第4話

 

 ▪️衝突


 降りしきる陽の光が頬を焼く。

 ギルドの裏手を真っ直ぐ進むと街の外へと繋がっているのだが、拓けたその場所にオルクスと楓矢は対峙していた。

 クエストに赴く時と同じ軽装と剣を携えたオルクス、対する楓矢は鎧も纏わずにジャージ姿に聖剣といったラフな出立ちをしている。

 辺りに人の気配は無い。これは予め、オルクスの意向で人払いをしていたからだ。


 勇者が相手だろうが本気を出す。


 これはオルクスがS級冒険者であるプライドの現れである。ミリアが執拗に付いてくると食い下がったが、真正面からのぶつかり合いともなれば危険が伴うと結果的にギルドでの待機となった。

 オルクスは目を閉じ、静かに全身に意識を向ける。重要なクエストに赴く際は必ず行っているものだが、今回の相手は魔物ではないーーーー勇者だ。

 かつてない緊張がスパイスとなり、沸々と血が沸き立つ感覚が久しくもある。


「なぁ」

「なんだ勇者」


 そんなオルクスに対し、楓矢は怪訝な目を向けていた。


「暑いし帰らねぇか? なんか怒らせたなら謝るぞ?」


 ジャージの裾をパタパタさせながら項垂れる。額にはじんわりと汗が滲んでいた。


「謝らなくていい。ただ……俺の剣に応えてくれればな」

「そういう熱いノリ苦手なんだけど」

「ふん、ならば勇者になった運命を呪えばいいさ」


 オルクスは鋭い視線を楓矢に結んだまま、自らの剣を抜いて漆黒の刀身を輝かせた。磨き抜かれた刀身に曇りは無いが、抜き放たれた瞬間から放たれる圧力には歴戦の貫禄が窺える。


「一緒に旅はしてやる、だが、その前にハッキリとさせておこうじゃないか。『仕立て上げられた勇者』と、この世界の『S級冒険者』の差と言うものをな」

「…………」


 王国の勅命とも呼べる『SS級』の依頼により、オルクスとミリアは有無を言わせず勇者のパーティに入れられる運命にある。

 オルクスにとって不本意でしかないが、表面上は納得するしか無かった。しかし、その勇者の実力をこの目で確かめない限りは、共に旅をするなど到底理解の外だ。


「さぁ、その剣を抜け勇者」

「どーしてもやるのか?」

「……お前も勇者なら、剣で語るのが道理だろう?」


 翻した剣が輝く。

 オルクスの漆黒の剣は通常より細身に作られており、威力よりも速度を重視した造形になっている。刀盤や刀身には無駄な装飾も無く、ただ柄に布を巻いただけの無機質な剣だ。

 素材は大型の竜の魔物の牙を使用しており、その竜はオルクスが初めて『S級』の依頼を完遂した際の討伐対象だった。牙は最高峰の硬度を誇り、傷付かず、欠けず、折れずと、様々な付加価値のある高価な素材である。


 傷も付かずに欠けないとなれば、当然それを加工する術など無いと言われていたが、とある鍛冶屋がそれを可能とした。

 やがて二年という歳月を経て完成させた一振りであり、今やオルクスの化身といっても過言ではないだろう。


「これが俺の魂ーーーー竜牙剣「燐天」だ」

「りんてん? まぁ凄そうな剣だな」

「聖剣とやらがどんな性能かは知らないが、試してみるには丁度いいんじゃないか?」


 黒刃の燐天、対する聖剣は透き通る様な白。相反する剣を携えた二人の戦いは、どこか必然めいたものを感じさせた。


「お前もさっきの見てただろ。聖剣うんぬんは置いといても俺の能力はチートなんだって」

「御託はいい、これ以上の言葉は無駄だ。抜かないならーーーー此方から行くぞ!」


 オルクスは剣を構えて駆け出す。

 こうでもしなければ、この勇者は理由を付けては剣を抜かないだろう。

『聖剣』と呼ばれるだけの代物が相手だ。もちろん手加減などしない、するつもりも無い。

 オルクスは楓矢の肩を切り落とすつもりで、上段から素早い斬撃を繰り出した。


「あ、あぶねッ!?」


 楓矢は寸前で、その斬撃を聖剣の鞘で受け止める。

 先程の戦士のスキル上昇で動体視力や瞬発力は随分と上がっているのは間違いないらしい。その一撃は、剣を握った事もない人間に受け止める事は決して不可能な軌道だった。


「まだまだ行くぞッ!」


 二撃、三撃、四撃と繰り出される攻撃。

 しかしどれも楓矢の体に届く事はなかった。一撃目は危なげなかった防御も、徐々に余裕を持ったものへと変わっている。スキルによって得た能力上昇が身体に馴染んでいっている証拠だ。

