第27話

 


 ▪️王都ディノル


 城内に響くいくつもの足音。

 先陣を切るのは若い男ーーーー年齢は二十代前半だろうか。青い瞳にやや灰色の掛かった髪、白銀の鎧を身に纏い、十数人の騎士を引き連れて歩いている。

 彼らは王都が抱える騎士団の一端であり、その中でも手練れとされる【第一部隊・白銀(しろがね)の剣】のメンバーである。王都には合計五つの部隊が存在するが、この白銀の剣が請け負う任務は魔物の討伐。状況によっては各地に派遣される事も珍しくない。

 今回、この白銀の剣が召集された理由はひとつ、存在が確認された牙獣種の魔神【キマイラ】の討伐だ。

 先代の勇者と魔王の時代が完結してから百年の時を経た。繰り返される歴史で言うならば、今は再び争いの時代と呼べるだろう。

 現に魔王が復活し、勇者が降臨した。

 魔王が降臨したともなれば魔神が生まれるのは摂理であり決して抗えないもの。これはどの時代でも繰り返されてきたのだ。


 白銀の剣・部隊長を務めるカルロス・マークハイドは頭を抱えていた。

 国王からの説明では勇者はまだ降臨してから日が浅く、更には異世界人であると聞かされている。しかも勇者としての成長速度は牛歩の歩みとの事で、直接的な魔神の対応は騎士団が担わなければならない。

 これはまだ理解出来る。こちらの世界の都合を勇者となった人物に押し付けた形となったのだ。

 己の世界を守る為に剣を握る理由には充分すぎる。


 だがしかし、今回の案件は違った側面を持っていた。国王の言葉が今でも解せないでいる。


『此度の魔神討伐の任については、騎士団と各地のギルドと協力して行う』


 何故だ?

 たとえ魔神と言えど、騎士団の実力を持ってすれば討伐は視野に入る筈だ。だがしかし、今回の任務の重点はギルド達との連携にあった。


(国王は……私達の力を信用していないのか?)


 カルロスの中の疑念は強くなる一方だ。

 これまで我が主に対して抱いたことの無い不信感。それは色濃く、表情に表れていた。


「こら、カルロス」

「痛ッ……な、なんだ?」


 後ろから彼の頭を小突いたのは白銀の剣の紅一点、副団長の【リナリー・ルルベル】。

 五つの騎士団の中でも数少ない女騎士であるが、その実力は副団長の肩書きに恥じないものだ。

 性別の垣根を超えてカルロスの隣に並ぶ彼女に、他の団員達からも厚い信頼を置かれている。


「貴方がそんな顔してちゃあ皆んなの士気が下がるでしょう? まーた悪い癖出てるよ」


 そう言って、自分の目尻を外側に向けて引っ張ってみせる。


「!? ……す、すまない」

「はあ……その優男っぽい雰囲気が無くなれば少しは格好も付くのにねえ?」


 リナリーの言葉に後ろの団員達から苦笑する声が溢れた。カルロスは後頭部を掻きながら、気恥ずかしさに背中を押されて背筋を伸ばす。


「ーーーーすまない、もう大丈夫だ」


 表情を引き締めたカルロスは腰の剣に手を置き、それを一瞥してから大きく一呼吸置いて目の前の扉に手を掛けた。


「我々はただこの剣に誓い、王の勅命を遂行するだけだ」


 開かれた扉の向こうには歴戦の猛者達。

 入り混じる視線と独特の雰囲気。それらに飲まれない様、カルロスは自らの剣を胸の前に掲げ、高らかに叫んだ。


「私の名はカルロス・マークハイド。魔神を討伐する為、共に剣を掲げようではないか!」



 ▪️双牙



「ねえ、本当にこっちで合ってるの?」

「うっせーぞエドナ。俺の鼻は確かにコッチだって言ってんだよ」

「だからアテにならないでしょ、あんたのそれ」

「何を言いやがる! 俺様の鼻はなんでも嗅ぎ分けるって有名だろうが。……ちなみにエドナ、今日はあの日ーーーー」

「ふん!」

「んぎッ!?」

「……あのなお前ら、夫婦漫才してないで手伝ってくれ」


 海辺で殴り合いをする男女を見据え、男は大きな耳を立てながらため息を吐いた。


「お前も来いよガルド! 水が冷てぇぞ、そんで塩っ辛い!」


 ガルドと呼ばれた男は頬を掻きながら首を横に振る。


「遠慮しておく。俺が水が嫌いなの知ってるだろう。後、海が塩辛いのは当たり前だ」


 ガルドは獣種の魔族と人間の混血ーーーー亜人である。

 首から上が狼でその下は人間と酷似したものとなっていた。大きな違いがあるとすれば、全身を深海の様な青の体毛で覆っている事だろうか。隆々とした肉体は二メートルを誇っており、鍛え抜かれた上半身を包み隠さずに晒していた。

