第41話
▪️急襲
「ああ、俺の聖剣んんん……」
「まだボヤいているのか、情けない」
ジズ平原に向かう道中、楓矢はずっと不貞腐れていた。
頭では切り替えたつもりだが、勇者である証でもある聖剣を失ったダメージは相当だったらしく自分でも驚いていた。
唯一、勇者としてのアイデンティティーであった聖剣を魔物に奪われたとなれば、腐るのも致し方ないと言えるだろう。加えて、女神とコンタクトが取れない状況が追い討ちとなっていた。
「ウダウダ言う暇があったら剣を振れ。その一振り一振りが己の力になるんだ」
「分かってるけどよお……」
「分かってないから言ってるんだ!」
「痛ッてえ! 尻を叩くな尻を!!」
「……ふふ」
「ん? ミリアちゃん笑ってる?」
「ごめんね。なんだか二人のやり取りが面白くって」
夫婦漫才みたいと、流石にミリアも口にはしなかった。
「ふん、腑抜けにはこれくらい必要だ」
「ああもう分かったよ聖剣は諦める! あんなもの無くったって俺は勇者だ!」
「よしその意気だ。ではあと素振り千回!」
「腕千切れるわボケ!」
「その勢いで頑張れという意味だ」
「あはは」
リアンの加入に若干の不安を覚えていたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
楓矢との相性で言えば水と油だが、楓矢にはこの手のタイプが丁度いいのかも知れない。何でもズバズバ言うリアンの態度は冷たくも感じるが、忖度無しに向き合う姿勢は自分には無いものだと痛感させられる。
楓矢の事を完全に認めきれていない自分に対し、リアンの真っ直ぐな態度が眩しくもあった。
「……お、なんか雰囲気が変わった? 肌寒いというか」
「ジズ平原に入ったね。ここは周りと違って少し気温が低いんだ」
ジズ平原は周辺の山から降りてくる風の影響で気温がやや低く、加えて障害物になる岩なども皆無だ。見晴らしも良く広大な大地が広がる様は、大陸でも珍しい風景として有名だった。
故に敵から見つかりやすい傾向にある為、冒険者は常に魔物の気配に神経を尖らせなければならない。
「さて、グランライノセスはどこだ?」
辺りを凝視する楓矢だが、見た所グランライノセスはおろか魔物の気配すら感じられない。
リアンも違和感を覚えたらしく、目を凝らして索敵を開始した。
「盗賊スキルの【鷹の目】を使ってみたが……妙だな、雑魚すら居ないだと?」
「え? じゃあ誰かが倒しちまったとか?」
「……分からん。だがこの違和感はーーーー」
そこまで口にした瞬間、リアンとミリアは同時に反応を示した。
ミリアは即座に【シールド】を辺りに展開し、リアンは両手に剣を携えて構えを取る。
二人のあまりの速度に対し、楓矢が驚きを露わにする頃には状況が一変していた。
ミリアの【シールド】を隔てた先には、ドス黒い炎が轟々と燃え盛っている。隙間なく展開された防御が無ければ、この一瞬で全員が消炭になっていただろう。
「は!? 何だよコレ」
「敵襲に決まっているだろう! しかし【鷹の目】にも反応しないだと……?」
解せない状況にリアンは舌打ちすると、両手の剣に紫電を纏わせた。
「炎は止まないらしいな。ミリア、一瞬だけ後方の【シールド】を解除してくれ。炎の周り込みが無い部分だけでいい」
「どうするの?」
「決まっている。このふざけた炎を出している奴を叩き斬るだけだ」
「おいおい、危ねえって!」
「私を甘くみない事だな」
ミリアは頷くと、一瞬だけ背後の【シールド】を解除した。炎がギリギリ無い部分を的確に解放すると、リアンはその隙を付いてバックステップして【シールド】の守護範囲から外に躍り出た。そのまま周囲の状況を把握すべく高く飛び上がる。
「……前方は炎の海という訳か」
燃え盛る視界に舌打ちをすると、リアンは空中で短く詠唱を唱え氷属性の魔法【アイシクル】を発動させる。だが氷の矛先は炎では無く自らの足元。
リアンは空中で発動した【アイシクル】を足場として炎の上を駆け抜け突破したのだ。
「無茶苦茶だなアイツ……でもすげぇ!」
「……うん、そうだね。魔法の発動までの時間やコントロール、どれも無駄が無くて洗練されている」
驚きを露わにする二人だがリアンの躍進は止まらなかった。
一気に宙を翔けたかと思えば、急転直下、身を翻して攻撃に転じた。両手の剣に雷を纏わせ回転しつつ、上空からの鋭い突きへと発展する。
「【轟襲(ごうしゅう)双雷斬(そうらいざん)】!」
一瞬、炎と雷が混ざり合い視界が揺れる。
やがてミリア達に襲い掛かっていた炎は止み、敵らしき存在の猛攻に歯止めが掛かった。
「やったか!?」
「まだ気を抜いちゃダメ!」
ミリアは叫ぶと同時に前に出る。
炎は消えたが硝煙で視界が悪い。だが程なくして、ようやく楓矢にも状況が理解できるようになった。
「なんだよ……あれ」
リアンが剣を突き立てたーーーーかに見えた。
だが実際は剣は敵にダメージを与える事は叶わず、巨大な牙によって刀身の動きを封じられている。
そして残された“二つの頭”は再び口に炎を蓄えていた。
「ミリア!」
「任せて!」
怯んだ楓矢とは違いミリアは魔物に接近すると、杖を振り翳して詠唱を唱える。刹那、弾ける光によって剣に噛み付いていた牙が緩みーーーーその場から離脱する。
炎は退避しようとしたリアンに降り注ぐが、半透明の壁に遮られて拡散する。
「やはり……流石だな」
【フォトン】と【シールド】の同時発動。どちらも下級魔法ではあるが、咄嗟にこれだけ正確な発動を可能とするのは至難の技だ。
ミリアの冒険者としての経験則、技量を信頼したリアンだったが、己の目に狂いは無かったと笑みを浮かべた。
改めて距離を取ると、炎を吐き出した牙獣種の魔物の全容が見えてくる。体躯は人間の五倍はあるだろうが、目を見張るのはその“頭の数”だった。
まず獅子と山羊を彷彿とさせる巨大な頭が並び、その後方ーーーー正確には“尾”に該当する部位の先端に蛇の頭が付いている。
「あの風貌……まさか」
リアンが驚きを露わにするのも無理はない。
当初の目的、王都に招集された最大の理由であり、討伐目標の魔神の姿に酷似している。
その懸念を確かなものにする様に、魔物はゆっくりと頭を擡げつつ、口を開いた。
「また脆弱な人間か……流石に飽いたぞ」
「喋った、だと?」
「何をこの程度で驚いている? 少なくとも、我と同じ“魔神”と呼ばれる連中なら当たり前の事だ」
「……魔神、だと!?」
「ふむ、貴様は匂いが違うな。人間よりも醜悪な匂いがする」
楓矢に狙いを絞ると、自らを魔神と称した魔物は牙を剥いた。
「……我が名は【キマイラ】。魔王が無きこの世界を統べる者だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます