第10話

 


 ▪️夜食


「これって……」


 目の前に置かれた一皿。

 そこには出来立てとしか言いようがないハンバーグが乗せられていた。


「ミリアちゃん料理できたんだ」

「そ、その言い方は引っ掛かるけど……いや、まあ出来ないんだけどね」

「んじゃウォルフさんが作ってくれたんだな。顔怖いけど優しいんだなあの人」


 初対面で叩き割られた机に視線を向ける。

 なんともワイルドに修復された机だが、ギリギリ机としての本質を欠かないクオリティは保っているだろうか。


「ささ、食べて食べて。私も“また”食べるから」

「……また?」

「えへへ、実は夕食でも食べたんだよね。でもこれは夜食だから別だから!」

「……お、おおう」


 その身体のどこに入るんだか。


(……胸か)


 もちろん口に出さないが、どうやらミリアは大食漢なのは間違いないらしい。嬉しそうにライスを皿に盛る姿を見て、途端に楓矢は可笑しくなった。


「お、多いかな?」

「いや、それでオッケー……なんだけど」

「ん?」

「……ん、何でもねえや」


 何だろう、この感じは。

 食事を用意する姿が記憶の中の“なにか”に重なる。

 ミリアの姿なのか今の状況なのか。上手く言葉には出来ないが、頭の中に存在する微かな記憶に違和感を覚えた。


(ま、いっか)


 きっと気のせいだ。自分にそう言い聞かせ、大盛りになったライスを受け取るとパシンと両手を合わせた。


「んじゃいただきます」

「いただきまーす」


 まずナイフとフォークを動かしたのは楓矢だ。

 大人の拳大はある肉厚のハンバーグ、その中央にナイフをそっと乗せる。


「うは、すげぇ」


 ツプリと刃先が沈むと肉汁が溢れ出し皿に広がった。断面から立ち込める野生的な肉の香り。忘れ掛けていた空腹感を掻き立てるには十分過ぎる刺激だった。

 楓矢は二つに分けたハンバーグの内、その片方をフォークで突き刺す。デカいか? いやイケる。一口サイズからは程遠いが、そのまま躊躇せずに肉の塊に齧り付いた。

 圧倒的なまでの肉々しさ。つなぎが少ないのか、ダイレクトなまでの肉の旨味が一気に口に広がる。程よい弾力、噛めば噛むほど溢れる肉汁、それらをソースが纏め上げ、渾然たる味の波が押し寄せてきた。


「美味え!」

「うーん、やっぱり最高だよお」


 一口食べた衝撃は凄まじく、楓矢はそのままの勢いでライスを頬張った。

 少し硬めに炊かれたライス、そして口の中に残る肉とソースの旨味。絡み合う事で相乗効果を生む美味の連鎖。


 初めてだーーーー全てを忘れさせる食への没頭。

 食べている最中は目の前のハンバーグしか頭に無かった。対面に居るミリアさえ存在しないかの様に、ただただ咀嚼を繰り返す。

 空腹も相まって楓矢の手は止まる事なく動き続け、夜食は怒涛のままに終わりを迎えた。


「ぷはー、食った食った」

「ご馳走様でした」

「しっかし本当に美味かったぜ。またウォルフさんに作ってもらおう」

「あン? 俺が何だって?」


 トイレに行っていたウォルフが顔を出す。

 寝起きなのか表情はやや呆けているが、少し鼻を効かせるや目を見開いた。


「へえ、やるじゃねえか」

「ん?」

「あれだけの時間で随分と上達したもんだ。まあ俺の教え方が良かっただけか」

「おいおい、何の話だよウォルフさん」

「あン? 食ったんだろハンバーグ」

「え? ああ、めちゃくちゃ美味かった!」

「なら本人にそう言ってやれ」

「は? だから言ってるじゃん」

「……なるほどな」

「え?」


 ウォルフはミリアに視線を移す。それに気付いたミリアは小さく舌を出し、申し訳無さそうに楓矢に伝えた。


「えっと、それ作ったのオルクスなんだよね」

「……なッ、はぁああああ!?」

「素直に言ったら楓矢食べないと思ってさ。てへへ」

「がはは、一杯食わされたらしいな」

「……ッ」

「勇者くん?」

「あ、あいつには……言わないでくれよ」

「……ふふ、了解だよ」


 こうして、やや遅い夕食が終わりギルドの明かりは消えた。

 オルクスは野外からそれを遠くから眺め、夜空に向かって燐天を掲げた。


(少しずつ、少しずつでも……俺は俺の目指す料理を極めてやる)


 静かに心の中で誓った。

 誰かを笑顔に出来る料理を振る舞う。それがオルクスの新しい目指す道なのだと。

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