第17話

 

 ▪️生きる糧


 部屋の入り口に張られた魔法障壁。

 天才と呼ばれたソラスが作り出したそれは、上級魔法をぶつけたとしても破壊できない程の代物であった。

 しかし、ペトラはそれを無理矢理にこじ開ける事に成功した。片腕は脱臼し、反対の拳には血が滲んでいるが、それだけの代償を払ったとしても物理的に突破するのは不可能な筈だった。


 それ故にソラスは、ボロボロになりながらも目の前に立っているペトラを見て困惑の色を濃くした。

 結界が壊された事、そして何故、自分の為にそこまでするのかと。


「……ッ」

「ちょっと待ってよ〜……あ痛ッ!?」


 血塗れの手で肩を掴むと、短く鈍い音と共に力を込めた。手慣れている風に脱臼を治して見せたが、流石に体力がもたないらしく床にヘタリ込む。


「はあ……流石にキツいね、無理したわ」

「なんで……私にそこまで構うの?」

「へ? だって沢山話したでしょ?」

「そ、それは……」

「まあちょっと聞いてよ」


 ズボンから布切れを出して拳に付いた血を拭う。そのまま包帯代わりに手に巻き付けると「よし!」とソラスに向き直った。


「最初はアタシ、仕事の為にソラスに近付いたんだよね。話をして有益な情報を引き出そうとしてた」

「…………」

「ソラスも分かってたよね多分。でもさ、少し話して思ったんだ。本当は……ただソラスと仲良くなりたいだけなんだって」

「……ペトラ」

「お嬢様と商人見習いじゃ住む世界が違いすぎるって思ったけどさ、なんかこう……アタシ達って似てる部分が多いって思うんだよね。上手く言葉に出来ないけど、うん、絶対に仲良くなれる!」


 ペトラが言葉を紡ぐ度、周りの魔法結界の破片が輪郭を淡くする。


「もう依頼とかどうでもよくて、アタシはただ、ソラスを笑顔にする方法さえ分かれば満足なんだよ。ダンナには死ぬほど怒られるかもだけど、他は全部どうでもよくなった。だからさ……」


 そっと手を差し伸べる。そして満面の笑みでソラスを真っ直ぐに見据えた。


「悩んでるなら悩みなんてアタシにぶつけなよ。こう見えてもアタシ、聞き上手だからさ!」

「……ペトラッ」


 パリィン!

 淡く朧になりかけていた破片は完全に消え失せた。部屋に残るのは消え行くマナの残滓と、ソラスの啜り泣く声だけだ。


「話してよ、何でもさ」

「うん……うんッ!」



 ▪️想い出の料理



「ただいま戻りました!」


 部屋に入るなり敬礼の如く叫ぶペトラ。

 手には包帯、全身はボロボロ。その姿にオルクスはおろか、グラウさえも目を丸くした。


「おいおい、どうしたんだ」


 テノスに手当てをしてもらったとはいえ怪我の程度は目に止まる。

 ただ話をしに行っていた筈が怪我をして帰ってきたのだ。状況を理解できないオルクスはただ困惑するしかない。


「お前……また無茶したんだろ?」

「ん〜まあ、これはいいんです」


 それより、と前置きペトラは言葉を続けた。


「分かりましたよソラスの事。かなり複雑な話にはなりますがーーーー」


 表情を硬くしたかと思うと、ペトラは結界を破ってからの出来事を二人に話し始めた。


 ◆


 まずソラスの母親ーーーークラリア・ラングウェイについてだが、病気で亡くなったのは二年前なのに対し、病に倒れたのは随分と昔らしい。

 病といっても特異なもので、それを説明するにはある程度の補足が必要だろう。

 人間には元来存在するマナを魔力に変換する能力が備わっている。魔法が使えない人間でさえ最低限は存在するのだが、ソラスの母親にはその素質が皆無ーーーー魔法を扱える扱えない以前にマナを変換する能力自体が備わってないのだ。


 マナを取り込んでも変換出来ない。それだけ聞けば影響は魔法が扱えない程度に思える。

 しかし実態は深刻であり、外から自然に浸透してくるマナは排出されずに体内に蓄積されていくのだ。

 数年前はこの症状は未知の病として認知されており、発症例も極めて稀という事もあり不治の病とされていた。

 ボリスはクラリアの症状を知るや、ありとあらゆる方法を試した。治癒魔法をはじめとし、魔力を吸収するドレイン系統の魔法さえも。

 しかしいずれもクラリアの症状を緩和させるには至らず、ソラスが十二歳になる頃には寝たきりとなってしまった。


 彼は苦悩し、嘆き、絶望した。

 日々弱っていく妻と、その妻を見て泣きじゃくる娘の姿に。

 どれだけ魔法の叡智を極めても、大切な人さえ守れない自分の愚かさを悔やんだ。

 やがてクラリアが他界し、残されたボリスとソラスは胸にポッカリと穴が空いたまま生活を続ける事となる。


 そんな中で状況が動いたのはソラスが十七歳になったつい先日の話だ。

 ボリスが倒れたのだ。

 症状は緩やかだがクラリアのものに酷似しており、程なくして床に伏したのである。


『なんで……どうして』


 残されたソラスは混乱の中、他者を拒絶しつつとある声を聞く。

 嫌な声だ。まるで自分の全てを見透かす様な、呆れるほどに不快な声。

 ああまた、また声が聞こえる。


『ーーーーお前が両親を蝕んだ原因だ』


 ソラスを蝕む声の主はケタケタと笑う。

 結界から出てきて、今も尚ーーーー。

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