は怠れないとの判断だが、こういった部分でも楓矢の性格の一端が滲み出ていた。

 周りの認識もそうだ。

 燐天の修復の後、ミリアは少しだけ楓矢に心を開きつつあった。人を突き放そうとする態度の裏側、見知らぬ土地での不安からくるものだ。

 それらを考えてみれば冷静でいられる方がおかしい。同じ目線になってみれば容易に見えてくる。


 表面上では勇者くん呼びのままだが、先の冒険の知識を親身に教える位には打ち解けている。

 オルクスとのパーティを解消させたわだかまりは残ったままだが、冒険に危険が付き纏うのと同じで、これも人生における試練なのだとミリアは納得し胸の内に収めた。


 ▪️


 街まで帰ってくると、時間も遅い為か小さな照明だけが辺りを照らしていた。昼間は活気の溢れていた広場すら、夜になると閑散とした空気に包まれている。

 楓矢はそんな風景を横目にギルドに足を運ぼうとするが、少し遠くに見える人影を確認してピタリと動きを止めた。


「あれは……」


 暗闇に馴染む青い髪、鋭く切長の目、そして冒険者の格好。

 オルクス・フェルゼンの姿を目視で確認するや、楓矢はバツの悪そうな表情を浮かべた。


「んだよ」


 楓矢の居心地の悪そうな声が暗がりに響く。

 その言葉にオルクスは答えず、静かに前に出てーーーー何かを取り出した。


「……は?」


 包丁だ、闇夜に溶ける黒刃の包丁。

 無言で突き出された包丁を見た楓矢は暫く思考を巡らせ、ハッとして声を大にした。


「おまッ……それ、まさかあの剣か?」

「そうだ」


 短く答える。

 確かにヨルズに修理を依頼したが、てっきり元の状態が近しいものになっていると思っていた。しかし目の前にあるのはどう見ても料理包丁であり、楓矢の想像の遥か斜め上だった。


「意味がわかんねぇ……」

「いや、これで良いんだ」


 困惑する楓矢を他所に、オルクスは新たな形で生まれ変わった燐天に視線を落とす。


「俺はお前に敗れ、魂である燐天を折られた。けれど……そこで道が閉ざされた訳ではない」

「…………」

「俺はここから先、新たな道を探して進む。この生まれ変わった燐天と共にな」

「けッ、そうかよ」


 複雑な感情に思考が乱れる。

 やはりオルクスを前にすると、どうしても敵意に似た雰囲気を纏うしかない。

 しかしオルクスは構わず楓矢の横を通り過ぎるが、去り際に「……燐天の件だけは感謝する」と残した。

 楓矢は咄嗟の言葉に呆気に取られたが、すぐに「礼なんて気持ち悪りぃぞバーカ!」と叫んだ。それはオルクスの背に届くが、それ以上に言葉を交わす事は無かった。


「……ったく」


 肩の力を抜く楓矢。

 女神はそれを微笑ましく見ていたが、楓矢の視線を感じると、実体が無いのにも関わらず取り繕った空気を醸し出した。


『ふふ、良かったですね』

「何がだよ」

『いえ、何でもありません』

「ちッ……」


 必要以上に多くを語らない。それが二人の今の関係であるならば正解なのだろう。

 ボサボサになった金髪を掻きつつ楓矢は再び歩き出した。


 ▪️夜食


 ギルドに到着すると、外側からは小さな灯りだけが見えていた。鍵は掛かってないらしく、手を伸ばすとドアはスッと内側へと開いた。


「おかえりなさい」

「お、おう」


 ずっと待っていたのか、テーブルにはミリアが座っていた。


「寝ずに待っててくれた感じ?」

「ううん、今さっき起きたの」

「え、遅くない?」

「ポーション作ってたら眠くて」

「ああ、確か魔力たくさん使うって言ってたっけ」

「どうだった?」

「サンキューな。すっごい効いたわアレ」


 日和って大した怪我でもない内に使ったーーーーとは流石に口に出来なかった。


「ねえ勇者くん、お腹減ってない?」

「ん? そういやまともに食ってないな」

「でしょ? 夜食があるんだ」


 ミリアはパタパタとキッチンへ消え、そしてすぐに何かを運んできた。熱々に熱された鉄板に乗ったハンバーグ、このギルドの名物料理だ。


「美味そうだな。あのオッサン……ええと、ウォルフさん? の得意料理だっけか」

「ほらほら、冷めない内に食べようよ」


 言ってミリアは自分のも運んで来た。心なしか大きさは楓矢の二倍はありそうだが、楓矢はそれには触れず、視線をハンバーグに戻した。

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