第7話

 



 ▪️軋轢


「クビだ、お前は連れていかねぇ」

「ーーーーなんだと?」


 楓矢が突きつけた言葉。それはオルクスをパーティから外し、ミリアと共に旅に出ると言う事だ。


「ちょ……えと勇者…くん! オルクスを置いて行くってどういう事? まさか昨日の戦いでーーーー」


 戦う運びとなったのだ。どう考えても友好な関係が築けているとは思えない。そこにオルクスの性格も加味すれば尚更だ。

 案の定、楓矢はその言葉に首を縦に振る。


「そうだよ。昨日戦った後で一晩考えたんだけど、コイツが気に入らないのは間違いないし、やっぱ大勢で旅って性に合わないんだわ」


 ソファーに腰掛け、聖剣をテーブルに立て掛ける。楓矢はオルクスの表情を一瞥し、すぐにテーブルに視線を戻した。


「とりあえずこの世界の事を知ってる人間一人居ればいいだろ。それにほら、お前は俺が嫌いだろうし。あと剣も折っちゃったしな」


 カウンター近くに置かれた燐天。

 刀身の中ほどで両断された姿を改めて見たオルクスは、改めて複雑な思いを噛み締めた。

 しかし、その怒りの感情の矛先は楓矢では無かった。


「燐天が折れたのは俺の慢心が招いた結果だ。それ以上でも以下でもない」

「あん? つまり俺にキレてる訳じゃねえって事か?」

「その通りだ。燐天が折れた責任は俺にある」


 言葉にしてハッキリと理解した。

 自分が浸っていた優越感と驕りが、どれほど愚かだったのかと。結果として自身の魂である燐天が折れたのは、自分の責任以外の何者でもない。

 真っ直ぐに楓矢を見据えたオルクスだが、楓矢は「あっそ」とだけ返事をして顔を背けた。


「ま、とりあえず剣もねぇ奴連れて旅なんて無謀じゃん? たしかお前言ってたよな? その剣は『魂』だって」

「…………」

「魂の無い腑抜けなんか連れて魔王が倒せるかよ。さて、そんじゃあミリアちゃん。サクッと街の外でも案内してくれよ」


 楓矢の言葉にミリアは頑として首を横に振った。


「いや! オルクスが行かないなら私も行かない」

「あれ? ロロアさんこれって話違うくない?」


 楓矢の言葉の矛先はロロアに向けられた。ミリアは恐る恐るそちらに視線を移すが、ロロアも表情を険しくして押し黙り、程なくして小さく呟くように溢した。


「ーーーーさい」

「ロロア……さん?」

「ミリアちゃん……勇者様の言う通りにしなさい」

「ーーーー!?」


 その一言は心臓を抉る様にミリアの胸に深く刺さった。

 ロロアの立場上、それは仕方がないものだとミリアも頭では理解していた。しかし、やはり口にされてしまうと、やり場の無い複雑な感情が全身を支配する。

 そんなミリアに構う事なく、楓矢はすっと立ち上がると、聖剣を肩に乗せて歩き出す。


「そんな緊張しないでよ。さて、魔物でも倒して勇者のランクでも上げるかな。ロロアさん、また夕方には戻ってくるわ。しばらくはレベリングってことでよろしく」


 勇者の言葉は絶対である。

 オルクスをパーティから外しミリアのみを連れて行く。それに対してだれも逆らう事は出来ない。

 たが、それはあまりにも残酷な現実だ。

 長年連れ添ってきたパートナーとの離反。信頼し合っていた仲間と離れるという現実は、ミリアにとって絶望でしかなかった。

 例え勇者の命令であっても、聞き入れる訳にはいかない。


 ロッドを持つてに力が篭る。

 しかし次の瞬間、その手にオルクスの手が重ねられた。


「オル……クス」

「行ってくれミリア」


 ただ一言、短い別れの言葉。


「オ、オルクス!? 私はまだーーーー」

「俺は大丈夫だ。それに勇者の言う通り……今は戦えない」

「で、でも……ッ」

「おい勇者」

「あん?」


 ドアに手を掛けた楓矢はオルクスの言葉に振り返らず足を止める。オルクスはその背中に、たった一つの約束を投げかけた。


