第40話

 

 ◆


「じゃあ行くよ」

「……ごめんなさいね、力になれなくて」


 申し訳無さそうなロロアに対して、オルクスは首を横に振った。

 一夜が明け、手短に支度を済ませたオルクスは荷物を背負って最後の挨拶を交わした。

 莉緒の能力の殆どが不明瞭の中、長く留まるのは得策ではないだろう。魔王である事を表面上で隠し続けるのは容易いが、万が一を考慮した場合、人が多く集まる街に滞在するという選択肢は排除される。


「俺が決めた事だ。俺は俺の意思で莉緒と行動を共にするだけだし、それにこれが今生の別れでも無いんだから」

「でも……」

「ロロア、湿っぽいのはやめろ」

「お父さん! だって……」

「……ウォルフさん」

「オルクス。お前が無茶をしようってンのを止める権利は俺にはねえ。だが、自分の信念を貫くと決めたお前の面を見りゃあ不安はねえよ」


 仕込みの途中らしく、ウォルフは包丁を片手に言葉を続ける。

 閑散としたギルドの中に響く声には重みがあり、同時に、オルクスに対する信頼が垣間見えた。


「嬢ちゃん、これから大変だろうが腐らずにな。力になってやれねえのは、すまねえ」

「う、ん……ありがとう、ウォルフさん」

「何かあったらオルクスに頼れ。そいつは俺の弟子であり、プレジールの冒険者であり、俺の自慢の息子だ」

「ウォルフさん……!」

「俺は直接の力にはなれねえが、王都の騎士団に訳アリの人間が居るんだ。そいつを頼れば、少しは打開策が見つかるかも知れねえな」

「騎士団……王都ディノルか」

「丁度、楓矢くんとミリアちゃんも向かっているわ。魔神討伐で今は王都中が慌ただしいの」

「……なるほど。その訳アリの人物とは誰だ?」

「ちょっと待ってな」


 ウォルフは奥に引っ込むと、何やら紹介状らしき紙を携え戻って来る。


「リナリーって奴だ。なんでも騎士団の副団長らしいが、随分と厄介事を抱えてるみてえだな。こいつに協力してやれば、便宜は図ってくれるだろうよ」


 手紙を受け取ると内容に視線を落とした。そして、リナリーの名前に驚きを露わにする。


「リナリー・ルルベル……ルルベルってまさかーーーー」

「ああ、消息が途絶えたクラウディオの妹らしい」

「え、何よその手紙!? クラウディオの妹って聞いてないわよ私!」


 声を荒げるロロア。

 クラウディオはかつてプレジールに所属していたハーフエルフであり、ロロアの幼馴染だ。

 剣の才能に恵まれ、幼いオルクスに剣を教えた剣士でもある。数年前に依頼に出向き消息を絶ってから音沙汰も無かったが、その妹から手紙が届いていたというのだ。


「落ち着けロロア。別に隠していた訳じゃねえよ。そもそもクラウディオの安否が分かるものでもなけりゃあ、手掛かりでもねえんだ」

「そ、それでも……」

「お前が一番心配してるのは知ってたさ。今だって捜索をハーメルンに頼んでるしな。それとこれは話が別だ」


 ロロアを宥めつつ、ウォルフは莉緒の頭をガシガシと撫でながら続けた。


「オルクス、クラウディオの事になればお前にとっても複雑だろう。だがその妹の力になってやれるのは、どうやら騎士団の部外者の方が都合がいいらしい」

「……ああ、そうだな」


 手紙を読み終わると、オルクスはそれをバッグにしまい込んで頷く。


「ウォルフさん、俺は王都へ向かうよ。その道中で、莉緒の魔王化についても何とかしてみる」

「おう、頼んだぜ」

「任せてくれ。クラウディオさんの妹なら無碍には出来ないからな」

「お願いね……オルクス」

「心配しないでくれロロアさん。クラウディオさんには世話になりっぱなしで、ロクに礼も言えてないんだ。その家族の問題ともなれば、俺にとってはそれだけで意味のある話だ」


 最後に二人に一礼すると、オルクスは莉緒と共にギルドを後にした。

 名残惜しさが無いと言えば嘘になるだろう。しかし、それでも莉緒を一人にする訳にはいかない。

 微かに記憶の片隅に焼き付く不思議な光景。その姿は紛れもなく莉緒であり、オルクスはそれが自分にとってどういう意味を持つのかを確かめようと心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る