 オルクスにとっては悔しい筈なのだが、久々の対人戦に、静かに心が躍っていることに気付かされた。

 同年代同士で剣を交えるなどいつ以来だ? いや、果たしてそんな状況が今まであっただろうか? そんな事を考えた所為もあり、オルクスは自分の口角が上がっているのを理解しつつーーーー更に攻撃の手を速めた。


「なに笑ってんだよ、気持ち悪りぃぞ!」

「どうした、戦士のスキルで反撃してみたらどうだ? ランク99ともなれば技くらい出せるだろう」

「うるせぇ、俺の勝手だろうが」

「まさか、大きな力に自分でも驚いているんじゃないのか? くく、そうか。あまりに強大な力を得だ事を恐れているんじゃーーーー」

「……うるせぇッつってんだろ!」


 楓矢は鞘で思い切りオルクスの燐天を弾いた。


「ッ!」


 成る程、受け方を間違えば剣ごと吹き飛ばされている程の力だ。やはり勇者の称号は伊達では無いらしい。


「……ようやくやる気を出したか。さっきまでのヘラヘラした顔より、今の方が好感が持てるぞ?」

「よく喋るな細目野郎、でもあんま調子に乗んなよ」


 楓矢は距離を取り、目の前にスキルボードを展開する。そしてそこに指を二本滑らせると、ようやく鞘から聖剣を抜き去った。


「ーーーー何かあっても恨むなよ?」

「ああ、それはお互い様だがな」

「お前、やっぱ気にいらねぇ」

「それもお互い様だ」


 先のスキルボードでの動作。今の状況から察するに『剣士』の項目にスキルポイントを割り振ったのだと分かる。

 既に『戦士』はランク99。剣士も合わせると二つの職業を極めたという意味だ。

 オルクスも剣士では高ランクであるが、未だ誰も到達したことの無い剣士ランク99を前にして気持ちの昂りを抑えきれない。

 剣士の自分に剣士をぶつけてくる。楓矢の粋な計らいに、またもや笑みが零れそうだった。


 そもそも、職業においてランク99はなのだ。

 冒険者である人間にとって、どれだけ若くして鍛錬を始めようと、そして抜きん出た才能があろうと、一つの職業を貫いても到達できるランクは過去の実績でも精々『85』と言われている。

 歴史の資料にも、ランク99はおろか90台に乗った人物だって片手で足りる程しか名を残してはいない。それだけに、後半の伸び代は絶望的と言えるだろう。

 現にオルクスもそれを痛感している。


 逆に勇者は今、どんな心境なのだろうか?

 その域に到達したとなればどんな世界ぎ見えるのか、一度その頭の中を覗いて見たいものだとも思った。


「おい、ぼーっとしてんなよ」

「……ああ、すまない。それよりどうだ、ランク99に到達した気分は?」

「知らねぇよそんなの。でも、剣は振れる様にはなったぜ?」


 言いつつ聖剣を構える。

 どうやら口だけでは無いらしい。オルクスの剣より聖剣の方がやや長いのだが、その長い刀身を鞘から抜く事自体難しい筈だ。それを剣の素人がやってのけたのだ、スキルボードの成長の仕組みとは恐ろしい。

 少しの間を置いて、楓矢は中段に構え直すと、大きく息を吐いて目を見開いた。


「おい細目、特技や奥義ってのがよく分からねぇけど、さっき身体に馴染んだ感覚をそのまま出せばいいんだろ?」

「ああ、普通は習得から鍛錬をして、ようやくマスターと言えるがな」

「そんな時間くれるのか?」

「まさか、勇者サマなんだろ?」

「さっきから勇者勇者ってうるせぇよ。俺は、俺はーーーー」


 ズァッ!

 風が舞い上がる。


「ーーーー柳条楓矢だっつってんだろ!!」

「!?」


 目にも留まらぬ剣尖。油断などしていない、挑発まがいの言葉は発していたが、意識は常に楓矢を捉えていた。

 慢心でも油断でもない、ただオルクスは単純に押し負けているだけなのだ。


「どうだよ細目野郎」

「くッ……、さっきからそればかりだな」

「ああそうさ、気にいらねぇ、その目つきが気にいらねぇんだよ。散々俺を馬鹿にしてきた奴らと同じ目だーーーーおらッ!」

「ぐぁッ!?」


 鍔迫り合いからの横薙ぎ。剣士に加え、戦士の腕力が加算されている。

 力同士の打ち合いで勝てる筈もない。しかし、何処かに隙は存在する筈だ。楓矢は剣士のランクを99にはしたが、恐らく剣士の方はまだ身体に馴染みきっていない。ならば、そこが付け入るところだ。