 下半身は漆黒の皮で作られた長いズボンを履いるが、尻の部分には穴が開けられており、もふもふとした尻尾が露出している。


「相変わらずつまんねぇな。おらエドナ、お前も脱げ脱げ!」

「ちょッ!? 馬鹿じゃないのロッド」

「乳を晒せ乳を!」

「乳とか言うな馬鹿ッ!」


 ガルドの忠告は届いていないのか、視線の先で浅瀬では相変わらず男女が騒いでいた。

 ウェーブのかかった紅蓮の髪の毛を海水で濡らし、全裸で楽しそうに笑っているのはロッドと呼ばれた男だ。

 ガルドは亜人故に外見から年齢は分からないが、ロッドは十代後半か二十代前半だろう。

 左目を眼帯で覆い隠し、やや浅黒い肌には幾つもの生傷が見えていた。

 反してエドナと呼ばれた女性は透き通る金髪を頭の右側で纏め上げ、傷ひとつない白い二の腕を晒していた。

 上着らしきものはロッドに剥がされたのだろうか、薄いシャツ一枚で水を掛けられて不貞腐れている。


「冷たいじゃない馬鹿ロッド」

「はは、普段は【氷の女王】とか呼ばれてんのに冷たいとか笑えるじゃねえか」

「それはあんたが馬鹿にして呼んだからでしょうが! 皆んなが悪ノリで呼び始めたのはロッドのせいでしょ!」

「んー? そうだっけ。覚えてるかガルドお!」

「知らん」

「あーもう! 下着まで濡れちゃったじゃないの」

「……お前らいい加減コッチこい。飯にしよう」

「飯ッ! 食う食う!」

「……あーもう、買ったばかりの服が台無しじゃないの」

「んなもんまた買ってやっからよ。俺達【ギルド・ケーニッヒオーダー】に掛かりゃあ魔神なんてワンパンだっつの」


 ロッドは鋭いパンチを披露してみせる。その様子を見てガルドとエドナは顔を見合わせ、改めて深いため息を吐いた。


「……道に迷ってるのによく言うわよ」

「ああ、誰かさんが王都への地図を速攻で無くしてくれたからな。それに俺はまだ正式なギルドじゃない」


 彼ら【ケーニッヒオーダー】は国から認可されたギルドでは無かった。

 ギルドの設立には明確な基準が存在し、それを満たした上で国に認められる必要がある。

 所属する冒険者の数、それぞれのランク、これまでの功績など、複数の条件を満たした上でギルドマスターを選出するのだ。


「俺がマスターでいいだろう」

「馬鹿を言え」


 ガルドはロッドの言葉を鼻で笑った。


「まあお前の腕は確かだが、あっちこっちで問題起こしては大目玉。そんな奴がマスターをやって誰が着いてくるんだ?」

「お前らがいるじゃねぇか」

「あのね……私達はーーーーきゃあッ!?」


 エドナを勢いよく抱き上げる。スカートの下から下着が露出してもお構い無しだ。


「俺にはお前らが居れば充分だ! 最強ギルド【ケーニッヒオーダー】は誰にも負けねえ!」

「ちょっと、降ろしてよ馬鹿ぁ!」

「クク……相変わらずだなお前は」

「サクッと名を上げて、それからよぉーーーー」


 そこまで言い掛け、ロッドはピタリと動きを止めた。


「お、やっとお出ましだぜ?」


 濡れ髪を絞りながら陸地に上がると、指を鳴らして海面を見据える。


「手伝うか?」

「いんや、必要ねえ」

「そうか……ほらよ」

「おう」


 ガルドが放り投げた武器を手に取る。

 ライフルに見えるが銃口に剣が付けられている。いわゆる銃剣と呼ばれる武器だ。

 全体は真紅に塗られ、銃口は狼の頭を模した装飾が施されている。剣の部分は刀身が一メートルにも達しており、扱いは極めて難しいだろう。

 そんな銃剣を軽々と振り回したかと思うと、剣先を海に向けて笑った。


「ーーーーいくぜ【オルトロス】。今日の晩飯はエビの丸焼きだ」

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