「ミリアは絶対に守ると誓え、今ここでだ」


 自分の処遇などどうでもいい。しかし、これだけは絶対に譲るわけにはいかない。

 楓矢は数秒の沈黙を経て、居心地の悪そうな声と共に後頭部を掻きむしった。


「……ああ、それだけは誓ってやる」

「ミリアを頼んだぞ」

「ちょ……オルクス!!」


 それだけ伝えた後、オルクスは自室へと帰って行った。すぐに後を追い掛けようとしたミリアだが、今はそれが正解では無いと無意識に理解した。

 様々な思いが入り混じったオルクスの言葉は、長年連れ添ったパーティの解消を告げるには相応しかったのかも知れない。



 ▪️隔たれた故に



「…………」


 ギルドを抜けて宛てもなく街をふらふらする。

 見慣れた街並みなのにも関わらず、気持ちが沈むだけでこうも風景が違って見えるのには驚かされた。

 楓矢達が去った後、ロロアの抑制を振り切ってギルドを後にしたオルクスだが、自暴自棄になっている訳ではなかった。

 いくら胸の内で咀嚼しても落とし所のない感情。それが何なのか理解する為に、今はひたすら歩く事に決めたのだ。

 昔ウォルフが言っていた言葉を思い出す。

 自分を形成するものは、それまでに培ってきた経験と環境だと。

 オルクスにとってこの街はまさにその象徴である。

 歩き続けて辿り着いたのは、物心ついた時から親しんだ場所、既に廃墟と化したミリアと育った孤児院跡だった。


「……取り壊し、もうすぐだったな」


 建物自体は老朽化し、孤児院はその面影だけを残していた。

 国の統治者が変われば政策や方針も変わる。魔物の生息域や治安を加味した結果、この孤児院は約五年前に施設と子供達を他国に移す運びとなったのだ。

 オルクスとミリアは依頼で手に入る報酬のその殆どを孤児院宛に寄付している。

 元々、二人には大した物欲が無く、シスターや子供達が幸せな生活が送れるなら他に何もいらなかった。

 もちろん手紙でシスターや子供達とやり取りはしているが、やはり気が向いた時に顔を出せる距離で無くなったのだけが心残りだろうか。


 古びた建物にそっと触れつつ、オルクスは吸い込まれる様に幼少期を過ごした建物に足を踏み入れた。


 ▪️幼い記憶と


 孤児院跡の老朽化は外から見たより深刻だった。

 人の手が入っていないので荒れ放題なのは勿論、屋根に至っては容易に空を見上げられる程に大穴がポッカリと開いている。

 幾つかの家具は置きっ放しにされており、持ち出せなかっただろう大きな十人掛けのテーブルはそのままだった。


「シスターが一番前でミリアがその隣、俺は確か……ここだったか」


 泣き虫で甘えん坊だったミリア。他の誰よりもシスターにべったりだったのを覚えている。

 オルクスとミリアは五歳の時に知り合う事になるのだが、孤児院前に捨てられていたオルクスとは違いミリアには元々の家族がいた。

 幼いながらに憶えている、ミリアの両親は魔物に殺されたらしい。

 ならば魔物の生みの親である魔王に対して恨みだってあるだろう。勇者と共に旅をすれば、自ずと仇も討てるという訳だ。


「……例え、俺が側にいなくてもな」


 埃の溜まったテーブルに指を這わせた。

 ザリザリとした感触が手袋越しに伝わってくるが、埃の取れた場所からは子供が書いた様な落書きが顔を覗かせた。

 擦れていて全部は読めないが、稚拙ながら一生懸命に書いたのだろう、何度も書き直した跡が残っている。


『おれはしすたーやみりあ、あと、せかいじゅうのみんなをえがおにする』


 書いた瞬間の事は鮮明に憶えている。


「俺が強くなって、みんなを守って、そしてーーーー」


 キィン。


『笑顔の絶えない場所にする、ですか?』


 刹那、視界が白くフラッシュバックして意識がぼやけた。


「ッ!?」


