第3話
ギルド内で起こった小さな紛争。
その中で、ほんの小さな出来事の中で、勇者と呼ばれる者の本質が露わとなった。
それはまさに、圧倒的と表現する他にないだろう。
積み上げてきたものを容易く蹂躙する非現実的な力。
腕を捻られ転倒した大男もそれを肌身で感じ、僅かな時間で実力差を理解した。本人を含め、ギルド内に居た人間の殆どが困惑を浮かべている。
「悪い、加減間違えてたら折れてたかもな」
勇者は打って変わって、自らねじ伏せた大男に手を差し伸べた。その行動に、大男は「お、おぅ」と巨躯に見合わない小さな声で返したが、力量の差を突きつけられた男の言葉からは圧が消えていた。
魔物なら兎も角、人間相手に軽々捻られるなんて生まれて初めて体験したであろう。
勇者にその気があったかは定かではないが、結果として目の前の事象はギルド内にいる過半数を黙らせたのだ。
「さてと」
辺りを見回したかと思うと、立ち尽くす一人の女性が受け付け嬢だと理解したのかロロアの元へと歩み寄って行く。
ロロアも先の騒動を目の当たりにした直後という事もあり、勇者に対して存在する感情は『恐怖』に近いものだった。その証拠に、表情からはいつもの優しそうな笑顔は影を潜めている。
しかし、王国から勇者の冒険に対して、その準備とも呼べる過程を任されている手前、そこはプロ意識から表情を切り替えて言葉を紡いだ。
「……ようこそ我がギルドへいらっしゃいました勇者様。此度はこの世界を救うためにーーーー」
「あー、堅苦しい挨拶とかはいいよお姉さん。とりあえずここがギルドで間違いないんだよね?」
「え……ええ、ここが依頼を請け負い、冒険者に提供するギルドです。ギルドは各地にありますが……」
「あ、そういうテンプレみたいな説明もいいや。とりあえずここで仲間探して旅に出ろって言われてんだよ。正直、さっきの見たでしょ? 俺強から仲間なんていらないじゃん? でも女神の奴がウルセェのなんの。『勇者たるもの、仲間と共に魔王を倒すのです』とか言うんだよ。お姉さんには聞こえないと思うけど、今も空からガミガミ言ってんの。仲間みつけなけりゃチート能力剥奪とか言ってるんだぜ? これってどう見ても契約違反じゃん?」
「は、はぁ」
矢継ぎ早にまくし立てる勇者。目的を語るのかと思いきや、途中からは只の愚痴である。それに対してロロアは頬をひきつらせて頷くだけだった。
「まぁ仕方ないからさ、とりあえずここで一番強い奴を仲間にするわ。ええと……この中なら誰になるんだ?」
勇者は聖剣をカウンターに置くと、さほど凝っても無さそうな肩を揉みながらぐるりと辺りを見渡した。
『一番強い』と言われて、周りの視線が一点に集中する。その視線に、ミリアは不安げにオルクスの袖を掴んだ。
対するオルクスは一歩前に出て、勇者の目を真正面に受ける様に立つ。
「……俺達だが?」
「ふうん、同い年くらいか。つか目ぇ怖ぇな、にっこりしろよ少しは」
「生まれつきだ」
「あっそ、じゃあお前……とその横の女の子もそうなのか? 二人ともあんま強そうには見えねぇな」
その言葉にオルクスは鼻を鳴らした。
「そうか? 俺としては、鎧も無しに剣を担いでいる奴には言われたくないがな」
「それは俺の所為じゃねぇよ。家から起き抜けで転移してきたんだから。つかジャージで転移とかありえねぇだろ、動きやすいけどよ。あと、そもそも剣を下げる所なんてこのジャージにはねぇからな?」
不貞腐れた様にテーブルに片肘をつく。
転移だの女神だの関係ない。神の力とやらで連れてこられた事に同情の余地はあるが、自分の居場所を色々と掻き回されたオルクスは面白くなかった。
そんな二人に対し、ロロアは複雑な表情を浮かべてカウンターから一枚の紙を取り出した。
「……あの、オルクス、ミリアちゃん。実は王都から『特別依頼』として『SS級』の依頼を受けているの。まさか、貴方達になるなんて思ってなかったんだけど」
「『SS級』……!?」
聞きなれない言葉に思わず声が低くなる。
「ええ、通常なら有り得ない規格の依頼よ。内容は『勇者と共に魔王を討伐せよ』なのだけれど、この依頼に関しては冒険者側、つまり貴方達に選ぶ権利は与えられていないの。その選択権の全ては『降臨する勇者に委ねる』と書いてあるわ」
