第16話


▪️底無し


短い間隔で訪れる空腹感。

満たせど満たせどそれは湯水の如く身体の内側から沸き上がり、歯止めが効かなくなっていた。

血生臭さの充満した地面に座り込んだまま少女は静かに空を見上げ、何を咀嚼する訳でもなくパクパクと口を動かし続けた。

真っ白な長い髪には魔物の返り血が付着し、漆黒のドレスも全体が赤黒く染まっている。魔物と戦闘したのだろうか?

いやおかしい。

どこにも魔物の死骸は見当たらず、残されているのは亀裂の入った地面のみだった。


「ごちそうさま……いただきます、ごちそうさま」


うわ言の様に繰り返し、少女は体育座りの状態から仰向けに倒れ込むと、両手を腹部に置いてゆっくりと撫でた。


如月(きさらぎ)莉緒(りお)は魔王である。


異世界から転移し、転移と同時にこの世界の魔王を喰らいて誕生した新たな魔王だ。

一万をゆうに超える魔物の雑兵に加え、腹心の悪魔神官ゴルドさえも糧として生まれたのだが、本人は未だに状況が上手く飲み込めていなかった。

気が付いた時には奈落の穴の中でポツリと佇んでおり、右も左も分からぬまま半日を過ごした。

ひたすらに静かだった。

奈落の住民全てを自分が喰らい尽くしたとも知らず、がらんどうになった暗闇は静寂のみを残し、莉緒に何も与えなかった。


「……おなか、空いた」


やがて無から生み出されたのは純粋なまでの侘(わび)しさ。

抗いようの無い空腹、生き物としての根底にある不安を執拗に掻き立てた。

莉緒は本能的にこの場所に居てはいけないと判断し、無意識に仰いでいた奈落の先ーーーー遥か上空の天へと意識を向ける。

次の瞬間、莉緒は一瞬で地を蹴ると上昇を果たし陽が照りつける空を舞っていたのだ。


「飛んでる……これ羽? それに身体、ヘン……」


背中から生えていたのは漆黒の翼、加えて両腕の皮膚は黒くなり、断続的にピキピキと音を立てている。まるで何か別の生物かの様な違和感が張り付いているが、今はそれは些細な事だった。

奈落の穴の周りには多数の魔物が屯(たむろ)している。異形な姿の魔物も混在しているが、莉緒の瞳にはただの“食料”としか映っていなかった。


「いた……だき、ます」


ウネリを見せていた皮膚は一瞬で液状となり、瘴気となって形を再構築する。

やがて現れたのは刃物と先端が三つに分かれた槍、形が類似しているとすればナイフとフォークだろうか。

それらを振り上げると、何の躊躇も無く、大地を目掛けて振り下ろした。


「喰らい尽くせーーーー魔王の晩餐ディナーオブサタン

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