 光を受けて不安定な視界。

 感覚だけを頼りに声のする方を見た。しかし、其処には誰も居らず、閑散とした廃墟だけが朧げに映しだされる。


「……気のせい、か?」


 否、それはあり得ない。

 脳裏に響いたあの声は聞き間違いでは無かった。それを証明するかの如く、再び声が響いた。


『いいえ、気のせいではありませんよオルクスさん』

「!? ……また声が」

『ああ、私には実体が無いので声だけになりますが、驚かせてしまった様ですね』

「実体が……無い、だと?」


 尚も声だけが脳内に反響する。不思議な感覚だが、声の主からは敵意がまったく感じ取れなかった。

 最低限の警戒だけを残し、オルクスは意識を声に向けた。


『楓矢さんが迷惑をかけて申し訳ありません。私が彼を連れて来た手前、どうしても直接、オルクスさんに謝罪したくて参りました』

「連れて来た、という事はまさか……」


 姿が見えない声だけの存在。そして勇者を仄めかす言葉の数々に合致がいった。


『はい、勇者という力を与える存在、皆さんが言う所のーーーーそう、女神とお呼びください』


 女神と名乗った声の主。

 喋り方こそ物腰が柔らかそうだが、いきなり神と言われても実感が湧かなかった。しかし今の現状から疑う余地は無く信じる他にない。

 声の主を女神と認識した上で、オルクスは更に疑問を投げかける。


「……で、その神が何の用だ?」

『はい。今回は楓矢さんとの一件についてお詫びに参りました』

「お詫びだと? ふざけるな、俺が勇者に負けたのはーーーー」

『いえ、貴方と楓矢さんが出会う様に仕向けたのは私なのですから』


 オルクスは表情を険しくする。


「……どういう事だ?」

『はい、実は楓矢さんが元の世界……此処とは違う世界なのですが、彼は周りの環境に追い込まれ、他の人間を拒絶して来ました』

「拒絶……そんな風には見え無かったが?」

『異世界だからとゲーム感覚だったのでしょう。あ、ゲームと言うのはーーーー』

「それはいい、その辺りの話は聞いても分からないからな」


 向こうの世界の名称など知る必要は無いとピシャリと言い切る。


『……では話を戻しましょうか。私は勇者を選別するべく、その人材を探しておりました。そんな中、とある強い素質に引き寄せられたのです。それが柳条楓矢という少年でした』

「……素質があれば他の世界の人間まで巻き込むのか? 随分と迷惑な話だな」


 そう言いながらも、異世界人に頼らなくてはいけない原因が自分達にあるのを理解した。

 女神が言うところの素質が何なのかは分からないが、この世界の人間には無かったものなのだろうがーーーー


『いいえ、今回は特例中の特例でした。勇者の素質を持つ者は希少なのですが、此度の魔王降臨に際し、万全を期す為に楓矢さんを選んだのです』


 神ですら万全を期すだと?

 その言葉だけで、降臨した魔王の強大さが伺える。


『はい……ですが、私が初めてコンタクトを取った時の楓矢さんは当時、目も当てられない状況でした。人を人として見れず、無気力で、そして深く心を閉ざしていた』

「あいつが? にわかには信じられない話だな」

『私は役目を果たす為、背に腹はかえられぬと甘言を吐き、彼をこの世界に誘ったのです。この世界の都合を……関係のない異世界人である彼に押し付けてしまった』


 他の世界の人間を勇者に仕立てなければ世界も救えない。この世界に生きる存在として情けない限りだ。


『ですが、楓矢さんはオルクスさんに出会い、少し……ほんの少しですが、変わる兆しを見出しました』

「……兆しだと?」

『楓矢さんは他人が嫌いです。特に同世代ともなれば、その傾向は顕著に現れる。そう思って貴方の元へ楓矢さんを送り込みました。私の狙い通り、貴方は楓矢さんを真っ直ぐに見据え、真っ直ぐに否定しました』