 ーーーー相手が反則級の力を持つなら、俺も相応の力で相手になってやる。

 吹き飛ばされて態勢を大きく崩したがオルクスはまだ戦意を喪失していない。拮抗した戦いがこんなに心踊るものだと知らなかったと心で笑い、剣を握る手に力が篭る。


 ーーーー次の一撃で終わりにする。


「小手先の剣はやめだ、行くぞ勇者」

「さっきも言ったけど何があっても恨むなよ。俺もマジでやるからよ」

「ああ、来てみろ!」


 オルクスは燐天を鞘にしまった。

 頭を地に付くほどに下げ低い態勢を取り、後方に引いた左足に力を込めると、砂煙を巻き上げながら楓矢を目掛けて地を蹴った。

 素早い動きーーーーいや、それを凌駕する『瞬足』。

 足元の砂が宙を舞う頃には、オルクスの姿は遥かその先に有った。そして、楓矢との間合いが詰まる瞬間、オルクスは燐天を鞘から解放し、地面に剣先を突き立てる。


 疾風の如き速度と地面の摩擦で熱を帯びる刀身、それは竜の牙の性質を利用した能力。


 素材となった牙を持つ竜は炎を吐くことは無く、その口内に炎を湛え、そして自らの牙にその熱を移す。灼熱を宿した牙で獲物に食らい付き、焼き千切る獰猛な竜だ。

 この剣を形成の際に、その熱伝導の高さを更に増長させる魔法の術式を組み込み、摩擦だけで同等の熱量を発生させる事に成功した。故に、燐天の本質は単に振るうだけでは発揮出来ない。

 その刀身に熱を纏って初めて機能する。

 熱を帯びた刀身は地面を離れ楓矢の下部より上段に斬りあげられた。

 ーーーー天を貫く炎の牙と化して。


「奥義、『穿牙炎天衝せんがえんてんしょう』!!」


 完璧とも呼べる動作での奥義の発動。防御も間に合っておらず、振り抜いた剣を遮るものは無かった。


 ーーーー勝った。


 これは剣士の職業における特技では無い。

 己が鍛錬により、自身で磨き上げた奥義だ。つまり楓矢が同職業をマスターしたとしても、到底予測は出来ないものである。ランク差があったとしても、楓矢の不意を突くには十二分だ。


 だがしかし、その視線を上げた先に、斬った筈の楓矢の姿は無かった。


「ーーーーッ!?」


 驚きに思わず身体が硬直する。そして横から思考を遮る様に声が投げられた。


「剣士ランク90ーーーーここで習得できるスキルは完全無欠の回避技、『見切り』だ」


 言葉に視線が向く最中、感触のない剣の一撃は空を裂いた。さらに楓矢はオルクスの死角から言葉を投げる。


「相手の動きの軌道を読み、そして常に先を行く技らしいぜ」


 身を翻して聖剣の剣先を燐天の刀身、その腹に充てがう。あまりに早く、そして俊敏な動きだ。燐天の柄からは、触れたかどうかも分からない程の感触のみが静かに伝って来た。


 ーーーーキィン。


 オルクスの激しい一撃は、瞬く間に凪に帰して無力化される。

 静かながらも確かな衝撃を腕に感じたオルクスは、言葉に出来ない感情に困惑した。


「そんで盗賊ランク90。ここで得られる技は単純明快な『突き』だ。対象の最も弱い部分を瞬時に見極め、そしてその一点のみに全てを打ち付ける。あまりの速さと無駄の無い動きにより、対象は突かれた事さえ気づかないってなーーーー成る程、盗賊らしい技だ」


 その言葉に唖然とする。なんだと、今何と言った? 盗賊のスキルだと?


「俺は戦士のランクを99にして気付いてたんだよ。ランク99ーーーーてっぺん、最高値、そこにはってな。どうやら、技はランク90で習得出来るものが最後らしいぞ?」

「……!?」

「俺がさっきスキルボード弄った時に見落としてたんだろうが、俺は技を会得できるランク90になるように『剣士』と『盗賊』の両方にポイントを振ったんだ。まぁ、剣士からはダメージ与える技と、盗賊からは隙を突ける技が手に入れば御の字だと思ってたが、まさか逆だとは思わなかったわ」

「あの瞬時に……そこまで考えていたのか!?」

「正直、この戦い自体が戦闘経験なんて無い俺にガン不利なのは違いねぇ。だが、俺にあるのは現実世界で培ったゲームやアニメの知識だ。咄嗟の機転じゃない、俺はゲームにおける最善策を講じ、そしてこのアニメみたいな結果になっただけだよ。ーーーーそんじゃ帰るわ」

「ーーーー!?」


 楓矢は聖剣を引くと、落ちていた鞘を拾って収める。そして相変わらずそのまま肩に置くと、こちらを振り返り静かに呟いた。


「……な? ロクな事にならねぇだろ?」


 楓矢が歩みを始めた瞬間、燐天の柄を握ったまま、地面に刺さったその切っ先を眺める事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る