「え、じゃあ俺が好きに選んでいいの?」
「そうなるわね。これは『一方的な選択』であり、冒険者側には『承諾』も『拒否』も許されていない。つまり、勇者様が好きに選んで、そして、好きに捨てて構わないという事よ」
ロロアの表情は険しいが、世界を救う勇者の意向を尊重する国の判断は絶対である。
世界的危機が予測されるのだ。魔王討伐に重きを置くのは当然だろう。
「はぇー何それ超ブラック。その依頼出した王国の人間超腹黒いなマジで」
「……ちッ」
その目に見える拒絶。オルクスは視線を逸らし舌打ちをするが、こんな事が意味を成さない等承知の上だった。二人が拒否した所で、大きな力の前には等しく無力なのだから。
「じゃあお前ら二人が仲間になれよ。女神も……うん、それで良いって言ってるし。勇者の仲間なんて自慢になるだろうよ」
「……おい、勇者」
「
「……オルクス・フェルゼンだ」
「わ、私はミリア・フェルゼンだよ」
「ん? お前ら苗字ってか性が同じなのか、じゃあ兄妹か?」
「違う、俺達は同じ孤児院の出身だからだ。変に詮索するなら、それに名乗ったから言わせろ」
「んだよ」
「俺は『依頼だからお前に同行』するが、お前を勇者と認めた訳ではないし馴れ合うつもりも無い。自分の身は自分で守る」
「ツンデレってヤツか? この世界で流行ってんのそんなキャラ」
「私も……オルクスがそう言うなら、そうする」
「えー……こんなギスギスしたまま旅に出んのかよ。嫌だぜこんなの」
不穏な空気がギルド内に浸透する。
それもそうだろう。険悪というよりは側から見たら『一触即発』だ。圧倒的な力を持った勇者に対し、恐らく、この辺りでは最高ランクの冒険者が対峙しているのだ。
手を握り、志を同じくする訳でも無く、そこには出来立てとは思えないほどの『溝』しかない。
しかし、その空気を引き裂く様に、奥から一人の男性が現れた。その片手には包丁が握られており、やや曲がった背中と年季の入った顔の皺が猛者の貫禄を醸し出していた。
「……さっきから何をギャーギャー言っとるんだ? 厨房の奥まで響いてきたぞ」
「ウォルフさん」
「オルクス、てめぇがそんな熱くなるなんて珍しいな。なんだ、そんなにソイツが気に入らねぇか?」
ウォルフと呼ばれた初老の男性はコック帽を脱いで短く刈り上げた頭を掻いた。厨房の中は相当な温度なのだろう、額には大粒の汗が輝いている。
「お父さん、勇者様の前だから」
「んなもん関係あるかロロア。ここはギルドであり、俺の城みたいなもんだ。余所者が来てオタつく程、やわな場所にした覚えはねぇぞ。なぁ、そうだろオルクス」
「……ああ、分かってる」
ウォルフは包丁を持ったまま勇者の顔を覗き込んだ。その威圧感は相当な筈だが、勇者ーーーー楓矢は自らの力を理解している為か、その視線を真っ向から受けている。
ウォルフはスッと顔を引いて拳をテーブルに叩きつけた。垂直に、真っ直ぐに、テーブルが二つ折りになる。その光景に、ギャラリーはおろかミリアとロロアも驚きを露わにした。
「長年いろんな冒険者を見てきたが、確かにここまでのヤツは中々居ねぇな。古い書物じゃあどんな勇者でも生まれた時は普通の人間か冒険者上がりだと書いてあったか。流石にここまでぶっ飛んじゃあいねぇだろうよ」
「おっさん、それ褒めてんの?」
「褒めてるよ、褒めちぎってるよ。良くも悪くもてめえが狂ったヤツだってな」
「いや、超ディスってんですけど」
「おいオルクス、コイツが気に入らないなら剣で語れ。お前も剣士ならそれが早いだろ? 強い奴が偉い、冒険者の基本だ」
「ちょっと! お父さん!!」
「え? 何なにこの展開、え?」
その言葉に、オルクスの中でカチリと何かが嵌る音が聞こえた。自分は知らずの内に恐れていた、勇者という肩書きの大きさに。
だがそれがどうした。相手が勇者だろうが関係ない。
培ってきた経験、交えた剣の数。
ーーーーそしてギルド最強の称号。
「おい勇者、俺とーーーー」
迷う事は無い、戦えば理解出来る。
「ーーーー俺と勝負しろ」
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