「なら尚更、人が嫌いになったかもな」

『いえ、それは逆です。楓矢さんは自分をちゃんと見てくれる人に恵まれなかった。だから、否定だとしても、思いをぶつけたあの戦いは彼の変化の第一歩と言えましょう。感情的になる事すら稀な楓矢さんにとっては』


 あの奔放そうな立ち振る舞いからは想像できないとオルクスは思ったが、戦いの最中で楓矢が己の名前を叫んだのを思い出した。

 あれは自分は此処に居るという強い感情の現れだったのかも知れない。


『楓矢さんがこの世界の可能性である様に、貴方は楓矢さんの可能性なのです。だから貴方が歩みを止めようとするなら、キッカケという導きを与えるのが私の役目です』

「歩みを止める、か」


 立ち止まっているつもりは無かったが、客観的に見ればそうなのだろう。


『しかし、歩みを止めた故に貴方も何か見つけかけたのでは無いですか? もしそれが見つかったのなら、私にも協力させてください。基本的に楓矢さんの加護として彼に付きっ切りなのですが、今だけは私の意思で離れています。オルクスさんーーーー貴方に願いはありますか?』

「……俺の、願い」


 漠然とした言葉に思わず口籠る。

 先程の話も含めて頭の中は一杯だ。こんな状況でまともな願いなど思い付く訳がない。


『S級の冒険者として名声を取り戻したいだとか、楓矢さんの様に他を圧倒する力が欲しいとかーーーー今の貴方の願いであれば、ある程度は叶えられますよ?』

「…………」

『自分の心に向き合ってください。貴方の中にある、最も強い願いに』

「心に……向き合う……俺の願い……」



 『おれはしすたーやみりあ、あと、せかいじゅうのみんなをえがおにする』



 埃を被ったテーブルに刻まれた文字。それが鮮明に頭に浮かび上がり、やがて胸の奥を熱くした。


「……そうだ、俺は忘れていたのかもしれない。S級の名に浮かれ、その本質を忘れていた」


 すると、無意識にスキルボードが展開された。おかしい、本来なら意識を集中せずに現れるものでもない。

 オルクスはその挙動に対し違和感を覚えると、職業欄の一番下、その空白に文字が刻まれるのを目の当たりにした。


「……『創者(そうじゃ)』?」


 見たことも聞いたことも無い職業。だが確かに、ランク1の状態でそれは存在した。


『これは……新たなる職業ですか。勇者以外で見るのは初めてですね』

「創者……創る……者」

『どうしますオルクスさん。他の職業を伸ばす為のスキルポイント付与でも構いませんがーーーー』

「……いや、これでいい」


 スキルボードを閉じると、内に湧き上がる不思議な感覚に意識を向けた。

 温かく、しかし根強く存在する感覚だ。


『ですが……あの、与えておいて何ですけれど、これは私の知り得ぬ職業であり全てが未知数です。得体の知れない職業よりもーーーー』

「かまわない。俺はこの創者という新たなスキルで、ゆっくりでも先に進んでいく」


 テーブルの文字に指を乗せ、曖昧だったビジョンが確固たるものに変化した。


「むしろこれは俺の望んだものかも知れない。剣を振るうだけじゃない、きっと人を笑顔にするものだ」

『……分かりました。では貴方に天のご加護が在らんことを』


 女神はそれ以上告げず、その存在を元の希薄なものへと戻した。廃墟の中で光の粒子は霧散し、僅かな温かさだけを残してーーーー


