第30話

 

 ▪️降臨


「あれじゃあまるで……魔王じゃねえかよ」


 ロッドは無意識にそう溢していた。

 細く、しかし堅牢な骨で固められた外殻。その中枢には白髪の少女がひとり、虚な目をして磔(はりつけ)にされている。

 外殻を含めた全体の大きさはゆうに十メートルを超え、四枚の翼によって飛行を可能としていた。

 右手に相当する刃物は刀身に亀裂が入り、まるで口の様に蠢いている。左手は竜の頭を模しているが鼻先は三つに分かれており槍の様になっていた。

 両足は膝から下を外殻に包まれ、長い尾となっており、異質な光景をオルクス達の前に晒した。


「こりゃあ流石に一時休戦しないとダメだよな?」

「当たり前だろう」


 ロッドとオルクスは目配せをして、互いに現れた謎の存在にターゲットを絞った。

 エドナとガルドも即座に警戒態勢を取りつつ、二人を援護するべく武器を構える。エドナは伸縮性のある多節棍を手に持ち、ガルドは鋭利な爪を剥き出しにして体勢を低くした。


「さて、どう動いてくるか」

「下手に手を出すな。魔物ならまだしも、あの中央に居るのは人間かもしれない」

「あン? あんなの飾りかなんかだろう。おおかた食い殺して取り込んだに違いねぇよ」

「…………」


 なんだ、この違和感は。

 オルクスは自らの内側に唐突に湧き上がった感情に驚いた。あれだけの異様な光景なのにも関わらず、焦るどころか安堵にも似た感覚を覚えた。

 未知数の敵、もしかすると人間の姿に近い魔神かも知れない。

 だが漠然と込み上げてくるのは、敵意や殺意とは程遠いものだけだった。


「……俺が出る。お前達は手を出すな」

「はあ? お前一人で相手するってのかよ」

「もう一度言う、手を出すな」

「…………」


 視線を前に向けたまま呟くオルクス。


「……けっ、じゃあ死にそうになったら撃つからな。その時は諦めろ」

「すまない」

「ちょっとロッド! 流石に無理でしょあんなの相手に……」

「黙ってろエドナ、オルクスが良いって言ってんだ。狩りの邪魔をすんのは無粋ってもんよ。俺は俺のタイミングで手を出すって決めた」


 オルトロスを地面に突き刺すとロッドはその場に腰を下ろした。


「ま、精々死なねぇこった」

「……ロッド」


 三人が臨戦態勢を解いたのを見届けると、オルクスは今一度、燐天に宿る炎を滾らせた。炎剣フランベルジュは爆ぜる熱を帯びつつ、眩い光を刀身として押し固める。


(倒す為じゃない……まずはーーーー)


 そう考えた瞬間、動いたのは未知の存在だった。

 三つの矛先を有する竜の頭が突如として上空より降り注ぎ、重たい一撃がオルクスを襲う。フランベルジュで受け止めたが、踏み留まる足元の地面には亀裂が走り、その衝撃の強さを示す。


「くッ……!」

「…………」


 未知の存在は言葉は発さず、オルクスに攻撃を加えたままゆっくりと地面に降り立つと、今度は右手の刃物を振り上げた。


「……い、ーーーーた」

「!?」


 一瞬、ポツリと何かが聞こえた。

 外殻が邪魔で少女の姿を捉え切れていないが、少女らしき声が微かに聞こえた気がした。


 キィンッ!

 しかし思考を巡らせるより速く、刃物は防御に徹するオルクスの側面を目掛けて振り抜かれた。凄まじい速度だ。まともに受ければ防御など無意味だろう。

 故にオルクスは守りを継続せず、刃物の一撃に合わせて後方に距離を取った。斬撃の余波は衝撃となり激しい暴風を生み出すが、オルクスはフランベルジュを翻して衝撃を左右に分散させた。


「はあ……はあ……!」


 重い。

 先程の槍の攻撃もそうだが、少女の纏う外殻の攻撃はそのどれもが高い殺傷性を秘めている。

 一瞬の油断が死に直結する感覚。しかしそんな中でさえ、オルクスの中で少女を倒そうという意識が芽生える事は無かった。


(何故だろう……俺はこの少女をーーーー知っている?)


 不思議な感覚だけが後ろ髪を引く。

 三撃、四撃と攻撃を受け続けながら大きくなる感情はいつしか疑念から確信に変わりつつあった。

 そうだ、俺はこの少女を知っている。見ず知らずのこの少女を。


「ちッ!」


 だが攻撃はさらに苛烈さを増し、ついにはオルクスを大きく吹き飛ばした。岩壁に叩きつけられたオルクスはその場に倒れ、フランベルジュは炎を失い、元の燐天へと姿を変える。


「……か、は」

「ーーーーここまでだな」


 ロッドは眼帯を指でなぞると立ち上がり、地面に刺さったままのオルトロスに手を掛けた。


「……ま、だだ」

「あン?」

「俺はまだ……折れてはいない」


 ダラリと左腕を垂らして立ち上がる。

 叩きつけられた衝撃だろうか、左腕は微かに動く程度で自由は奪われてしまった。


「馬鹿言ってんなよ。腕、折れてんだろ?」

「いいや……まだだ」

「なんでそこまで意地を張るんだよ。お前がそこまでする必要があるのか?」


 オルトロスを地面から抜いたロッドは少し苛立ちを含んだ言葉をオルクスに投げた。

 流石に看過できない。そういったニュアンスを前面に押し出しつつ、歩みを進める。

 しかしそのロッドの鼻先に炎が伸びる。燐天は再びフランベルジュへと姿を変え、炎の刀身を宿している。


「……てめぇ!」

「退いてろ、と言っている」

「ちょっと、喧嘩してる場合じゃないでしょ!」


 エドナの声は届いていないのかロッドはオルトロスを翻しフランベルジュを弾いた。鈍い音と共にロッドの怒号が響く。


「お前と戦ってこっちだって昂ってんだよ! もう充分に我慢はしたよな? だから俺の番だ!」


 足元から炎が逆巻き、オルトロスもろともロッドは炎に包まれる。

 火柱が立ち昇ったかと思うと、銃口が変化したオルトロスを構えたロッドが佇んでいた。


「暴れるぜーーーー【獄獣剣ケルベロス】!」

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