第28話
▪️狼とシェフ
デルトール海岸は満潮時に沖合から流れる激しい海流が特徴である。
しかし、干潮の際は打って変わって凪の様な静けさを持っている。この緩急の差によってもたらされるのは生息する生き物の選別であり、海中は繰り返される濁流と静寂を耐え抜く体力が必要なのだ。
デルトール海岸を住処にしている魔物の中でも特に獰猛とされているのが【クルーアルシュリンプ】という甲殻類の魔物である。
頭から尾の先までは二メートルに達し、荒波に耐え抜く堅牢な殻で全身を覆っている。守りに対して絶対的なアドバンテージを持つのに加え、両手の鋏は鋼鉄をも断ち切る鋭利さを兼ね備えるなど攻守に置いて隙がない。
陸地では動きが遅いなど考慮した場合、クルーアルシュリンプは単体でランクBに相当する。主に陸地から魔法で迎撃すれば討伐は可能なので、遠距離からの攻撃を得意とするパーティなら倒すだけなら造作もないだろう。
しかし、この時期だけは話が違っていた。
産卵期。
クルーアルシュリンプは年に二回、拳大の黒い卵を合計二十個ほど産み落とす。それらを抱卵している間は凶暴性を増しており、討伐難易度は一時的にAランク相当となる。AランクとBランクの差は著しく、うっかり産卵期のクルーアルシュリンプに出会い命を落とした冒険者は少なくない。
オルクスはデルトール海岸を歩きながらその姿を探していた。
「今が丁度、クルーアルシュリンプの産卵期の筈だ。あの卵は珍味として有名だが……」
これまでの依頼で倒した事は何度もある。もちろん産卵期を含めてだ。
そんなクルーアルシュリンプだが、シェフとなった今では見る目が変わってくるだろう。本体の可食部の身、そして卵。倒すだけには留まらない調理への興味が俄然として湧いてくる。
「潮は引いているな……ならばその辺に姿が見えてもおかしくないーーーー」
そこまで言い掛けたオルクスだが、少し遠くで硝煙を上げる物体が視界に入り足を止める。
なんだ、誰かいるのか?
何やら冒険者らしき人物が三人、浜辺で焚き火を囲っているのが見えた。
産卵期のクルーアルシュリンプは危険だ。その冒険者達がどのランク帯かは定かではないが、忠告くらいはしておこうとオルクスは接触を試みた。
「おい、アンタ達」
「ん?」
オルクスの声に反応を示したのは三人の内の一人で、紅蓮の様な赤髪が特徴の男だった。年齢はオルクスと同じくらいだろうか。傷だらけの上半身を晒したまま、食事中なのか口一杯に何かを頬張っていた。
「なんふぁお、おまふぇ」
「ちょっとロッド、口の中無くなってから喋りなさいよ馬鹿」
「すまない、連れが見っともない所を」
「いや、別に……」
話を返してきたのは獣の頭と人間の身体を有した亜人ーーーーいわゆる獣人の男だ。
人間の男女に獣人の男。
一見すれば異色な三人だが、その唯ならぬ雰囲気をオルクスは感じた。咀嚼をしている男の身体の傷は歴戦の戦いを物語っているが、十代後半か二十代前半にしては異常である。超えてきた死線の数ではオルクスと遜色ないだろう。
「見た所、アンタらは冒険者らしいがこの辺りは危険だ。産卵期のクルーアルシュリンプが襲ってくる可能性がある」
「くるーあふしゅりんふ?」
「だから食べてから話しなさいって」
「んぐッ……悪い悪い。おい兄ちゃん、クルーアルシュリンプってこいつの事だろう?」
ロッドと呼ばれた男は腰掛けていた物体をオルクスに見せながら続けた。
「それは……クルーアルシュリンプの鋏?」
「当たり」
「アンタ達が倒したのか?」
「他に誰がいるよ」
「……そうか」
見た所、戦いによる損傷は皆無。
ともなれば、この三人の実力はオルクスの想像通りなのだろう。
「邪魔したな。無駄な忠告だったらしい」
「おい待ちな兄ちゃん」
「なんだ?」
ロッドは立ち上がると、小枝で歯の詰まりを掃除しながら続ける。
「見た所コックかなんかだろう? こんな辺鄙な場所でそんな奴が居る方がおかしいよな」
「俺はシェフだ」
「ん? シェフとコックの違いってなんだ?」
「そ、それは……」
言われてみればオルクスも知らなかったが、割って入ったのは獣人の男だった。
「シェフはコックを纏める料理長みたいなものだな。まあコックのリーダーだと思えばいい」
「へえ、そうなのか」
「なるほど」
「……いや、貴方もよく知らないでシェフ名乗ってたわね」
金髪を頭の横で結んだ女は呆れつつ、ロッドとオルクスの様子を眺めていた。
「私達は冒険者よ。コイツはロッド、私はエドナ、そしてそっちがガルドよ」
「俺はオルクスだ。プレジールというギルドの冒険者だ」
「オルクス、それにプレジール……」
ガルドは顎に手を置き、やがてハッとした様に顔を上げた。
「オルクス……まさかオルクス・フェルゼンか?」
「ああ、そうだが」
「なんだよガルド、知ってるのか?」
「知ってるものなにも、若くしてSランクに到達した冒険者として有名だろう」
「知らん、俺は俺以外に興味がねえ」
「馬鹿じゃないの」
「うっせえ。そんで強いのか?」
「俺達はAランクだからな」
「クク……なるほどねえ」
ロッドはオルクスを横目で捉えると、手に持っていた小枝を指で弾いた。鋭い先端はそのままオルクスを目掛けて飛来するが、小枝は接触する事なく、空中で真っ二つに切断される。
燐天を翻しつつ後方に退がると、オルクスは警戒を強めながらロッドを捉えた。
「お前、いきなり何をーーーー」
「いいねいいね、最高じゃねえか」
ゆるりと立ち上がると、ロッドはゴキゴキと指を鳴らす。
「ちょいと腕試ししてくれねえか兄ちゃん……ええと、オルクスだっけか」
「なんだと?」
「聞いてくれよ。実は俺達、ランク昇格の権利を剥奪されちまっててな」
「?」
「少し言い難いが、全てはロッドの粗相のせいだ」
「おいおいガルド、そりゃないぜ」
「事実でしょ馬鹿」
「細かい話は無しで頼むぜ。なんせ生のSランク冒険者なんて見た事がねえ。俺の実力を測れる、この機会を逃す手は無いってな」
「俺にはメリットがないぞ」
「メリットぉ? 意外と打算的だなオルクス」
「無益な戦いに興味がないだけだ。それに俺はシェフだ」
「ふうん、なら……」
ロッドは自らの後ろを指差す。
「そこの余ったクルーアルシュリンプを全部やるよ。言っとくがこの辺にはもういねぇぞ? 他のは俺が暴れて逃げちまった」
「……無茶苦茶だなアンタ」
「鮮度も充分だろう。なんせガルドが〆たからな」
「俺は料理の知識は無いが、食材の確保については多少の自信があるから安心してくれ」
「……ふむ」
馬車での快適な帰路を蹴って食材無しは痛い。
多少不本意ではあるが、クルーアルシュリンプの為ならやぶさかではないとオルクスは首を縦に振った。
「格の違いを見せてやる」
「ヒュウ、言うねえ」
ロッドは銃剣を肩に乗せると、髪をかき上げ、その碧眼にオルクスを写した。
「じゃあ、ちょっとだけ遊んでくれや」
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