 ◆


「あ! オルクス、お帰り!」


 ギルドに帰ったのは夜遅くだった。

 客足も無くなったギルド内ではミリアが首を長くして待っていたらしく、空になって時間の経過しただろうティーカップがそれを物語っていた。


「ミリア……戻っていたのか。勇者はどうした?」

「街の外れで鍛錬の最中だよ」

「鍛錬だと?」


 この街の外にいるのは下級の魔物くらいで、職業ランク90台を複数持つ勇者の相手にはならない筈だ。

 そんな魔物との戦いに意味はあるのかと考えたが、視線をミリアに戻そうとした刹那、奥のテーブルから特徴的な遮光用ゴーグルが視界に入った。

 それを見た瞬間、オルクスはその持ち主を見て驚きを露わにする。


「まさか……ヨルズさんか!?」


 名前を呼ばれて「おおよ!」と威勢のいい声が響く。


「まさかも逆さもねぇぞオルクスぅ? お前、素で俺の事忘れてたろ? ん?」


 ずれ落ちそうな額の遮光用ゴーグルをグイっと上げ、垂れ気味の三白眼で此方を見据える男が一人。浅黒い肌、銀髪を頭の頂点で束ねた派手な出で立ちから唯ならぬ雰囲気を感じた。

 神童と呼ばれ『トバルカイン』の異名を持つ鍛冶屋ーーーーヨルズ・ディアス。

 オルクスにとって足を向けて寝られない人間の一人でもある。


「燐天を鍛え上げてからだと二年振りか? お前、その剣がメンテ不要だからってちっとも顔出さねぇのな。まぁ此処からウチの鍛冶屋が馬鹿みてぇに遠いから無理もねぇか」

「あ、いや……」

「謝んなよ怒ってねぇから。いやしかし聞いたぞおい、燐天、折られたらしいな!?」

「ええと、その……」

「だ・か・ら、謝んなって。そもそも、『折れない』って大風呂敷広げたのは俺だかんな? いや、まさか本当に折られるなんて思わなかったけどよ」


 大きく背もたれに体重を預けジョッキに入ったミルクを飲み干す。大層な下戸なのは有名で、酒は一滴で吐くらしい。

 ヨルズは白いヒゲを付けたまま、それを拭う事無く続けた。


「でも、一番驚いたのはその『折った張本人』が俺のところに訪ねてきた事だ」

「なんだと……?」

「しかもそれが今回の『勇者』だって言うから驚きも半端じゃなかったぜ。割とガチな悪戯かと疑ったもんよ。しかしミリアが一緒に居たから信じるしか無かったけどな」


 オルクスはミリアに視線を移した。ミリアもゆっくりと頷くと、言葉を探りながら勇者について話し出す。


「……実は、勇者くんに聞かれてね。『あの剣を作った奴はどこだ?』って。教えたら転移魔法でヨルズさんの所まで飛んで言って、直して貰える様にお願いしたの」

「勇者が……まさか」

「まぁそう思うだろうな。俺からしても愛想の悪りぃクソガキにしか見えなかったし。だが、勇者様に頭下げられちゃあ断る訳にもいかねぇだろ?」

「…………」

「オルクス、勇者くんも悪い人じゃないよ。ただ伝え方や……そう、人との関わり方が少し苦手なだけ。多分、人に頭下げたの初めてじゃないのかなってくらいギクシャクしてた」


 ミリアも複雑な表情を浮かべている。それだけ驚きを隠せない出来事だったのだろう。


「確かにガチガチだったわ」

「勇者が……俺の為に?」

「うん、きっと……勇者くんなりの『ごめんなさい』なんだよ。恥ずかしくって、面と向かって言えなくて、でも意地だって張りたくて。だから私だけを連れて行ったんだと思うんだ」

