第14話

 

 ▪️住む世界


 ペトラは執事テノスの後ろを歩きながら思考を巡らせていた。

 ソラスとコンタクトを取れ。それがグラウの指示だが、方法など皆目検討も付かない。


『歳も近いし大丈夫だろう』


 それだけの理由で選定された事を恨めしく思いながらも、現時点でその他に自分が出来る仕事が無い。断る理由が無さすぎる。


(しっかし、本当に豪華な屋敷だよなあ)


 絵画に壺、動物の剥製に至るまでとんでもない値段の品が並ぶ。小さなものでさえ、ひとつ盗めば数ヶ月は遊んで暮らせるだろう。


(おっと、ダメだぞアタシ)


 頬を叩き、目の前を歩くテノスの背に視線を戻した。

 客間では全く気付かなかったが、ソラスの部屋に近付くにつれてピリピリとした空気を肌で感じるようになった。

 ペトラは魔法の素質は皆無だ。故に空気中に散らばるマナの流れを感じ取るのは基本的に不可能に近い。だがソラスが張っている結界、その密度が異常に濃いせいもあり、誰でも容易に存在を認識できる程だった。

 テノスが立ち止まる。隣に並んだペトラはその表情が険しいのに気付く。


「……お嬢様の部屋はここでございます」

「うへえ……」


 部屋、と呼ぶにはあまりにも歪だった。

 扉は内側から消し飛ばされ、周囲の壁には亀裂が走っている。その隙間を埋める様に半透明の壁が展開されており、表層からは先程感じた圧の様なものが放たれていた。


「恐らく此方からの声は届いているのですが、我々がどれだけお声を掛けても反応はありません。最低限の食事は摂って下さっているのですが……」

「な、なるほど」


 食べ掛けで放置されたトレーが部屋の前に置かれている。実際は殆ど手を付けておらず、極端に言えば餓死しない量だけ口にしている風に見える。

 こんな状態の人間を本当に自分は何とか出来るのか?

 ペトラの脳裏に成功するビジョンはカケラ程も浮かばない。しかし上手くいかなければグラウからどんな言葉を頂戴しなければいけないのだろう。

 ゾッと身震いしつつ、頑強な魔法障壁を前に表情を引き締めた。


「テノスさん、案内ありがとうございます。後はアタシが何とかしますんで」

「大丈夫ですか? 既に顔色がよろしくありませんが……」

「あはは、お仕置きを想像しちゃって。でもアタシもプロなんで!」


 ドカッと床に座り込む。

 テノスが屋敷の仕事に戻るのを見送り、ペトラは与えられた猶予を頭の片隅に置きつつ、まずはじっくりと結界を覗き込んでみた。


(うーん、キラキラ反射してよく分からないな。それに部屋は暗いまま……ぐぬぬぬぬ)


 触ったら絶対に痛いぞコレ。

 本能的に危険を察知したペトラは微かに残していた強硬手段を放棄した。

 そうなった場合の策はひとつ、ひたすら声を掛けるだけだ。テノスをはじめとした屋敷の人間が散々試して無駄だった行為ではあるが、逆に赤の他人なら違う反応が得られるのでは? とペトラは考えた。


 ソラスが心を閉ざしたのは約一ヶ月前。

 テノスから聞いた話では、その日はどうやら母親の命日だったらしい。だとすれば原因はそこだろう。ペトラは断片的に聞いておいたソラスの情報を頭の中で整理した。


 ソラス・ラングウェイ。

 年齢は十七歳、ボリス伯の一人娘で、母親はソラスが十一歳の時に病気で他界している。

 魔術師としての才能を幼い頃より発揮し、十五歳になる頃には上級魔法すら扱える程だという。

 魔法には下級、中級、上級、天元といった階級が存在する。

 この世界の魔法は魔術師ランクを上げれば会得できる訳では無く、覚えた下級魔法の練度を高めて派生させるというものだ。

 魔力の素養は生まれつき得て不得手が存在し、基礎能力が高ければそれだけ有利だ。これは身体能力が高い者が前衛職に有利なのと同義で、努力だけでは抗えない部分でもある。

 ソラスはその両方を持っている。

 優れた魔術師である父、そして自らの才能。言うなれば魔法を扱う為に生まれたと言っても過言ではないだろう。


(……アタシとは全然違うな)


 ペトラはソラスの境遇を自分の半生と重ね合わせた。期待され、それに応えられるだけの才能を持っている。羨ましくあり、どこか歯痒ささえ感じる。

 そんなソラスが心を閉ざした理由(わけ)を自分なんかが理解できるのだろうか?


 最初に感じた壁の大きさを改めて感じつつ、ペトラは部屋の前で座り込んだまま一時間を過ごした。

 魔法障壁の中心、その一点に視線を結んだまま。

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