第11話
▪️覚醒
奈落の底、悪魔神官ゴルドは闇に巣食う全ての配下を引き連れ、眠り続ける魔王の間に急いだ。
有象無象の千を超える魔王の軍勢。それらが一斉に召集される事は極めて稀で、配下の魔物達はいよいよ魔王が目覚め、人間界を滅ぼすべく進軍するのかと息巻いていた。
かつてない程の熱量が闇に渦巻き、奇声や雄叫びが木霊した。
魔王が降臨し、目覚めぬ間に様々な事が起こった。
記憶に新しいのは魔神達の離反である。実力で言えば悪魔神官であり魔王側近として生まれたゴルドと同等かそれ以上であり、手練れの冒険者すら楽に屠れる能力を持つとされる。
異形獣キマイラ
魅惑魔リリス
骸騎士ガイウス
双魂天魔イース・ルーツ
糸絞無命リムレア
そして悪魔神官ゴルドの計六体だ。
魔神は魔王と共に生まれ、人間を滅ぼすべく存在した。しかし魔王が目覚めぬ今、彼らは自らの意志で使命を全うすべく離散した。
その愚かな行為にゴルドは強く反発したが、たった一人で残りの魔神を相手に勝てる筈もない。手負となったゴルドはたった一人で残りの魔物達を従え、眠りにつく魔王の側で力を蓄え続けた。
側近として生まれた故か魔王に対する忠誠は他を圧倒している。己の身が滅びようとも、魔王が目覚めるその瞬間まで命を燃やすと誓っていた。
そして今、ゴルドにとって最大の分岐点が訪れた。
「……ゴルドサマ、これハ一体」
とある魔物が問うと、ゴルドは不自然な程の汗をかきつつ、震えた声で答えた。
「よ……呼んデおられル……」
「……ゴルドサマ?」
「魔王サマが……目覚めヨウト……その為ニ、我々の命ヲ喰らいたいと……仰っておらレル」
魔物達はそれぞれ顔を見合わせ困惑の色を浮かべる。
ゴルドは魔王の側近として覚醒を果たし、他の魔物を圧倒する能力を得た。故に魔王の意思の片鱗を感じ取ること自体は不思議ではない。
しかし今のゴルドの様子はこれまでのものと違い、どこか異様な空気を感じざるを得ない。まるで別の意思に突き動かされている様なーーーー
「お前タチ、我々ハこれヨリ、魔王サマに命を捧げル」
ゴルドは杖の先端を地面に突き立てる。
地を走った衝撃は辺り一面に広がり、この場にいる全ての魔物の動きを瞬く間に拘束した。
「ゴルドサマ!?」
口々に騒ぐ魔物達を背にしたまま、ゴルドは魔王に対し深く膝をつき、ゆっくりと頭(こうべ)を下げた。まるで、既に魔王が目を覚ましているかの如く。
「我々は魔王サマの血ニクとなり、永遠の刻ヲ共にしマス。ああ、魔王サマ……どうカ、世界をソノ手にーーーー」
ザンッ。
刹那、血飛沫と共にゴルドの首が消えた。
血飛沫の延長線上、闇より深い黒の先端がユラリと蠢く。闇に揺らめく漆黒の刃はゴルドを皮切りに次々と魔物達の首を刎ねていった。
残された魔物達は状況が理解出来ぬまま慌てて逃げ出すが、背後から現れた複数の漆黒の先端が翻されーーーー貫く。
収縮した刃は三つの先端を有しており、グニャリと生き物の様に伸縮しながら魔物達を貫いていった。
引き裂き、貫き、魔物達の血肉は余す所無く、鎮座する魔王の腹部に現れた“口”らしき裂け目に飲み込まれた。
次々と起こる断末魔と赤い飛沫。
ほんの十秒に満たない僅かな時間で、ゴルドを含めた魔物千匹の軍勢は魔王によって食い散らかされた。
「これが……魔王様の力だと?」
死屍累々の惨状の中、ただ一体だけがその場に膝を付き、震える声を溢していた。
「違う……違う。これは、私の求めた飢餓の意思じゃない」
ザシュッ!
漆黒の刃物が腕を切り捨てるが魔物は微動だにしない。
やがて身体を貫かれようと、肩から肋骨を砕き裂かれようと、四肢を切断されようと、一切の抵抗も見せずに続けた。
「ふはは、これは偽物だ……これはーーーー」
ズンッ。
やがて残りの肉体を背後から貫かれ、そのまま地面に突き立てられる。たった一体、残された魔物は霞む視界の中で見た魔物の姿。
腹部の口は縦に広がり魔王の肉体を二つに裂いていく。腹部だけだった口は魔王の肉体そのものに侵食し、中から現れた二本の舌らしき器官によって双方に押し広げられーーーー
ズズズ…………。
魔王の肉体は既に原型を留めていない。歪に形を変えられた肉片の中枢から光が溢れた。
赫い光だーーーー鮮血すら霞む赫い光。
それは地面に落ちると、渦を巻きながら円形に展開された。
(……魔法陣?)
魔物の予測は当たっていた。
赫き線はやがて魔王を囲い、内部を複雑な紋様で埋め尽くす。完成した魔法陣からはキィィイインと甲高い音が発せられ、奈落を崩すほどの超振動を生み始めた。
「クク……なるほど。これが世界が選んだ飢餓の形か。だとすればーーーー
魔物は首と胴だけになりつつ、崩壊する奈落を見上げて嘲笑った。
黒曜石の様な肌に亀裂が走りーーーー砕ける。全てが崩壊に呑まれる刹那、辛うじて残った眼球のひとつが闇に溶け……。
ズズンッ!
奈落の底に続いた穴は凄まじい衝撃と共に爆散し、赤黒い光の柱を天に伸ばした。
やがて光が収まると、無惨に抉られた地面の中心で何かが動いた。魔王の大きさからすれば小さ過ぎる。たがしかし、そこには確かに、ゆっくりだが身体を起こす存在がいた。
足元まで伸びる白髪。
真紅の瞳。
それは虚な目をしたひとりの少女。
「……ここは、どこ?」
奈落の底で魔王すら喰らい誕生した存在は静かに、虚空の中で静かな産声を上げた。
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