「青臭いガキ同士って感じだな。ぜんぜんスマートじゃねぇ」

「ヨルズさんもそんなに歳変わらないよ?」

「あン!? 三歳も年上なら天と地の差だっつの! ーーーーとにかく!!」


 ヨルズはようやく白ヒゲを拭い、オルクスに手を伸ばした。


「出せよ、折れた燐天。今から俺が打ち直してやる。おーいウォルフのおっさん! ギルドの隅っこ借りるぞー!」


 その声に厨房の奥からは「壁や床を焦がしたらタダじゃおかねぇからな!」と声が響いた。


「へへ、俺を誰だと思ってやがる。ギルド長の許可も得たなら遠慮はいらねえよな!」


 ヨルズは遮光用ゴーグルを装着し、ギルドの床に手をかざした。すると、何もない空間より50㎝四方の鋼を鍛える『金床(かなどこ)』が現れた。

 そして右手を空に翳すと大鎚、左手を翳すと火箸が現れる。


「どうだオルクス、この遥かにパワーアップした俺の大鎚『覇梁(はりょう)』はよぉ!」


 双方をガツンと鳴らし、ヨルズの纏う雰囲気が変化する。


「鬼に金棒、ヨルズに覇梁(はりょう)。まさに無敵ってもんよなあ!!」

「り……燐天は治るのか?」

「じゃなきゃ来るかよバーカ。ほら、さっさと出せよ」

「…………」


 折れた燐天に手を掛ける。しかしオルクスはそのまま押し黙ったかと思うと、折れた燐天の刃先と柄を握ったままヨルズに視線を向けた。


「ど、どうしたのオルクス?」

「…………」

「オルクス?」


 不安げにミリアが問いかける。


「ーーーーミリア、聞いてくれ」


 オルクスは折れた燐天に視線を結んだまま、ゆっくりと自分の中に生まれた答えを口にする。


「俺は『剣士』を辞めようと思う」

「……えっ!? 今、なんてーーーー」

「剣士を辞める。だから今まで通りS級でいられるかどうかは分からない」

「な、なんで! まさか勇者くんからパーティを外されたから!?」

「違うんだ。俺は試してみたくなったんだ。人々を剣で守る以外の、皆を笑顔にする方法をーーーー」


 スキルボードを展開する。そこに刻まれた俺の新たな職業をミリアに見せた。


「創……者? 何これ、こんなの見た事ないよ」

「ああ、俺だって信じがたいが、女神から貰った『新しい道』だ」

「おいおい本気かよオルクス!?」

「本気だ」


 ヨルズの目が見開かれる。彼にとってもオルクスの言葉は想定外だったらしい。


「どうして……今のままじゃダメなの?」


 不安げな声でミリアが問う。これまで一緒に積み上げてきたものが崩れてしまうのではないか。そんな恐怖が彼女の顔に張り付いていた。

 それを理解した上でオルクスはゆっくりと首を横に振る。


「俺は皆を守る為に剣を握っていたつもりだった。その実、今の俺はすっかり『S級冒険者』の肩書きに酔っていただけだったと気付かされた」


 折れた燐天に視線を落とす。


「俺は大事な事を忘れかけていた。勇者に負け、燐天を折られ、そんな時にウォルフさんの料理に助けられた。どれだけ気持ちが沈んでも笑顔になれるものがある。俺も、そんな料理が作りたいーーーーだから」


 燐天をヨルズに差し出した。

 たったそれだけでヨルズは理解したらしく「無茶苦茶言うじゃねぇか」と笑う。いい面になったなと燐天を受け取ると、意識を手元に集中させながら盛大に大鎚を振るった。

 突然始まった燐天の再生。

 その技術は過去のと比較しても想像を絶する程に昇華しており、燐天の刀身は一瞬で熱せられ、大鎚が振るわれる度に形を変えていった。


「『鍛冶屋』ランク88は伊達じゃねぇぞ。前にお前の燐天を鍛えてから完成したスキルは伊達じゃねえ!」


 かつては二年を要した工程は怒涛の内に行われ、オルクスが予想も出来ない異例の早さで完了した。

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